2章 8 招かれざる客
同時刻。シアンの予測通り、暴走した召喚霊は他の場所にもいた。
台所で片付けをしていたリザイア、シャナ、葉。朝食あとそのまま会話をしていたライア、リュウガに蓮夜。彼らもその被害に遭っていたのだ。
突如、台所でずっと動かなかったマネキンが動き出した。と思ったらおもむろに包丁を手に取り、振り回す。慌てて回避したシャナは、その姿をじっと見つめた。
「うん。昨日は遠くて気づかなかったけど、正面から見たらよく分かる」
昨晩からの違和感。マネキンたちのおかしな行動は、クロウドの調子の悪さゆえと思われたが、そうでは無いらしい。だとすれば――
「この霊、お爺様の魔法じゃない。正確に言うなら、元になった魂は同じだけど術者が違う!」
声を荒らげたシャナ。即座に反応したライアが魔力糸でマネキンを縛り上げた。実体があるマネキン達はこれで当分安心だろう。しかし、これらは仮にも霊。浮かばれない魂がある限り、術者が生存している限り、いくらでも現れる。
「とりあえず外に出ろ!」
リュウガの一声で皆が飛び出る。しかし、先陣を切る蓮夜が戸を開けて顔を青くした。数えきれないほどのマネキンが一斉にこちらを向く。大抵のことは笑って乗り切るライアでさえも、顔が引き攣った。
「ダメっス。廊下の方がやばい……。こんな地獄絵図は画面の向こうでしか見た事ないっス」
「じゃあ裏口!」
非常用の裏口へ回る一行。今度はシャナが先陣を切る。
蓮夜が「すんません」と言いながらライアの服を引っ掴む。ここで逸れられたらたまったものじゃない。建物から出た瞬間、リュウガが道を逸れた。そして叫ぶ。
「ライア!こいつら頼む!オレは爺さん見てくるから!」
「まっじ〜?ダンピールお前、私に頼むとか、本当に言ってる?」
「…………少なくとも、迷イ人は護るんだろ」
「何を言うかと思えば、私に家族を預けるなんて」と挑発するライア。いつもならそれに言い返すリュウガも、今は真面目な目をしていた。そこには「どれだけ嘘を吐こうとも、護リ人としての責務を忘れるような人間ではない」、という信頼があった。
「あっはは。……わかった風に言うなよ、腹立つな」
いっそ言い返してくれればいいものを、こうも正面から言われたら納得せざるおえないではないか。ならば……。ライアは一番の笑顔でリュウガを指さした。
「いいぜ、安心して行ってこいよ。 約束してやる。ここにいる連中は私が護るから!」
一瞬目を見開いた後、リュウガは頷き、一人走り出した。ライアはそれを眺めながら、他4人と共に敷地の外、自分たちが乗ってきた車を目指す。少なくとも、あれの中なら逃げられる。残っているのはシアン、ソラ、リュウガ、クロウド。正直放っておいても問題ないメンツだ。特に前半。
マネキンをどうにかしようにも、術者の居どころがわからなければどうしようもない。
車が見えてきた――というところで声が聞こえた。この場の誰でもない第三者。間違いなく事ーの発端だろう。妙に聞きやすい、よく通る声だ。
「飛んで火に入る夏の虫……否、入るではなくて出てきたんでしたね」
亡霊のような青白い肌、目が完全に覆われるほどの前髪。長い後ろ髪を乱雑に縛って佇む男。おそらくは20代後半、もしくは30代。今が昼間でなければ、当分夢に出てきそうな様相だ。それらを差し置いて何よりも異質なのが、彼の服装。パッと見普通のシャツに白衣を羽織った研究者。しかし、その白衣には血の跡らしきものがベッタリと染み付いていた。
男は連夜を見つけると、花が咲いたように笑みを浮かべた。
「探しましたよ迷イ人。今日こそ、その力を探究させて欲しいものです」
「しつけーっス!こわいっス!何度言われても実験体はごめんっス!!」
腕を擦り、全身で拒絶を表現する蓮夜。おそらくこいつが件の組織、彼を狙う「フィブル」なのだろう。
ライアは蓮夜と葉を庇うように一歩前に進み、大袈裟に天を仰いだ。
「あっはは!話には聞いてたが、実際会うのは初めてだな?ヴァツルナ大陸の研究機関。あるいは、迷イ人ハンター・フィブル……だっけっか〜?」
「護リ人までいるとは、これはこれは、お初にお目にかかります。私フィブルの現場監督、ギルドー=ガンドと申します。以後ご対立の程お許しくださいね」
「あはは、お許しするわけ無くね?」
漸くライアの存在に気がついたのか、ギルドーと名乗った男が深々と礼をする。所作だけ見れば紳士さながら。白衣を彩る血が全てを台無しにしていた。
彼は眼前に立つ面々を舐めるように見回し、ふと視線を止める。葉だ。ライアは心の中で舌打ちした。
「…………ん?もしや、もしやもしや、その奥にいらっしゃる茶髪のお嬢様も迷イ人でありましょうか?」
「ひっ、何、あたし?!」
「おぉ!何と運の良い!!是非に、是非に!研究させてくださいませ」
「嫌ですが?!」
笑みを深めるどころか、どこか恍惚とした表情になったギルドー。思わず、リザイアとシャナが葉を背に隠した。
「葉、下がってらして。こんな変人の言うことにいちいち返していたら、こちらの頭がおかしくなりますわ」
「うん。ちょっと、あれは教育に悪いよね」
自分含めて5対2。葉が戦えないとしても4対2。正直言って負ける道理はない。が、どうなるのかわからないのが勝負というもの。蓮夜はともかく、万が一葉を人質に取られたらその時点で負け。護りながら戦うというのは気にすべきところが多い故に、不利になりがちだった。まして、ここはフォレイグン屋敷の庭。珍しい植物が嫌というほど生えている。ライアの炎魔法はフィールドとの相性が悪い。
ライアが思考を巡らせている最中、ギルドーが延々を「この出会いのなんと素晴らしいことか」と語っている。やがてそれをかき消すように新しい声が聞こえた。二人目の敵だ。
「ギルドーうるさいよ。話が長いの、すごく良くない」
小柄な少年……少女かもしれない。いずれにせよ、葉達よりもひと、ふた周りは年下の子供が現れた。
ゆったりとしたオーバーサイズのパーカー。深く被ったフードには山羊のような耳と角が生えている。深く被りすぎて角が目から飛び出ているようで、なんとも不気味だ。
見た目は亡霊でも生の活気に溢れるギルドー。対して、子供は肌色こそ健康的だが、縁から見えるその目には一筋の光もなかった。
「迷イ人が二人いるなら、二人とも連れて帰ればいいでしょ」
何を迷っているんだか。と、子供が言った。
やれやれと肩をすくめるギルドー。
「ロカ。中の霊はどうなっているのです?」
「どうもこうも、生きてる人間を殺せとしか言ってないから。あとは知らない」
マネキン――召喚霊の術者は、あのロカと呼ばれた子供で間違いない。
一歩後ろにいた蓮夜が息を飲んだ。
ライアは空から自身の相棒、双剣『カグツチ』を取り出す。すんなり出てきてくれてホッとした。
気取られずに殺すのは簡単だ。召喚霊も、ロカを殺せば止まるだろう。しかし、屋敷内部の花――ウェヌリスを使った擬似魔法陣はどうだ。恐らく設置者はギルドー。殺した瞬間発動したとしてもおかしくは無い。ただ、そちらは屋敷内部のシアン達がどうにかするだろう。今必要なのは時間稼ぎ。ならば――
「お喋りは楽しいか?私の存在忘れてんじゃねーっつの!」
――正面から叩き込む!
ライアはギルドーの真上に飛び、落下を利用した攻撃を仕掛ける。剣はなにかに弾かれ、ギルドーはするりと下がった。
わざと大声を出したため、避けられるのは想定の範囲内。見たかったのは回避の方法だ。
剣はどこからか生えてきた根によって防がれた。切る事は難しくないが、単純に威力が落とされる。
(こいつの魔法は植物操作……?いや、決めつけるのはよくねーな)
ヒットアンドアウェイ。ライアの好む戦法だ。1度攻撃をしたらその瞬間に、ヒットの有無に関わらず元の位置まで素早く下がる。これが最もシアンと異なる点だった。
「おや、おやおや、これは驚きました。護リ人のライア=ディアスタシアと言えば、『天焼の魔神』、『虚言のライアー』。そして何より『敵でいてくれた方がまだ安心できる人間』でしょう。こうも全力で仲間を守るとは、仮説が外れましたね」
「はっ、仮説は外れてからが腕の見せどころだろ?研究者〜」
意外だと、両手を上げて驚くギルドー。わざとらしさが半端じゃない。
確かに、ライアの言動の八割は嘘。さらに、目を離した隙に敵組織に入り込む。そして最悪のタイミングで裏切る。これらを長年繰り返した故の異名の数々。仲間も常に護るかと言われたら、割とよく放り捨てる。ギルドーの言ったことは何一つ間違ってはいない。
ただ一つ、情報が足りなかったに過ぎないのだ。
心底愉快だと言うように、ライアの口は弧を描いた。しかし、その目は至って真剣だ。両の手に持つ相棒を構える。
思い出すのはほんの数分前。犬猿の仲とも言われるリュウガとの会話。
確かに彼女はこう言った。
「嘘は付く。裏切りもする。けどな――」
『いいぜ、安心して行ってこいよ。 約束してやる。ここにいる連中は私が護るから!』
「私、約束は必ず守るぜ」




