第十四話 恋のはじまり
有紗と京矢の様子を見て、千里たちは頭を抱えていた。
どうやら京矢は好きな人の前では全く使い物にならなくなってしまうようだった。
「まさかここまでとはね……」
「カタブツすぎるが故に、ってことかな……」
飄々とした九朗とは全く正反対な京矢には、いきなり二人きりでの対面は難しいようだった。
ほとんど有紗が会話を進めてくれている状態で、京矢はすっかり口下手な男になっている。
有紗が無口な質だったらどんな空気になっていたのやら。
「そういえば、佐倉さんは学生さんでいらっしゃるのかしら?」
「いえ、今は写真館に勤めています。九朗は下宿先が同じで、隣人なんです」
「そうでしたか。てっきり九朗さんのご学友なのかと思っていたんです。でも、学生さんにしては大人びていらっしゃるから」
「そ、そうでしょうか」
大人びていると言われて、京矢は少し嬉しそうだった。
デレデレしている暇があれば次の話題でも提供して見せろと、千里は歯がゆい思いで見ることしか出来ない。
「今度、千里ちゃんのお見合い写真は佐倉さんのお勤め先にお願いしようかしら」
「彼女、お見合いを……?」
「ええ」
二人の会話を聞いて、九朗がぴたりと動きを止める。
「――――え?」
怪訝そうな京矢に、有紗は何かおかしいことでも言ったのかと首を傾げている。
なぜなら、京矢は九朗の恋心を知っているからだ。
そして当の九本人は、混乱のままに千里に必死の形相で迫っている。
「嘘だよね?」
「な、なによ」
「嘘だ、絶対嘘だ」
「どうして九朗さんが動揺するのよ」
「お見合いなんて、嘘だよね? ね、お願い、嘘って言って。じゃなきゃ僕はもう生きていけない」
ガタガタと震えながら早口でまくし立てられて、千里は少々引きながらも誤解を解く。
「なんなのよ急に……。別に、母さんが勝手に言い出した話で、そんな予定はないわよ」
「よ、良かったっ……!」
喜んだかと思ったら、九朗はまたひとりでにぶつぶつと呟いては頭を抱えている。
「ううん、良くは無い。やっぱり千里さんみたいな素敵な女性、世の中が放っておかないに決まってるんだ。僕の知らないところで知らない男となんて、そんなの……あああっ!」
「ちょっとうるさいわよ、姉さんたちにバレちゃうじゃない!」
たかが見合い話でなぜ九朗がそこまで騒ぐのか、千里には全く理解できなかった。
ぎゃあぎゃあとひとりでに苦しみ騒いでいる九朗をぴしゃりと叱り、再び有紗たちの会話を盗み聞くことにした。
「あの……先日は、妹さんに対して無礼を働いてしまい、本当に申し訳なく……」
「謝るのは私じゃなくて千里ちゃんにお願いしますわ」
「うわっ、厳し」
千里はボソッと呟いた。
有紗はにこやかな笑みを浮かべているが、中身は全く優しくない。
自分ではなく本人に直接謝罪しろと言っているのだ。
やはりまだ有紗の中で京矢に対する怒りや不信感は燻っているということなのだろうか。
「佐倉さん……やっちゃったわね……」
「恋愛よりも先に印象回復が先だったかな」
気を取り直して二人で再び観察を続ける。
有紗の中で京矢の印象はあの時から対して変わっていないようだった。
今日ここで頑張らなければこの先が辛いだろうとはらはらしながら見守るが、意外にも京矢は諦めなかった。
「……有紗さん、私はあなたにお伝えしなければならないことがあります」
改まって真剣な顔をする京矢に、有紗も耳を傾ける。
「あの日、私は……俺は、あなたの姿を見て、自分がとても恥ずかしくなりました」
「それは、どうして……」
「妹さんのために立ち向かったあなたを見て、自分がひどく矮小な人間に思えたんです」
京矢がまさかそんなことを考えていたとは知らず、千里も九朗も驚いて何も言えなかった。
「他人からの偏見を何よりも嫌っていたはずなのに、俺自身も他者を思い込みで決めつけるような真似をしていたのだと気づかされました」
「そんな、ご自分を卑下なさらないで」
「いいえ、親元を離れて自立した気になって、偉そうに振舞っているだけの俺より……あなたの方がよほど出来た人間だと思い知らされるようでした」
そう話す声には後悔の色が強く滲んでいた。京矢は有紗から視線を逸らして、まるで懺悔するかのように言葉を絞り出す。
「嫌なことから目を背けて、逃げ続けているだけの俺と違って、あなたは立ち向かう勇気を持っている。あなたの強い眼差しに、あの日俺は射抜かれたのです」
京矢は再び顔を上げ有紗を見つめた。
その後に続く言葉は、千里の予想通りだった。
「あなたが好きです。有紗さん」
躊躇いなく、京矢は有紗に告白した。
「必ず、あなたに相応しい男になってみせます」
「まあ、佐倉さん……!」
有紗も動揺のあまり返事に困ってしまっている。
まさかいきなり告白してしまうとは思いもよらず、千里たちも驚くばかりだ。
有紗は頬を染めてどうして良いのか分からないとでも言うかのように慌てるばかり。
「ええと、その……」
「お返事は今すぐには聞きません。好きでもない男に突然こんなことを言われてお困りでしょうから。ですが俺は、いつまででも待つつもりです。いつか、有紗さんが俺を認めてくださるその日まで……」
有紗は恥じらいつつも頷いた。
いきなり返事をすることは難しくとも、その表情を見るに、有紗の中での京矢の評価は明らかに変わっていることは分かる。
(これで、良かったのかしら……?)
二人の間に流れている空気からして、有紗が京矢に心を開くのはそう遠い未来では無さそうだった。
突然の思いつきから始まったデートだったが、当初の目論見通り、京矢と有紗の仲を取り持つことは成功したと思って良いのかもしれない。
だが突然、京矢はおもむろに立ち上がると、千里たちの方へ歩いてくる。
「あっ」
「しまった、バレたか」
逃げる間もなく、京矢は千里たちを冷たい視線で一瞥する。
「……貴様ら、そこで見ているのは分かっているんだぞ」
「あはは、偶然だね」
「阿呆め、何やらおかしな計画を立てていることは分かっていたが、盗み聞きまでするとはな」
九朗を問い詰めるその様子から見るに、京矢はすっかりいつもの調子を取り戻したようだった。
「まあ千里ちゃん! いつからそこに!」
「もうずっと前からいたわよ……」
異変に気づいた有紗もこちらへ駆け寄ってくるが、京矢と違い有紗は全く気づいていなかったらしい。
鈍感らしいといえばらしいのだが、あれだけ後方で大騒ぎしていたのに気づかれなかったのは一周回って心配になる。
それだけ京矢との会話に集中していたのだろうか。
「きょ、今日のことは誰にも言っちゃだめよ?」
「はいはい。分かってるわよ」
「千里ちゃん……! ホントよ、絶対ね?」
「分かってるって」
咄嗟に口止めされるものの、いつになく弱々しい有紗の姿を見て、二回目のデートはどんな口実で連れ出そうかと、千里は今から考えるのであった。




