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私の夢は私が決める ~婚約者に「夢を叶えるために支えて欲しい」とお願いされましたけれど、勝手だと思いませんか?~  作者: ほし


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 ベルワーテ侯爵夫妻のいる部屋の内装は、応接室とほぼ同じ。

 天井や壁、家具などに檜皮のような仄暗い茶色、差し色として、瑠璃のような濃い青色や金色が使われていた。違う点を挙げるとするのなら、客人をもてなすための応接室よりも少し簡素なことだろうか。


 使用人から、コレットとジョイルが訪ねてきたことを聞いたベルワーテ侯爵夫妻。当主であるベルワーテ侯爵が入室の許可を出す。


「あら、コレット。どうしたの?」


 二人が部屋に来たことを、不思議に思ったベルワーテ侯爵夫人が尋ねる。ちょうど紅茶を口にしようとしていたのか、手にはティーカップがあった。

 ベルワーテ侯爵は先ほどまで読んでいたであろう新聞を畳み、視線を二人に移す。


 水を向けられたコレットは口を開く。


「突然で申し訳ありません。ご夫妻に聞いていただきたいことが、ございますので伺いました」


「まあ、何かしら? 何でも言ってちょうだい」


 娘のように可愛がっているコレットからのお願いに、ベルワーテ侯爵夫人は機嫌が良くなる。

 コレットは言葉を続ける。


「実はジョイル様には夢が――」


「ああ、ここからは僕が話すよ」


 ジョイルは言葉を遮り、一瞬、咳払いをする。


「父上も母上も、僕が普段から絵を描いていることは、すでにご存じだと思います」


 ベルワーテ侯爵夫妻は笑顔で耳を傾ける。

 この後、どのような状況になるか見当のついているコレットは、いたたまれず小さくなっていた。


「僕は絵を描くことで、何度も癒されてきました」


 そうとも知らず、ジョイルは高らかに宣言する。


「なので今度は僕が、多くの人を幸せにするために、画家になります!」


 静まり返った後、ざわざわと使用人が騒ぎ出す。

 ベルワーテ侯爵夫人は、ティーカップを手にしたまま固まっていた。

 侯爵には一見、変わった様子は無い。


 ほとんどの者が混乱していることが見て取れた。


 驚くのも無理はない。ジョイルはベルワーテ侯爵家の後継者として、幼い頃から教育されてきたのだ。

 コレットはこの場にいる者の心情を察する。


「お前はベルワーテ侯爵家の後継者だ。そのことについて、どう考えている?」


 この場の誰よりも早く、現状を把握したベルワーテ侯爵。


「僕は爵位を継ぎますが、実務はコレットにすべてお願いしようと考えています。父上もご承知のはずでしょう?」


 この場にいる全員が、ジョイルの言葉に対して疑問に思う。

 ベルワーテ侯爵も承知しているとは、どういうことだろうか?


 それを感じ取ったのか、彼は自分の考えを説明する。


「僕が幼い頃から絵を描いていることは、父上もご存じのはず。コレットは後継者として教育を受けています。ベルワーテ侯爵家の仕事を彼女にすべて任せて、僕は画家の夢に集中できるよう、取り計らってくださったのでしょう?」


 あまりにも絵空事のような説明に、ベルワーテ侯爵は片手で両目のあたりを覆い、長い溜息を吐いた。


「そんな訳ないだろう。私はお前に仕事を任せたいと考えている」


 これは、コレットの予想した通りだった。

 ジョイルの希望通りに爵位を継ぎ、コレットにベルワーテ侯爵家の仕事をすべて任せる。

 それは即ち、コレットがベルワーテ侯爵家の実権を掌握することと同義。いくら信頼しているといっても、他家から来た者にすべてを任せたくはないだろう。

 コレットに簒奪の意志はなくとも。


「それに、コレット嬢に負担が行き過ぎているではないか」


「ご安心ください」


 ジョイルは安心させるように笑う。


「なぜ、そう言い切れる」


 ベルワーテ侯爵の疑問はもっともだ。

 気にせず、ジョイルは続ける。


「彼女は――心底、僕を愛してくれているからです」


 コレットの顔が赤くなる。

 自分の恋心が、利用されようとしているとは思っていなかったからだ。相手に対して怒りが込み上げる。


 ジョイルは芝居がかったように、自身の胸に手を当てる。


「僕も……彼女を深く、愛しています」


 ジョイルはコレットの方を見て、ニコリと笑う。


 本来なら嬉しいはずなのに、コレットの本能は彼を警戒するように訴える。


 だが、ベルワーテ侯爵は頷かない。


「駄目だ。気持ちはあっても、体に負担がかかるだろう」


 当然だ。愛されているからと言って、相手がいつまでも負担の大きい仕事を肩代わりしてくれる保証は無いし、体が悲鳴を上げるだろう。

 言葉にはしなかったが、負担の大きい仕事を肩代わりしてくれたとしても、乗っ取りを企てているのではないかと不安になる。

 あまりにも浅慮で、都合が良すぎる。

 やはり責任のある立場にないからか、ジョイルの考えは甘い。


「愛さえあれば――僕のことを心底、愛していれば可能なはずです! 信じています!!」


 ベルワーテ侯爵が反論するも、ジョイルは気持ちの部分を全面的に押し出す。

 情に訴えかければ説得できると考えている時点で、彼はまだ子供だった。


「それに、僕の身に何かあれば、コレットが代理で担うことになります。父上も将来のことを考え、常に領地運営を円滑に進めるために、彼女を僕の婚約者に据えたのでしょう!?」


「病気や事故などの不測の事態と、それとは訳が違う!」


 ジョイルの抗議にベルワーテ侯爵は声を荒げ、机に拳を叩きつけた。

 そばにいた侯爵夫人は急に眩暈がしたのか、数人の使用人に支えられる。

 先ほどまでの穏やかな雰囲気が、息子の突拍子もない“画家になる”という夢を語ったことで一変したのだ。無理もない。


 コレットも使用人と共に侯爵夫人を支えようとしたが、ベルワーテ侯爵に呼び止められる。


「コレット嬢……申し訳ないが、今日のところはお引き取り願えないだろうか……」


 声色で酷く疲れていることが分かる。これ以上、長居をすれば負担になるかもしれないと思い、了承する。


「承知いたしました……。それでは最後に、僭越ながら、この件は父に報告させていただきます」


 コレットはジョイルを恋い慕っていた。

 しかし、この結婚は家同士で交わされたものなので、相手に冷めたとしても彼女に決定権は無い。コレットの結婚については、父親であるポワミエ伯爵が決めること。


 これは、ジョイルについても同じことが言える。

 息子のことを思うと気が滅入るのだろう、ベルワーテ侯爵は再び長い溜息に近い声で了承する。


「ああ……」


 使用人にドアを開けてもらい、退出しようとするコレット。

 しかし、再びベルワーテ侯爵に呼び止められる。


「コレット嬢」


 今度は何だろうかと、振り向く。


「愚息が君を傷つけてしまい、申し訳ない」


 ベルワーテ侯爵は悲痛な面持ちで、真っ直ぐと見ていた。



 コレットは謝罪の言葉に、どう返事したかは覚えていない。


 だが侯爵夫人に、お大事になさってくださいと、最後に声をかけたことは覚えていた。

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