悪役を演じるのも楽じゃありません! 〜罵倒しながら健康食品を贈っていたら、なぜか隣国の王子に求婚されました〜
「リリアーヌ・ヴァン・アークライト! 貴様のような醜悪な女との婚約など、今この瞬間を以て破棄させてもらう!」
乙女ゲーム『愛の花園と白銀の誓い 〜運命の乙女は誰の手に〜』の断罪イベント。
きらびやかな王城の大広間で、第一王子ルドルフが私を指さして叫びました。その傍らには、守ってあげたくなるような愛らしいヒロイン、ティアーナが寄り添っています。
周囲の貴族たちは、待ってましたと言わんばかりの冷ややかな視線を私に投げつけます。
私は扇で口元を隠し、練習通りに眉を跳ね上げ、傲慢な笑みを浮かべました。
「……あら、そうですの。随分と急な話ですわね?」
声は冷たく、表情は冷酷に。でも、私の心臓は期待でバクバクといっていました。
(やった、やったわ……! ついにこの日が来た!)
私は前世の記憶を持っていました。ここは乙女ゲームの世界で、私はヒロインを虐め抜き、最後には国外追放される運命の悪役令嬢リリアーヌ。
十七歳になった今日、シナリオ通りルドルフ殿下は私を捨て、ヒロインを選んだ。これまでの私の「努力」は、ようやく報われようとしていたのです。
私は、誰からも恨まれず、かつ「身勝手な悪女」として国外追放の刑を勝ち取り、のどかな辺境で自由気ままなスローライフを送るために、血の滲むような「裏工作」を続けてきました。
例えば、ルドルフ殿下が浮気相手と夜な夜な飲み歩いていると知った時。
私は「これでお酒でも飲んで、二度とその薄汚い顔を見せないで!」と罵声のメモを添えて、殿下の部屋の前に最高級のウコンエキスと肝臓を労わる秘薬を山積みにしました。
(遊び歩いて体を壊されたら、婚約破棄の手続きが滞るじゃない! ちゃんと健康でいてよね!)
侍従には「これでお酒を飲んで、さっさと寝るように伝えなさい!」と言い捨てましたが、中身が健康食品だったため、侍従たちは「リリアーヌ様は、罵倒しながらも殿下の健康を誰よりも心配している……」と陰で涙を流していたようです。
また、ヒロインのティアーナの教科書が隠される事件が起きた時。
私はクラス全員の前で「こんな安っぽい本、見てるだけで不愉快ですわ!」と彼女から教科書を奪い取り、窓の外へ放り捨てました。
……その直後に、私が特注した「魔法の真髄が10倍分かりやすく解説された最新版の参考書」を彼女の机に叩きつけたのです。
(あんな古い教科書で勉強するなんて非効率よ。これでしっかり実力をつけて、さっさと私を追放に追い込んでちょうだい!)
ティアーナは「リリアーヌ様、なんてお優しい……!」と目を潤ませていましたが、周囲には「教科書を奪い取った傲慢な女」として映ったはず。
すべては、国外追放の先にある、温泉と昼寝のパラダイスのため!
「国外追放でも何でも、お好きになさいませ。わたくしはもう、この腐りきった王宮に未練などございませんわ!」
私はドレスの裾を翻しました。完璧だ。我ながら痺れるような悪役っぷり。
これで明日にはボロ馬車に揺られ、二度と戻れない国境の向こう側――温泉が待つ静かな村へ行けるはずでした。
しかし。
「待て。彼女の身柄は、我が隣国ゼノス帝国が預かろう」
凛とした声が広間に響きました。
人波を割って現れたのは、漆黒の礼装に身を包んだ、氷のように美しい青年でした。アレイ・ゼノス。隣国の冷酷無比な第三王子にして、このゲームの隠し攻略対象。
「アレイ殿下……? なぜ、この悪女を?」
ルドルフ殿下が呆然とする中、アレイ様は迷いのない足取りで私に近づき、私の手を取って跪きました。
「リリアーヌ嬢。君を我が国の国賓として、そして私の正式な婚約者として迎えたい」
「……はい?」
素の、間抜けな声が出てしまいました。
そのまま、私はアレイ様の馬車へと押し込まれました。
馬車の扉が閉まり、動き出した瞬間、私は彼に詰め寄りました。
「アレイ様! わたくしは悪女ですわよ? 皆様に嫌われて、石を投げられて消える運命なんですの! 連れて行かれても、お役に立てることなんて……」
「リリアーヌ」
アレイ様は深くため息をつき、一冊のノートを取り出しました。それは、私が「悪事の計画」と称して書いていた……実際には「不祥事の隠蔽と救済措置」の備忘録。
「……なぜ、あなたがこれを……」
「君が捨てようとしていた荷物の中に混ざっていたんだ。内容は……非常に興味深い。『ティアーナ嬢に投げつけた本は、彼女の魔力特性に合わせて私が注釈を入れた特注品。恩着せがましいと思われたくないので、あくまで「嫌がらせ」として渡すこと』……とかね」
「……っ!!」
顔から火が出るほど赤くなり、私は馬車のクッションに顔を埋めました。
「君は、自分が悪役だと思い込んでいるようだが……詰めが甘すぎる。君が夜な夜な自分の部屋で『あー、今日も高笑いしすぎて喉が痛いわ! 早く田舎で温泉に入りたい!』と叫んでいたのも、風の魔術で筒抜けだったんだよ」
アレイ様は私の肩を引き寄せ、優しく抱きしめました。
「リリアーヌ。君は誰よりも優しく、そして誰よりも不器用な人だ。君が演じていた偽物の悪より、君の心にある本物の光を、俺はずっと見ていた。……もう、誰かのために自分を偽らなくていい。これからは、俺の隣で、君自身の幸せを見つけてくれないか?」
数日後、たどり着いたゼノス帝国。
そこには、私が夢見ていた以上の「幸せ」が待っていました。
豪華な温泉付きの離宮、美味しい食事、そして何より、私の本当の姿を愛してくれるアレイ様。
「あたし、本当に幸せになってもいいんですか……?」
「ああ。君が今まで周りに振りまいた優しさの分、俺が一生かけて君を甘やかすよ」
まさかこんなに素敵な結末を運んできてくれるなら、悪役を演じた甲斐もあったというものです。
私は窓の外に広がる、光り輝く新しい故郷を眺めながら、幸せを噛みしめました。
空回りし続けた自称・悪女の物語は、甘い甘いハッピーエンドへと辿り着いたのでした。




