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王城での夜会から数日後、コレットはベルワーテ侯爵邸に訪れていた。
ベルワーテ侯爵邸の応接室は、全体的に木材の色を活かした檜皮のような仄暗い茶色。差し色として、瑠璃のような濃い青色や金色が使われており、重厚な雰囲気を醸し出していた。家具にも統一感を持たせるため、木材の仄暗い茶色に、差し色と同じ青色や金色が使われている。床も複雑な模様の絨毯が敷き詰められ、見る者を楽しませていた。
前回と同様、引き続き結婚式の打ち合わせ。この日も招待客について話し合っていた。
しかし、あらかた決まっていたので、あとは確認と個別に注意すべき点を共有するだけ。
次はコレットのウエディングドレスについてだ。彼女は予てより、当日に着るウエディングドレスの打ち合わせを楽しみにしていた。
両家からウエディングドレスについては、花嫁であるコレットに一任されている。彼女は両家の親から信頼され、愛されていることを実感。実はすでに、ドレスについても仕事の忙しい合間を縫って考えていた。
ジョイルは王城での夜会で、「落ち着いた色を」と指摘していたことを思い出す。装飾も最小限にして、その分、布の素材にこだわった方が良いだろうと、仕立て屋から資料を集めていた。
夜会での失敗を活かし、ジョイルも納得するように配慮した。自分より、婚約者の好みを優先することに。
質素にしようと思ったが、二人の実家は侯爵家と伯爵家。ある程度の格式は保たなければならない。
コレットがウエディングドレスについて考え事をしている最中、ジョイルから視線が。根詰めたような表情の彼が心配になり、慌てて声をかける。
「あの、ジョイル様……いかがなさいました?」
ジョイルは視線を戻し、沈黙。応接室に不穏な空気が漂い始める。
ベルワーテ侯爵家の使用人だけでなく、コレットも息が詰まりそうだった。
組んでいた手を少し動かした後、ジョイルはようやく口を開く。
「僕には夢がある。その夢を叶えるために、支えて欲しい」
愛しい婚約者の真剣な眼差し。
せっかく自分に打ち明けてくれたのだ。ぜひ、力になってあげたい。
そう思い、表情を引き締めるコレット。
「嬉しいです。私にできることであれば協力させてください」
コレットの言葉に安心するジョイル。
「ああ、君ならそう言ってくれると思ったよ。実は、僕の夢と言うのは――」
この後、打ち明けられた夢の内容と計画に、コレットは絶望の淵に突き落とされることとなる。
「僕の夢と言うのは、画家になって多くの人を幸せにすることなんだ」
ジョイルは今までコレットに見せたことのない、晴れやかな笑顔で自身の夢を語った。
今、画家になると言ったのだろうかと、相手からの言葉を確認する。コレットは言われたことに思考が追い付かない。
貴族が画家を支援することはあっても、画家になるという話はほとんど聞いたことが無い。
稀に後継者になれなかった者が目指す場合はあるが、爵位を持たないので平民になる。爵位を与えられたとしても、貴族の責務を果たしながら画家の仕事をすることは不可能だ。
多くの者は、貴族の身分を維持しながら趣味として嗜んでいる。
貴族が画家になるということは、平民になる覚悟があるということ。
コレットは覚悟を決める。
ジョイルが夢を実現させるために苦労するのなら、自分も一緒に背負うべきだと考えていた。
平民になれば両親に頼ることはおろか、家族や友人に会うことも難しくなるだろう。勝手が違うことで苦悩したり、辛酸を舐めるような状況に陥ることもあるかもしれない。
しかし、二人で助け合えば、どんな困難も乗り越えられると希望を抱いていた。
「素敵な夢ですわね。ジョイル様に平民になる覚悟があるというのなら、私は――」
「いや、平民になるつもりはないよ」
ジョイルからの想定外の言葉に、コレットは呆気に取られる。
「え? 画家になるということは、平民になるという……」
「平民になったら生活していけないだろう?」
困ったような表情をしながら、ジョイルは諭すように答えた。
そう言われても、コレットには衝撃が強過ぎて理解が追い付かない。
「そ、それでは……どうなさる、おつもりですか?」
訳が分からず、彼女は問いかける。
ジョイルはローテーブルにある紅茶の入ったティーカップに手を伸ばし、口を付ける。気持ちを落ち着かせるためだろうか。
一口飲んだ後、ティーカップをローテーブルにあるソーサーへ戻した。
その後、意を決してコレットにお願いする。
「僕がベルワーテ侯爵を継いで、代わりに君が仕事をすべて完璧にこなして欲しい。体裁が悪いから、僕が仕事をしている風を装ってね」
そして、思い詰めたような表情に変わり、自身の足元に視線を落とす。
「生活費のことを考えれば、これが最良だと思う。もちろん、新しくドレスを作るような贅沢はやめて欲しい」
僕の夢を叶えるために、君は仕事と倹約に努めてくれないか――と、ジョイルは申し訳ないとでも言いたげに答えた。
「え……私がベルワーテ侯爵家の仕事を……?」
まだ混乱しているコレット。これでは、あまりにも彼女に負担が偏り過ぎている。
いくら、愛する人の夢を叶えるためとはいえ、すぐに了承できないでいた。
コレットは俯く。
そんな彼女を察し、ジョイルはコレットの手に自分の手を重ねる。
「僕の夢は、君の夢でもあると思っているんだけど……違うのかな?」
ジョイルは覗き込むように、訴えかけた。
まるで、相手を籠絡するかのように。
ジョイル様の夢は、私の夢でもある?
コレットは頭の中で、何度も反芻する。
その後、ジョイルの手を払いのけた。
「コレット?」
「も、申し訳ありません……」
コレット自身もなぜ、手を払いのけたのか分からない。
慌てて、ジョイルの両親であるベルワーテ侯爵夫妻が知っているかどうかの確認をする。
「ベルワーテ侯爵夫妻は、このことをご存じなのですか?」
ジョイルが画家を志望していること、ベルワーテ侯爵家の仕事を自分に押し付けるつもりでいることを、侯爵夫妻が知っているはずはない。絶対に賛成するはずがないからだ。
未だに混乱しながらも、コレットは冷静になるよう自身に言い聞かせる。
「まだだよ。でも、気付いているんじゃないかな。後継者として教育を受けた娘を僕の婚約者に選んだし、日頃から絵を描いていることも知っているから」
やはり、画家を志望していることは知らない。ベルワーテ侯爵家の仕事をコレットに押し付ける計画も、彼の独断なのだろう。
ベルワーテ侯爵夫妻が賛成しているわけではないことを知り、ひとまず安堵する。
「ベルワーテ侯爵夫妻はご在宅でしたわね。今からご相談に伺いましょう」
きっと、自分では丸め込まれてしまう。手を煩わせるのは忍びないが、侯爵夫妻に説得していただくしかない。
コレットはベルワーテ侯爵夫妻に事のあらましを伝え、ジョイルを説得してもらうことを考えていた。
彼女のいつもとは違う行動に驚きながらも、ジョイルはすぐに平常を装い、そうだねと言いながら了承する。
コレットとジョイルは使用人に案内され、ベルワーテ侯爵夫妻のいる部屋へと向かう。




