2章 6 闇に燃える者
風呂から上がりまだ水滴の残る髪にタオルをかけ、ライアは一人、暗い廊下に立ち尽くしていた。
完璧に迷子である。これはシアンに怒られる。もう間違いなく、烈火のごとく怒り散らすに決まっている。
女子組で風呂から上がり、半分寝ぼけたシアンを叩き起した所までは一緒にいたはずだった。その後――就寝用に宛てがわれた部屋に移動している際、何かに気を取られて道を間違えたのだろう。何だったのかは覚えていないが。
ライアが迷子になる理由のほとんどはコレだった。路地を通った猫、羽ばたいた鳥、キメラのような影。とにかく何かに気を取られ、ぼーっと気がむくままに足を向け、逸れるのだ。そして戻って来られない。毎度シアンやソラに嫌という程怒られるため、さすがのライアも反省はしていた。特に改善はしていないが。
「さすがになー、人様の家であちこちさ迷う訳にもいかねーよな〜。と言っても、部屋の方向すら分からねー…………はぁ、どうすっかな」
と、一人ボヤくもそれを聞くものはいない。ライアは「いっそ部屋に戻るのはやめて、リュウガを探すか」、とも考えた。話があると言ったきり、無限配膳事件があったのでタイミングを逃していたのだ。
とは言ったものの、リュウガがどこにいるかも分からない今、それも無謀だと諦めた。
「にしてもこの屋敷は花が多いな……。前もそうだったっけ?」
屋敷に入った時から感じていた違和感。ライアは以前にもフォレイグン屋敷に来たことがあったが、ここまであちらこちらに花があったわけではない。それが今はどうだ。置ける場所全てに何かしらの花が活けてある。それもライアが見る限り室内の花は全てエインスカイ原産のもの。クロウドの趣味とは少し離れている。ここまで来るといっそなにかの儀式のようで不気味である。ソラの鼻がおかしくなるわけだ。
他の誰よりも違和感や嘘に敏感なライア。それは常日頃から己自身にどうしようもない違和感を抱えているからと同時に、『虚言』が彼女の代名詞と言われるほどに嘘をつき続けているからである。
故に、彼女は既にその正体にも当てが着いていた。だからリュウガを探していたのだ。最も、余程運良く彼が通りかからない限り今日中に話すことは無理であろうが。
「しょうがねーなー、最終手段使うか…………ん?」
ふと、足元から気配を感じた。しかしここは一階…………のはずである。間違えて階段を昇っていなければ。
しばらく考えた後、「ふっ」と失笑するライア。その後、誰に聞かせる訳でもなく、強いて言うなら確信を得るために声に出した。
「あっはは!マジか〜、これは予想的中って感じ?楽しくなってきたぜ〜本当に!」
夜の月に照らされたその顔は心底楽しそうに笑みを浮かべていた。
☆。.:*
「あんのボケ!どこ行きやがった!!」
「ま、まあまあシアン、落ち着いて……」
一方のシアン。入浴後うつらうつらとしていたのは悪かったと思う。それでもライアの動向には気を使っていたが――甘かった。ほんの一瞬、船を漕いだ瞬間。気づい時、既に奴はいなかった。
とりあえず部屋に戻り、しばらく待つも戻ってくるわけがなく。シアンは己の不甲斐なさと、何処ぞへ消えたライアに対してそれはもう酷く腹を立てていた。
「シャナ、ライアが今どこにいるかわかんねぇ?」
「ごめん。シアンは知ってるだろうけど、魔力感知でライアを見ても真っ黒いモヤにしか映らないから……夜は特にわかんない」
「そうだった」
もさもさとタオルで長い髪を乾かすシャナ。髪が長いと大変だ。尚、聞いた本人もそれなりに長髪だが、半分くらい濡れたままだった。葉に「乾かさないの?」と聞かれたが、今はそれどころではない。
藁にもすがる思いで聞いたものの、その藁もあっけなく沈んでしまった。シャナの言うことはよくわかる。彼女ほどではないが、シアンもそれなりに魔力感知は使用するので。
感知能力で人を見ると、人型にゆらめく炎のようなものが見える。色は、その人の魔力量に比例する。例えるなら少しぼやけたサーモグラフィのようなものだ。だが、ライアを始めごく稀に真っ黒のもやに隠れる場合がある。特に夜は、まるでそこだけ抜け落ちたみたいに見えなくなる。おおまかな理由は予想がつくが、そんなことよりも奴の居場所がわからない方が重要だった。
「相変わらず手品のようにいなくなりますのね、あの方は」
入浴後のボディケアをするリザイアも呆れている隣では、葉が苦笑いをしていた。葉は他のメンバーと比較すると関わった期間は短いが、もう両の手で数えきれない回数ライアが迷子になって怒るシアン達を目撃していた。
いいかげん探しに行くかと立ち上がったその時、シアンの背後、正確には扉の向こうからドサッと言う何かが落ちる音と、カエルの潰れたような呻き声が聞こえた。
「うぐぇっ」
部屋の戸を開けるとフッと炎が消えるのが見えた。と同時に、床で潰れているライアも。どうやら探しに行く手間は省けたようだ。
「なんだ、最終手段使ったのか」
「た、ただいま……」
なぜかところどころケガをしているライア。最終手段の副作用だろう。背中に刺さる不思議そうな視線を無視し、シアンはライアを部屋に放り込んだ。さっさと戸を閉めないと、また消えられたらたまったものじゃない。次こそ殴りかかる自信がある。
就寝前だというのにどっと疲れが襲いかかった。とりあえず、なんとか無事に戻ってきたならそれでよしとしよう。
ライアからタオルを借り髪を拭いていると、寝る支度が済んだらしいリザイアがベットにぽすん、と腰掛け「そうそう」と話し始めた。
「一応あの後食糧庫は確認しましたけれど、とりあえず明日の朝分はありそうですわ」
「うん。また買い出し行かなきゃだね」
食糧庫を空にする勢いで料理し続けた召喚霊たちは、その後電源が切れたように動かなくなった。消えたわけではないので、術者――クロウドの命に危険があったわけではないだろう。不幸中の幸いか、なんとか明日の朝食分の食材は残っていたようだ。
シャナ、リザイア、葉の三人が「お泊まり会」とはしゃいぐのを背景にシアンはライアに話しかけた。
「にしたって酷い目にあった……。なぁ、クロウドの奴本当に病気じゃないのか?」
「それはほら、明日になったら嫌でもわかるぜ」
「お前…………わかってることあるなら先に言えよ」
「あっははは!なんの事〜?」
「すっとぼけやがって」
これはシアンの勘だが、ライアはおそらく既に違和感の正体に気づいている。が、そういう時、大抵奴ははぐらかす。まともに聞くだけ時間の無駄だった。
そうこうしているうちに、夜はどんどん更けていく。
会話が楽しい気持ちはよくわかるが、そろそろお嬢様たちを寝かせないとなるまい。今はそう、嵐の前の静けさというやつだ。
シアンは床に座ったまま、壁に背を預けた。そして、引率教師のように手を叩く。皆の注意がシアンに向けられた。
「ほらお前らぁ、ちゃんと休んどけよ。楽しいのはわかるけど」
聞き分けのいい彼女たちだ。「はーい」と間延びした返事の後、それぞれすぐに就寝体制に入った。ライアは隣で胡座のまますでに寝ている。
シアンは寝られずともせめて目は瞑ろうと力を抜き、そして最後に言ったーー
「ゆっくり休めよ。多分だけどな、明日はきっと派手になるぜ」




