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氷炎護リ人  作者: 有麻環
二章 フォレイグン屋敷編
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2章 7 事件の朝

 朝が来た。

 固まった体をぐっと伸ばす。

 シアンがふと部屋を見渡すと、既にライアはいなかった。朝が早い彼女の事だ、どうせすぐ部屋を出て迷子にでもなったのだろう。最早怒りも湧いてこない。

 寝起きのシアンは暫く頭が回らない。ぼーっと虚空を眺めていると、もぞもぞと葉が起きてくるのが見えた。彼女は小さく欠伸をし、キョロキョロと周りを見た。フォレイグン屋敷に泊まっていることを忘れているのだろう。その視線は直にシアンと重なった。


「あれ、シアンおはよう。早いね」

 

「ん。うん…………はよ」

 

「シアン?起きてる?」

 

「起きてる起きてる」


 会話しているうちにしっかり思い出したのだろう。それよりも反応の薄いシアンを見て心配が勝ったようだった。シアンは心配するなというように手をヒラヒラと振った。


「あぁ、大丈夫大丈夫。ちょっと夢見が悪かっただけだから」

 

「そう?ならいいんだけど…………ライアは?」

 

「知らん。私が起きた時にはもういなかった。あれはもうほっとこう」

 

 なんと返していいか分からず苦笑いをした葉。二人の会話に起こされたのか、リザイアがぱちっと目を開けた。


「おはようございますわ、皆様方。ほらシャナ、早く起きてくださいな」

 

「んにゃ、うん。うーーーーん」

 

「もう!」


 起きたばかりにもかかわらず、ハキハキと喋るリザイア。彼女は隣で丸まっている毛布の塊を揺さぶるも、そこからは喃語のようなものしか出てこなかった。

 無理やり毛布から叩き起されたシャナ。薄いウィスタリアカラーの髪が、これでもかと絡まっている。ぼーっとベットの上に座り込む彼女を、リザイアがせっせと梳かし始める。その間、葉はシャナから借りた服に着替え、シアンはシアンでどこからか私服を取り出し着替えていた。

 リザイアの献身のおかげでなんとか各人の支度を終え、四人は朝食の準備に向かった。

 

 昨晩、大量の夕飯が並んだ部屋とは異なり、朝は厨房近く――少し小さめの部屋に集まった。召喚霊は昨晩から1ミリも動いていないようで、置物のように固まっていた。そのため、朝食は自分たちで用意することになったのだ。部屋には既にソラ、リュウガ、蓮夜の男子組とこちらに手を振るライアがいた。


「はいはいハロー!おっはようさーん」

 

「おはよう。シアン、お前ちゃんと寝られたのか?隈やばいぞ」

 

「ソラ……はよさん。うんまぁ、寝てないことは無い」

 

「それダメなやつじゃねえか」

 

 憎たらしいほどに笑顔なライアと、その隣に座るソラが声をかけた。ソラはまず初めにシアンの隈を指摘したが、シアンはいつもの事だと軽く流した。それよりも彼女には気になることがあったのだ。

 

「ライア、お前よくこの部屋までたどり着いたな」


「隣の家から帰宅もできない方向音痴が、よく一人で目的の部屋にたどり着いたな」と、尋ねたシアン。当のライアは斜め上を向き「あはは〜」と半笑いを浮かべた。

 

「いや〜、迷ってはいたんだけど、たまたまリュウガにあってさ。そのまま引きずられてった」

 

「それは……悪ぃ、迷惑かけたな」


 案の定、一人でたどり着ける訳がなかったらしい。シアンはちょうど朝食らしき皿を持ってきたリュウガに謝った。


「ホントにな。この歩く炎災(フレイムギフト)をオレ一人でどうにかするのは無理がある。首輪でも付けといたらどうだ?」

 

「あはは!朝からうるせーダンピールだこと」

 

「お前はまず反省しろ」

 

「ういっす」


  バカにしたように顎でライアを指すリュウガ。売り言葉に買い言葉。本能的に言い返したライアは、「反省の色がない」とソラに叱られ、大人しくなった。


「おはようございます!朝飯できてるっスよ、簡単なもので悪いっスけど……」


 リュウガの後から皿を運ぶ蓮夜。こちらも日の出のごとき眩しい笑顔を携えている。簡単なものといいつつ、多少手が凝ってることが分かる和食だった。恐らくは、蓮夜主体で調理したのだろう。

 配膳を終え、皆が座り、各々自分の分を取り分けた。ソラは「残ったの食べる」などと言っていた。それを見越していたのか、二人で作ったとは思えないほど量があるため、最後でもソラにとっては満足なのだろう。聞けば、蓮夜は案外料理が好きなようだ。尚、片付けは嫌いとの事。


「そうだ、クロウドはどうしたよ」


 食べ始めて暫くした後、シアンは肝心の家主がいないことに気がついた。そして、共に暮らし、彼の世話を主にしているリュウガと蓮夜に尋ねた。

 

「じいちゃんはまだ寝てるっス。一応声はかけたんスけど……」

 

「最近起きるの遅いんだ。飯は後でオレが持ってくから、お前ら気にせず食っててくれ」


 蓮夜曰く、戸をノックしたところ、返事も帰ってこなかったとのこと。そっと中を覗いても、クロウドは確認できるものの、物音一つしなかったという。共にいたリュウガが心配するなと言ったので、起きてくるのを待つことにしたのだそうだ。

 

 ☆。.:*

 

 朝食を終え、リザイア、シャナ、葉が片付けをしている間、シアンは少し離れた廊下にいた。外を見ながら窓際に寄り掛っていると、こちらに向かう足音が僅かに聞こえた。ソラだ

 彼は何かを探すようにキョロキョロと歩いていた。やがてシアンを見つけ「なんだ、シアンか」と近づいてきた。


「ここにいたのか。ちょうどいいや」

 

「…………なんだ、お前も気づいたのか。何?野生の勘的な?」

 

「知らん。ただ最初から気になるところが多すぎるんだ。鼻が効かなくたってわからあ」


 何かを相談しようとするソラ。思い当たる節が幾つかあるシアンは言われる前からそれに気づいた。お互い、数ある違和感がちょうど繋がりつつあるものの、確証には弱い。と言ったところだろう。


「だろうなぁ…………。なぁ、ソラから見てこの花の並びはなんだと思う?明らか意図的に並べられてるとは思うんだけど……真意まではつかめねぇんだ」


 一定間隔で壁に飾られた小さな花。庭にもあったエインスカイの植物、「ウェヌリス」だ。その花は小さいながらも、膨大な魔力を有する。時に毒にもなるそれは、数多くの機関が研究しているが、未だ成果の現れない期待の花でもある。

 

「おっと?オレが魔法陣使うの苦手だって忘れたのか」

 

「んな訳あるか、覚えてるよ。お前じゃあるまいし。ただ、聞いておきたかっただけだ」


 同じくなにかに気がついたらしいソラに尋ねるも、帰ってきたのは――「全くわからん」。相手を間違えたようだ。シアンも特別魔法陣を得意とする訳では無いが、最早ソラは苦手の域に入っていた。

 

 この世界において、魔法陣とは自身の外側にある魔力――魔素に指示を与えるための指標だ。体内魔力が足りない時の補助、もしくは地雷のように設置する時に使われる。シアンが考えるに、恐らくこの花は後者だろう。

 シアンは自身の感覚をなんとか言語化しようと、しどろもどろに話し始める。


「なんつぅのかな、魔力の流れ?いや、流れそのものじゃなくて、全体的に俯瞰して見た時の性質か。なんっかすげぇ腹立つんだよな」

 

「腹立つって……いつもじゃん」

 

「そりゃそうなんだけど、なんつぅか、こう、天使を前にした時みたいな」

 

「神に関する何かってことか」

 

「確証はねぇけどな」

 

「いやあ、だいたい合ってるだろ。じゃなきゃリュウガが動いてる」


 屋敷に入った時から感じる違和感。それは草原に発生する天使を見た時と同じ。視界に入れただけで内臓に虫が這うような気持ちの悪さ、苛立たしさと同じだった。神嫌いのシアンがそう感じるということは、一連の違和感は()()()()()と結論づけたソラ。曰く、そうでなければ、天使と同じく神の眷属をルーツとするリュウガがもっと積極的に動いているだろう、と。人と共存する眷属はリュウガ含め、神、もしくはその力を持つ物に近づかない傾向があったからだ。もちろん例外はある。

 

「まぁ、ライアは気づいてるんだろうけど、アイツに聞くのは時間の無駄だ」

 

「はは、それは確かに」


 恐らく全てを理解しているが、あの嘘つきは情報を開示しないだろう。開示したとて、それが真実かは分からないのだから意味が無いと、シアン。ソラは笑いながら同意した。

 その時、廊下の曲がり角から耳を空気ごと劈くような金属の唸り声が聞こえた。

 直感的に脳内に警告が鳴り、鳥肌が立ちそうになる。

 明らかに室内で鳴る音ではないそれに、二人は警戒を強める。ほか全ての音をかき消すほど大きく鳴り渡る音。花瓶が落ちたのか、何かが割れる。その音と共にゆらりと現れたのは――メイド服を着たマネキン。


「クロウドの召喚霊?」

 

「…………にしては手に持ってるもんが物騒じゃねえか?」


 それは昨晩大量の料理で胃袋を襲いに来た、召喚霊だった。どうやら音の正体はその手にあるもの。ドルンドルンと唸りをあげる、チェーンソーだ。

 霊はシアン達の方を向くと、1歩、また1歩、と歩み始めた。チェーンソーを構えたまま。

 

「おいちょっと待て、待て待て、寄るな。せめて電源落とせ?」


 シアンの首に冷や汗が垂れる。顔パーツが無いだけに、思考が読めず恐ろしさが跳ね上がっていた。

 

「シアン…………後ろやばい」

 

 目の前のマネキンをどうやって大人しくさせるか考えていると、ソラが肩を叩いた。

 つられて後ろを向くと、そこには――同じく桑、鉈、芝刈り機など、とにかく物騒なものを持ったマネキン。


「あぁ………………マジか」


 完全に退路を立たれている。


「ダメだ一旦離れるぞ!」


 二人は顔を見合せ、どちらかともなくチェーンソーを構えたマネキンの方へ走りだした。

 油断はできないが、今のところ動きは早くない。廊下みちみちに詰まっている背後よりは、まだこちらの方が通れるだろう。

 

 マネキンはチェーンソーを振り上げる。脱兎のごとく、あるいは獲物を捕える獣のごとく。少しばかり本気で走り去った二人に、チェーンソーは間に合わなかった。

 呆然と立ち尽くすマネキン。二人が通り過ぎたあと、怒ったように走り出した。それに釣られるかのように大量のマネキンも続く。さながらゾンビ映画のワンシーンだ。

 ソラは「ダチョウの群れみたいだ……」と、それを見ながらシアンに尋ねる。

 

「なあ!あれって攻撃していいやつか?」

「わっかんねぇから、リュウガに聞くんだよ。他の連中とも合流しねぇと」


 仮にも屋敷の主の所有物。むやみに傷つけるべきではないだろう。家主が寝ているならリュウガに聞くしかない。それに、召喚霊は魔法のひとつ。つまり魔力が尽きない限り数に限りがない。おそらくは他のメンバーの場所も同じだろう。シアンは面々を思い浮かべ、その思考は葉で止まった。まだ基礎的な戦い方しか学んでいない彼女。連れてきたからにはきちんと護らねばならない。それが責任なのだから、と。

 

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