1章 6 幼女と天使
王都から少し離れた草原。澄み切った草木の香りと相反するように、不服そうなライアのフードをソラががっしり掴みながら歩いていた。
「あのさー、ソラくん?いくらなんでもこんな何にもねー草原で迷うことは無いと思うんですよ、私は」
「いいや迷う。間違いない。何年見てきたと思ってる?迷イ人探す前に別の迷子探すのはもう勘弁なんだよ」
通常運転の迷子防止策である。本人は「流石にない」などと言っているが、現に昨日までシアンとはぐれていたと言う。ただでさえどうしようもない嘘つきのその言葉を誰が信じられようか。
「えーっと?確かトラリアが言うには今回の迷イ人は五番世界だっけ?」
「五番ってなんだっけ」
様々な世界と繋がるエインスカイには、同じ世界からやって来る者もいる。ソラ達護リ人やトラリア達ベルナイース隊は、そう言った情報とその時門が開く条件などを照らし合わせ、いくつかの世界に番号をつけて把握しているのだ。先日来界した葉は七番世界だったらしい。
「五番はほら、魔法っぽいのはあるけど発動に条件がいるとかじゃなかった?よく覚えてないけど。エインスカイに残ったヤツもほとんどいないし」
「ああ〜そんな感じのやつあったな」
「もう忘れてるよこの人」
世界によって魔法がある世界、ない世界。魔法以外の別の何かがある世界と様々だ。
今回の世界は魔法では無いものの別の異能を使う世界だったはず、とライアが答えた。あまりピンと来てない顔で思い出したと言うソラに呆れた顔をしている。すると、盛大な子供の泣き声が聞こえてきた。
「ええぇぇえええん!かえるぅ!!おかあさぁぁぁん!」
声を頼りに辺りを見回すと、顔面をこれでもかと崩しながら大泣きしている女の子供がいた。その周りにはひとつの汚れもない純白の布をはためかせ、同じく純白の羽を広げた顔の無い何か。
首から上、顔、頭に当たる部分には何も無いが、さらにその上には神々しい天輪が輝いている――天使だ。
「うっっわ。ギャン泣きの幼女を天使が囲ってる」
「言ってる場合か!あの子だろ、今回の迷イ人」
天使。他の世界では神の使い、人を守護するものとして伝わることも多いが、少なくともエインスカイでは間違いなく人間の敵であった。
奴らは人間を無差別に襲うが、中でも迷イ人へ執着するように攻撃を仕掛けてくる危険な存在だ。
「王都外の草原って言うからまさかとは思ったが……!最悪の状況じゃねえか」
「はっ、あんな神の眷属ごときに私らが負けるとでも?ビビってんのかソラ」
「なぜ煽る。それもオレを」
「あはは!そりゃーもちろん、楽しいからかなっ!!」
言いきらないうちにライアが地面を蹴った。彼女は今にも迷イ人に何かをしようとしている天使の背後から横っ腹を思い切り蹴り飛ばす。そのせいか他の天使の注目がライアに集まった。
「うあぁぁぁぁん」
「大丈夫、ちゃんと掴まってて。オレ達が必ず護るから」
天使の目が逸れた瞬間、ソラが迷イ人を抱えて距離とる。それは先程のライアよりもさらに速い、雷の如きスピードだった。
「ナーイス、ソラ!そのまま護っちゃって!」
「任せていいんだな?」
「当たり前っしょ、昨日はあんまり暴れられなかったから、今日はしっかり暴れるぜ〜!行くぞ、カグツチ!!」
「あ、そういう理由……」
先程よりも少し増えた天使を前に、ライアは満面の笑みでソラにピースし、己の武器――双剣カグツチを取り出した。 それを見たソラは安心するべきか不安を抱くべきか、なんとも言えない気持ちになる。何より我を忘れたライアの流れ弾がこっちに飛んでくるのが心配だった。
既にライアはハイテンションで天使を切っては蹴って、燃やしている。流れ弾も時間の問題だろう。
そんなソラの腕の中でもぞもぞと動き続けていた迷イ人の子供。ソラと共に天使の包囲網から離れた時に一旦泣き止んだが、ソラの顔を見て、暴れるライアと天使を見て、動きを止めた。そして、すぅっ……と、深呼吸するかのごとく大きく息を吸い――――――叫んだ。
「ひどざら゙い゙ぃぃぃぃ」
「オレは違う!!」
「あはははは!」
「そこ、ライア!笑ってんじゃねえ前に集中し……あっ逃げた!」
子供はソラを人攫いだと勘違いしたらしく、一目散に逃げ出した。もちろんその隙を逃す天使では無い。ライアが相手をしているとはいえ、数が多い。なんなら天使は理由は分からないがどんどんと増えてくることもある。三体ほどの天使が子供を再び追いかけた。
「ぐずっずびっ……おがあ゙ざぁぁぁぁん」
「くっそ、させるか!」
足にグッと力を入れ、魔力を集めるソラ。一直線なら天使よりも先に迷イ人に届くと判断したが、いざ蹴り出す直前、迷イ人の子供が大泣きのまま指を鳴らした。
「えぐっ……ラ……ライトニング!!」
涙で濡れた指先が震え、パチンっと言う音が空中で弾けた。
次の瞬間、雷が一直線に――指先から放たれた。しか子供は恐らく天使に向けて打ったつもりのようだが、涙で潤んだ視界では良く見えていなかったらしい。
「ソラ当たる!」
「は?!」
天使とは全く違う方向に向けられた指は、あろうことかソラを指していた。鋭い矢のような雷いかづちがソラに向かうが、それが雷だと見た彼は躊躇いなく迷イ人に向かって走り出す。直撃だ。
貫くような衝撃はあるものの、電気であるからには好都合。最もソラが得意とする属性である。
彼は更に加速し、迷イ人を狙う天使たちの天輪を殴り壊した。天輪を失った三体の天使は、砂が風に攫われるように輝き、消えていった。
「ビビった……雷属性で良かった……!あぁ、ほら落ち着いて。ちゃんと家に返すから。ライアそっちは?」
「あはは、お守りかよ。こっちも終わってる。さすがに分が悪いとでも思ったんじゃねー?お前が出たあたりでどっか消えちまった」
ライアの言う通り、草原には先程までが嘘のように何もいなかった。これでようやく迷イ人に向き合うことが出来る。ソラは今日何度目かのため息をついた。他のものと違うのは今回は安堵からくるものであったことだ。




