4
4
「わあ! やっぱり、コレット様だわ!」
そう言って駆け寄るのは、侯爵家の息女ベライス。コレットの友人だ。
「こんなところに、いらしたのね。会いたかったわ!」
「ごきげんよう、ベライス様。私もお会いできて嬉しいです」
コレットが会えた喜びを口にすると、ベライスは子犬が母親から愛情を得たかのように満面の笑みを浮かべる。
ベライスの表情がくるくる変わる様が可愛らしい。侯爵家の息女相手に失礼だが、嬉しそうに駆け寄る姿が子犬のようで愛しいと感じていた。
実はベライスも同じく、領主教育を受けていた。こちらは現在も実子は彼女一人で、爵位を継ぐことが許されている。
後継者になる息女は少なく、コレットも領主教育を受けていることを知って興味を持ち、夜会の日にベライスから声をかけたのだ。
互いに社交界デビューした後に知り合ったので、出会ってまだ数年と日は浅い。しかし、境遇が似ている者同士すぐに親しくなり、今では何でも言い合える仲に。
「ドレスを新調したのね。可愛らしいコレット様に、とっても似合っているわ!」
「ありがとうございます……」
嬉しいが、その言葉はジョイルの口から聞きたかった。友人から褒められて嬉しかったが、やはり愛している人からも言って欲しかったと悲しくなる。
「ベライス様もドレスを新調されたのですね。紫色のせいか、いつもより大人っぽく見えて魅力的に見えます」
「本当? 嬉しい!」
お返しとばかりに、コレットもベライスのドレスを褒めた。
今までと同様に刺繍やレースがふんだんに、あしらわれていたが、色のせいか普段より少し落ち着いた印象を受ける。
ベライスもドレスの色を褒められて、とても嬉しそうだ。
コレットは何故ベライスが嬉しそうにするのか、その理由を知っていた。
彼女の婚約者の瞳が、紫色だからだ。
「この色にしたら、彼、とても喜んでくれたの! 少し恥ずかしそうにしていたけれどね」
コレットは二人をよく知っていたので、想像して微笑ましく思う。
さらに、ベライスは無邪気に続ける。
「ベルワーテ侯爵令息も、とても喜んだのではないかしら? 確か、彼の瞳は空のような青色だったわよね?」
そう言われてコレットは一瞬、悲しそうな表情をした後、辛そうに笑う。
「ジョイル様には、落ち着いた色やデザインにするべきだと指摘されてしまったわ……もっと、質素にするべきだと……」
エスコートされた時のことを思い出し、少し泣きそうになる。
あの場では指摘されたことについて好意的に捉え、浮かれていた。しかし、愛する者のために用意していたのに、想いが通じなかったことが後になって効いてきたのか、じわじわと心を蝕む。
それが自分の我がままだとしても、うずくまって泣き出したいほど悲しかった。
良い返答を得られなかったと聞いて、気まずそうにするベライス。
「そ、そう。知らなかったとはいえ、ごめんなさい……傷つけるつもりはなかったの……」
「いえ……至らない私のせいよ」
コレットは精一杯の笑顔を作るが、逆にそれが痛々しい。
華やかな場で皆が会話やダンスを楽しむ中、重苦しい空気が漂う。
そんな中、ベライスはコレットに恐る恐る問いかける。
「ねえ、コレット様。今……幸せかしら?」
心配そうに問いかけられ、笑顔で答える。
「ええ」
貴族は望まぬ相手との政略結婚が当たり前だが、ずっと好きだった相手と結婚できる。彼は自分のために、至らない点を指摘してくれる。幸せではないなんて言ったら罰が当たってしまいそうだ。それは嘘ではなく、本心だった。
「そう……それなら良いのだけれど。何か困ったことがあったら相談してちょうだいね」
ベライスはどこか引っかかるものの、本人が幸せだと答えるので一応は納得する。
「ベライス。あいさつ回りが終わったよ」
そう言って、ベライスの元に一人の貴族令息が駆け寄ってくる。駆け寄ったことでコレットの存在に気付いたのか、彼女に対して頭を下げた。
コレットは貴族令息に話しかける。
「ふふ、お元気そうですね」
「ポワミエ伯爵令嬢もお変わりなく」
彼はベライスの婚約者、デロワ。ベライスの実家である侯爵家の分家筋の一つ、子爵家の四男だ。ベライスの父親、侯爵に望まれて婿入りすることが決まっている。彼の物静かな性格が気に入ったのだろう。
先ほどまでコレットと会話していたベライスは、自身の婚約者に対して少し意地悪をする。
「あら、もう良いの? もう少しコレット様と、二人きりでお話ししたかったのだけれど」
「悲しいなあ。僕とは会話してくれないの?」
「もう、冗談よ! ごめんなさいね」
ベライスとその婚約者は、コレットそっちのけで楽しそうに会話を始める。
相変わらず仲が良いと、二人のやりとりを微笑ましく見守るコレット。
二人が婚約したての頃を思い出す。
ベライスは高齢の侯爵夫妻の間に生まれ、比較的、自由に育てられたからか、明るい性格をしている。
積極的で、気遣いもできるため友人も多いのだが、裏を返せば少し落ち着きがない。さらに時折、感情的に行動することもあった。
揉め事が大事に発展することは無かったが、彼女の両親である侯爵夫妻はハラハラしていただろう。
対して、デロワは下位貴族の出身ということもあり、目上に対して過分に謙虚で、自分を卑下している印象があった。四男で、上に兄弟がいることも影響しているのかもしれない。
しかし、時が経つにつれ、ベライスはデロワと心を通わせていく内に少しずつ落ち着いていった。デロワの方も同様に心境の変化があったのか、徐々に自信をつけ、今では冗談を言い合う仲に。
また、想いが通じ合っているからか、どちらかが失敗しても、すぐに片方が助けている光景を何度も目にしている。
最初に目にしたのは、多くの高位貴族の子息や息女が集う場で、デロワが委縮しているところだ。すぐにベライスが彼も会話に溶け込めるよう話しやすい話題へ誘導し、楽しめるように配慮していた。目上に対し、必要以上に謙虚になる性分を見抜いていたのだろう。
最近ではベライスが失言してしまった際、そばにいたデロワが助け舟を出して事なきを得ていた。感情に流されるベライスの性格をよく理解していたので、すぐに助けることができたのだろう。
コレットにとって、お互いに思いやっている二人はまさに理想だった。
「コレット様」
ベライスに話しかけられ、回想を止める。
「私たちの結婚式に来てくださるかしら?」
問いかけられる、ずっと前からコレットの中で答えは決まっていた。
友人からのお願いに満面の笑みで答える。
「ええ、喜んで!」
いつか愛する人と心を通わし、二人のように支え合っていきたいと心から強く願う。
コレットの方からも、自分の結婚式に出席して欲しいと打診しようとする。
「あの……!」
二人は話しかけられたので、コレットからの言葉を待つ。
「あ、いえ……」
しかし、なぜか二人に申し入れることは無かった。




