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氷炎護リ人  作者: 有麻環
二章 フォレイグン屋敷編
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2章 5 無限配膳事件

「は〜~~~、あったまる……」


 肩まで湯に沈んで、思わず吐いた声が、浴室に響いた。

 やたら広くて、やたら静かで。普段の違う様相に少し落ち着かないが、湯の温度は完璧だった。

 背中の疲れがじわっとほどけていく。今日はろくに戦ってないはずなのに、なんでこんなに重いんだか。と、シアンの意識は既に半分夢に浸かりそうになっていた。普段ろくに寝ていない分のしわ寄せが来ている。


「お屋敷のお風呂ってほんとに大きいんだね」


 体を洗い終わった葉が感心するようにぼやきながら横に並んだ。彼女の普段使うであろう軍寮の風呂場もなかなか広いとは思うが、あれは実用的な広さ。対してこちらは良く言えば芸術的に広い、悪く言えば無駄に広い。少なくとも、双子、葉、お嬢様達の計5人入ったとて、まだだいぶ余裕があった。

 リュウガ達と別れた後、女子組はシャナによってリザイアの部屋へ案内された。シャナとリザイアは普段それぞれの部屋を使用しているが、今日に限っては「何があるか分からない」と全員同じ部屋に集まることになった。シャナ曰く、「ベッドは簡易のやつなら持ってこれるから大丈夫」とのこと。シアンとライアは別に寝床がなくとも問題ないので、これに決定した。

 シアンが睡魔と戦っていると、リザイアとシャナも遅れて湯に入ってきた。葉以外は皆髪が長いので各々違った方法でまとめている。


「そういえば、リザイアとシャナはここに住んでるの?」


 二人の顔を見て思い出したように葉が問いかけた。シアンは薄れる意識の中で「そりゃあ気になるよなぁ……」と考えた。


「正確には違いますわ。家は王都を挟んで反対側の、いわゆる貴族街にありますもの。まあ、ほぼここに住んでると言っても過言では無いですわね。ここ最近は特に」


 少し気まずそうに声を落としたリザイア。いつものハキハキとした彼女にしては珍しい。「ちょっとまずいこと聞いちゃったかな……」と、葉も口ごもった。


「ああ、いえ、これは(わたくし)の話ですの。あまり気にしないでくださいまし。えっと……シャナのほうは確か――」


 リザイアは慌てて元の調子に戻し、助けを求めるようにシャナを見た。シャナは任せろと言うように黙って頷いた。


「うん。私もただ遊びに来てるだけ。一人で家にいるより楽しいし、お父様も元軍医のお爺様からは学べることが多いだろって」


 クロウドはエインスカイの貴族にしては珍しく、元々バルフィレム国軍所属だった。それも医療専門の六番(ソウェル)隊の隊長を勤めていた。とある戦争の際に足を悪くし、年齢も考えて引退したのだ。その後も現六番(ソウェル)隊をサポートする形で協力体制はとっている。リュウガ共々、有事の際には派遣要因として王都に赴くこともあった。

 シアンはシャナの父、アウスレイン公爵とは会ったことがないが、話を聞くになかなか柔軟な思考を持つ男のようだ。そうでなければクロウドへの信頼があったとて、こうしょっちゅう遊びに来ることを許しはしないだろう。それがシャナの将来に合ってるのかなんざ知ったことじゃないし、誰にも分からない。


「お前ら……よくあれだけの飯食った後に風呂入れるな〜」

 

 葉達が会話を広げている間、ドーナツ型の浴槽の中央に位置する人口樹に寄りかかったライアが唸り声をあげた。アレは炎魔法を最も得意とするくせに、昔からあまり熱いのが得意ではない。自身の得意属性と体質に相関はないらしい。事実シアンも得意は氷系統だが、暑がりだ。最も、自身の魔力で怪我をするなんて事例を聞いたことはないのだが。


「シアン〜寝るな、溺れるぞ」

 

「わかってるわかってる。大丈夫。寝てない」

 

「本当に〜?」


 彼女の言った通り、一行は夕飯を済ませたあとだった。シアンの眠気はそれも影響していた。

 

 ☆。.:*

 

 数時間前。

 部屋に別れてしばらくすると、メイド服を着たマネキンのような()()()()()()の何か――フォレイグン屋敷の世話をする召喚霊が戸をノックした。クロウドの魔力で編まれたそれらは、寝ていても、離れていても、術者が死ぬまでオートで稼働する。会話は蓮夜曰くできるそうだが、リュウガはさっぱりだと言っていたので実際の所は分からない。

 彼ら召喚霊の首に提げたホワイトボードには、夕食の準備ができたと書かれていた。ちなみに、ホワイトボードはリュウガが考案した苦肉の策だそうだ。意思の疎通ができないと困ることもあるらしい。

 夕食は豪華な料理の数々。その味は筆舌に尽くし難い程美味であった。王都で開かれる建国記念のパーティの料理並と言っても過言では無いほどに。

 しかしここで予想外の壁が立ち塞がった。如何せん量が多いのだ。それこそ建国記念パーティ並。十人弱で食べる量ではない。思わずシアンは蓮夜とリュウガに尋ねた。


「何、お前ら……いつもこんなに食ってんの?」

 

「まさかだろ。こんな多いの初めてだ…………」

 

「俺…………もう無理っス」

 

「蓮夜?!」

 

 召喚霊のバグかと思う程次から次へと料理が運ばれてくる。屋敷に住む二人曰く異常とのこと。あまりの料理に蓮夜が気絶しかけた。顔面を皿に突っ込みかけたが、寸前でリザイアが防いでいた。


「シャナ!調理室どうなってる?」

 

「………………え?何?」

 

「調・理・室!召喚霊に異常はねえのか?」


 リュウガが蓮夜を介抱しながらシャナに叫んだ。確かに、シャナの魔力感知ならこの場からでも調理室の様子が伺えるはずだ。何せ、調理をしているであろう霊は魔力そのものであるのだから。

 蓮夜同様、多すぎる料理を前に放心しかけていたシャナ。リュウガに催促されて慌てて感知を試したようだ。


「別に、召喚霊の魔力に異変はないよ。でも…………まだ作ってる」

 

「うっそだろ?!これ以上食うのは無理だぜ?」

 

「あはは!何〜?召喚霊に異常がないならクロウドの指示ってこと?鬼畜か、あのジジイ」

 

「んな訳あるか!!」

 

 シャナ曰く特におかしな所はないそうだ。料理を作り続けている以外。ライアの言う通り、召喚霊に異常がないのであればこの動きは術者であるクロウドが指示したことになる。しかしいくら客人がいるとはいえ、食料庫の中身を使い尽くすレベルで饗すとは考えにくい。


「理由を考えても仕方ありませんわ。とりあえず、現状この料理をどうするかが問題ではなくて?」


 意地かプライドか、はたまた虚勢か、己も青い顔をしたリザイアが提言した。

 

「いや……リザ、どうするって…………食べられるの?この量を?」

 

「……………………無理ですわね」


 葉が尋ねるが、リザイアにも策があるわけではない。さてどうしたものか。と、皆が回らぬ頭で考えるも、最早選択肢は「残す」以外ないように思えた。しかし、シアンはそれだけは許されない……と言うよりも、それだけは回避できると確信していた。

 その時気の抜ける会話が聞こえた。


「ソラ〜、いける?」

 

「もぐ!」

 

「うん、口に入ってるもん無くなってから話せ?」

 

 声の主はライアとソラだ。ソラは皆が山盛りの料理に辟易としているさなか、ひとり黙々と食べ続けていた。そのスピードは恐ろしいことに食べ始めた時から全く変わらない。シアンの確信もこいつの存在が理由だった。


「…………ソ、ソラくん、まだ食べられるの?」


 葉がおずおずと問いかけた。その表情は半分驚愕、半分恐怖と言ったところか。気持ちは分かる。と、シアンも心の中で頷いた。

 漸く口に含んだものが無くなったらしいソラが真顔で返す。さながら戦線に出る戦士のような、なんとも頼りになる気迫を感じた。


「勿論だ。出されたもんは全部食う。オレを前にして食い物を捨てるなんて言いやがったら、オレはそいつを殺しかねない」


 彼にしては随分と物騒な物言いに、葉含め双子以外は気圧された。

 ソラはシアンの知る誰よりも大食いで、何よりも「食べられるものを捨てる」という行為を嫌っていた。それは彼を育てた二人の母親の教えであり、彼がその身をもって弱肉強食を学んだ故でもあった。

 その後暫く、次々と運ばれる料理を全て残さず食べるソラ。大食い選手も真っ青な食いっぷりだった。

 料理が運ばれるのが止み、数分後。パンッと乾いた音が響いた。気づけば積み上がったまっさらの食器の前でソラが手を合わせている。


「ご馳走様でした」

 

 ソラと召喚霊(調理人)の攻防戦は見事ソラの勝利に終わった。片端から、一粒も一欠片も残さず綺麗さっぱり食べきって見せたのだ。その様子を驚く者、呆れる者、称える者、反応は様々だったが当の本人は――


「いやあ〜ひっさびさに食い切ったって感じするわ!」


 とにかく満足そうだった。稀に見る満面の笑みである。


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