1章 7 帰りたい子供
「さ、昨日も帰還道中に一応聞いたことだがもう一度尋ねようか…………葉さん、あんたは家に帰りたい?それともここに残る?まぁどっちを選んだとしても、もう片方の道はほぼ永久に閉ざされる。二者択一ってやつだ」
ライア達が草原に向かっている最中、シアンと葉はバルフィレム城の中庭で優雅にティータイムと洒落こんでいた。
シアンはクッキーをつまみながら葉に尋ねた。これは迷イ人が必ず通る質問であり、彼ら彼女らの運命の分岐点でもある。
「もし、ここで帰らない選択をしたら、あたしは一生元の世界には帰れないってこと……なんですよね」
「そういうことだ。大きく分けて理由は二つ。一つは世界の軌道が原因だ。そうだな……」
そう言って、シアンは持っていた紙に、ある世界で言う太陽系のような図を書いた。そしてその惑星に当てはまる丸をなぞり、言葉を続けた。
「世界ってのは惑星のように近づいたり離れたりしてる。だからあんたがここに来たこのタイミングを逃すといつまた近づくかわかんねぇ。あんたが生きてるうちには来ないかもしれねぇし、来たとしても私達がその時そばにいるかもわかんねぇからってのが一つ」
これはつまり運が良ければ来年にも帰れる可能性はある。ということだが、残念ながら世界同士の軌道を完全に予測することは現状不可能のため、これはあまりにギャンブルだ。
仮に一年後、十年後にその機会が訪れたとて、もう一つの理由が立ふさがる。
「もう一つは、世界どうしで時間の流れ方が違うこと。例えば、エインスカイで一日たっただけでも別の世界じゃ一年経ってるってことがままあるんだよ。なんつったっけ?浦島太郎……とかいう御伽噺、日本にあるだろ?あれに近いな」
「浦島太郎、よく知ってますね」
「なんか知らねぇけど日本人はよく来る……いや、よく残るからな。軍務内でもその辺歩けば一人くらい会うだろ」
そうなんだ、と意外そうな顔をする葉。何人か迷イ人が定住しているというのは話したが、歩けば会うレベルでいるとは思わなかったようだ。
「で?どうすんだ。さっきも言ったが浦島某になりたくなけりゃ長くても今日含めてあと四日以内には決めて欲しいところなんだけどよ。急かすようで悪いが早い方があんたのためだ」
世界を超えた己の運命を背負った選択だ。そう簡単に結論づけるのは難しいことぐらいシアンも承知の上。しかし本人のためにも、できることなら今日中に決めるべきだとも思っていた。
考える時間を与えるつもりで、カップの紅茶を飲む。自分にしては珍しく、砂糖を入れ忘れていたらしい。好みではない渋さにしかめ面をした。
「ひとつ聞かせてください」
俯いたまま話さなくなった葉が、再び顔を上げる。それは既になにか覚悟を決めたという顔だった。
「昨日も聞いたけど、あたしの弟の話。ここにいる可能性は、ゼロじゃない……んですよね」
「まぁ……そうだな。さっき記録見てみたけど、確かに数年前あんたと同じ七番世界からの迷イ人が来てるはずだ。私らが現場に行った時には既にいなかったから、どこにいるか、誰かが保護したかはわかんねぇけど」
迷イ人は人身売買や違法研究者のモルモットとして狙われやすい。だから護リ人が直ぐに保護へ向かうのだが、間に合わない場合もある。何せ自由に動ける純血、完全な護リ人は三人しかいないのに対して、門はどこにでも開くのだから。
数年前、迷イ人保護と門を閉じるためにシアンが現場に向かったが、肝心の迷イ人が誰もいなかったことがあった。時期はあまりあてにならないが、予測段階での接続した世界は一致していた。しかしそれが葉の弟だという根拠には弱すぎる。
「…………まさか、それが弟の可能性あるなら残る。とか言わねぇよな」
「えへへ、言います」
流石にないだろうと思った理由に葉がはにかみながら頷いた。
いや別に、それが本人の選択だと言うのならシアンが何かを言うつもりも無いのだが、あまりに不確定な理由だったので思わず盛大なため息をついた。
「はぁぁぁあああ、あんた意外とギャンブラーだな。いいか?私はちゃんと言ったぜ?どんな理由であろうと、ここに残るなら元の世界は捨てた気でいろって。理解できてる?」
「できてるよ、大丈夫です。それに、理由は弟だけじゃないんです。元いた世界に残る理由がないってのが一番なので」
そう言った葉に迷いは無いようだった。ならば何を言ったところで変わらないだろう。せめて彼女がこの選択を後悔しないように。柄にもなくシアンは葉の未来を祈り、再び菓子を頬張った。
「んじゃ、トラリアに連絡してくるわ。エインスカイに住むなら住民登録とか色々必要だからな」
ちょっと待ってろ、と声をかけ、シアンが席を外す。
一人になった葉はこの先会うことは無いだろう保護者達を思い出し、一度だけ心の中で謝った。
☆。.:*
「Hey幼女〜落ち着いた?怪我とかは……してないね」
「ずびっ…………ずずっ…………うん。してない」
「よし!何よりだ」
「オレ幼女って言って声かけるやつ初めて見たんだけど」
漸く天使騒ぎから落ち着いた迷イ人の子供にライアが声をかけた。その声のかけ方に呆れながらも、ソラは子供を眺めて感心した。あれだけの天使に囲まれて怪我の1つもしていないのは正直に言って奇跡だった。悪運が強いのだろう。そんなソラを他所にライアが話を進めていく。
「さてと、お嬢ちゃんお名前は?」
「リンナぁ」
「おっけーリンナ。リンナはお家に帰りたい?」
「………………ぐすっ、がえるぅううううう」
「泣くな泣くな、ちゃんと返してやれるから!安心しろよ〜このお兄さんがちゃーんと返してくれるって、本当に!」
「オレかよ」
今回の迷イ人は元の世界への帰投を所望だそうだ。ならば、向こうの世界で大事になる前に返してやるのが1番だろう。それは分かる。だからといってなぜ当たり前のようにソラが門を開ける係なのか。
「私門閉じたし。ちゃーんと天使とやり合う前に閉じました〜〜〜〜」
「ああ、そうですか。ったくしゃあねえな。リンナ、家のことをよく思い出して。一番会いたいのは?」
「…………ねぇね」
「よし、ねぇねのことを沢山考えといて」
護リ人の役目は本来迷イ人の保護ではない。確かにそれも必要なことだが、それ以上に異世界との門を開け閉めすることが仕事である。
自然現象として開いた門を護リ人が閉じる。
閉じなければ、魔法がない世界に魔獣が渡り世界が亡び、未知のウイルスが入り込んで世界が亡びるのだ――と、はるか昔、親たちに口うるさく教えられた。これはエインスカイを『護る』ためなのだと。
逆に開けるのは迷イ人を元の世界に送り返すため。まさに今である。間違えて別の世界へ送り返してしまっては本末転倒なので、かなり集中する作業だった。ライアが行わないのは方向音痴が災いして変な世界と繋がることが多いからでもある。
「あった、これか……」
リンナ本人を手がかりにして、彼女の世界のドアノブを見つけ出す。傍から見たら眉間に皺を寄せて宙に手を伸ばしているだけなのだが、確かに見つかった。
ソラが手を捻ると同時に空間が歯車のようにカチカチと歪み初め、やがて人がひとり通れる程の穴が空いた。
その向こうにはどこかの屋敷らしきものが広がっている。ちなみに言うと、ここは見渡す限りの草原であり、本来家の中どころか屋根のひとつも見えない場所だ。
屋敷の中からは「お嬢様ー!何処におられますか!!」といくつもの声が聞こえる。中にははっきり「リンナ」と呼ぶ声をあった。成功したようだ。
「おうちの人の声!!ねぇねの声もする!」
声を聞いてパァっと顔を輝かせたリンナを地面に下ろすと一目散に駆け出した。彼女は門を通った先でふと立ちどまりソラとライアの方を向くと、先程の号泣が嘘のような笑顔で、手を振った。
「助けてくれてとってもありがとうございます!またね!!」
「おー!また、いつか会えたらね」
「あんまりねぇねに心配かけさせるなよ」
「うん!」
元気な返事を残して、リンナのいた世界が閉ざされた。
「あいつ、お嬢様だったんだな」
「お転婆娘だ、うちの王女とよく似てるわ〜」
くしゃみでもをしていそうな我らが王女を思い浮かべながら、ソラは再びライアのフードを引っ掴み、報告のため城に戻るのだった。




