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氷炎護リ人  作者: 有麻環
二章 フォレイグン屋敷編
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2章 3 伊猟少年

 天光に照らされた草原の淵、漸くレンガ造りの邸宅がその輪郭を現した。壁の一部は蔦に覆れ、時代を感じるものの、それが不思議と趣深いものとなっている。建物の蔦や裏に鬱蒼と広がる森が不気味さを助長し幽霊屋敷のようだ。しかし、門の奥で顔を上げる、整然とした色とりどりの花が不気味さをうち消していた。

 

「着いた。ここがフォレイグン辺境伯の屋敷、リザイアとシャナももう戻ってるはずだ」


 先頭を歩くシアンが立ち止まり、門の鐘を鳴らす。形式化された機械的な音ではなく、ガランガランと体の芯まで響くような重い音だった。

 暫くして戸が開くと、軽快な足音と少し大きすぎるくらいの元気な声が近づいてきた。


「あ!三馬鹿さーん!お久しぶりっス」

 

「あはは蓮夜〜、誰が三馬鹿だてめー」

 

「わはは、さーせんっした!」

 

 現れたのは短い黒髪を三つ編みにした少年、蓮夜。太陽のような明るさを感じさせる笑顔だった。彼は重い門を開けながらシアンたちを見て満面の笑みで『三馬鹿』と宣った。

 『三馬鹿』とはライア、シアン、ソラの護リ人三人組を同時に指す時によく使われる。「一体誰が言い始めやがった」とか、「もっとほかにいい呼び方あっただろ」とか、当の三人にも思うことはある。それでもこの程度の戯れで収めているのは、各々思いあたる節がありすぎて反論できないためである。

 ライアに頬を掴まれながらも笑顔で謝罪する蓮夜。全くもって謝意がない。しかし、ライアも満足したようで既にその手を離していた。


「クロウドじいちゃんならリュウガくんと中にいるっス。俺お茶用意してきまーす!」


 頬をさすりながら、「中で待ってるっス」と走り去っていった蓮夜。案内もせずにさっさと行ってしまった。勝手に進んでいいのだろうかと戸惑う葉。その肩に手を乗せ、「あれが通常運転だ」とソラがフォローを入れた。

 

 汚れ一つ見当たらないほど磨かれた石畳。両サイドには色彩豊かな花々が芸術品のように並んでいる。入口近くは文目(アヤメ)などの紫から始まり、続いて百合水仙(アルストロメリア)のピンク…………とだんだん色が変わっていく並びだ。ちょうど季節なのだろう、最も目立つ花壇には目が覚めるほど鮮やかな薔薇が咲き誇っていた。現在、この国(バルフィレム)では春にあたる。日本のように四季がはっきりしている訳では無いが、強いて当てはめるなら五月の気候に近かった。


「相変わらず几帳面でこだわりが強いな、クロウドは…………ん?」


 この屋敷の主人はいつ来てもその季節にあった花を植える。特に迷イ人の持つ異界の植物を好んでいた。フォレイグン屋敷はこんな辺境でさえなければもっと多くの人に鑑賞されていただろうに。本人も残念がっていたことだ。


「珍しい。ウェヌリス咲いてら。毒あるから気をつけろよ」

 

「ウェ…………なんて?」

 

「ウェヌリス。毒っつぅか、正確に言えば魔力を多く蓄えてるんだ。食うと異常な魔力異常を起こして死ぬ。そうだな……簡単に言えば、輸血が合わないとショック起こすだろ?あれの魔力版」


 ウェヌリスについての説明をしたシアン。それを聞いた葉は「こんなに小さな花なのに……こわ」と思わず身震いした。

 「にしても……」とシアンが手を顎に当てる。


「あの几帳面ジジイにしては珍しい。エインスカイ産の植物混ざってんの気づいてないのかな…………食べるなよ?」

 

「食べないよ?!」

 

「あ、ごめん、葉姉じゃなくて…………」


 勿論シアンは、葉がそこらの草を食べるなんて思ってはいない。しかし、その後ろを歩く男には前科があるので釘を刺したのだ。当の本人、全く聞いていなかったが。

 シアンはあらぬ方向に進もうとするライアを引っ掴み、花の道を進む。雑談を交わす葉は故郷の花々をそわそわと眺めながら、二人に付いて来ていた。

 

 蓮夜によって開けっ放しの戸をくぐると、屋敷の中も外に負けず劣らずの華やかさだった。花壇とはまた違う花があちらこちらに活けられており、家主の趣味が伺える。

 シアン一行が入るとまるで自分の家のようにのようにシャナが出迎えに来た。彼女は未だ眠そうな顔をこてん、と傾げながら口を開いた。


「お疲れ様、飴食べる?」


 その腕には十中八九飴であろう袋が抱えられている。そして、どこぞのおばさん(強者)達の如く飴を勧めてきた。飴を持っているのはいい、問題はその味だ。既に見えるパッケージが飴のものとは思えない絵柄をしている。この一ヶ月弱で何度もシャナのとんでもフレーバーの餌食になったであろう葉は少し冷や汗をかいていた。

 

「え、遠慮しとく……またとんでもない味出てきそうだし」

 

「大丈夫。今持ってるのは割かしハズレのない味、心配ご無用」


 何も心配することは無い、と自信満々に袋を漁るシャナ。意気揚々と差し出した飴のパッケージには、歪んだ白い丸の中に黄色の丸。「やみつき醤油味」、「濃厚ソース味」、「甘めのケチャップ味」と、誰が何を食べたら思いつくのかといったラインナップ。――目玉焼き味だった。

 そんなことだろうと分かってはいたが、想像がつかない味に葉もシアンも絶句した。他二人に関してはもはや聞いていない。

 なにかおかしなこと言ったかしら、とでも言いたげのシャナ。その背後から沈黙を破るように呆れた声が響く。

 

「目玉焼きって、もう名前からして安心出来ねえよ。お前の割かしハズレのないは信用ならねえ」

 

「うぇ〜、ダンピール……」

 

「チッ…………カケルのやつ、なにも三人揃って寄越すことは無いだろ。しかも本人いないし」


 舌打ちと共にゆらりと現れたのは暗い銀髪に赤眼の青年。何徹目か、メガネの下に濃い隈が見える。真っ先に反応したのはライアだ。ライアはシアン含めて合わない人間が多いが、この青年は特に合わないで有名だった。つまりは犬猿の仲、水と油。

 青年の隣には支えられるように杖を着く上品な老人。シアンはその声によって正気に戻った。


「ようこそおいでくださいましたよ、御三方」

 

 家主直々の出迎えである。色の薄くなった髪を緩く結い、ブラウスをピッチリと着た御老人。クロウド=フォレイグンその人だ。

 思わず隣にいた葉の背筋が伸びた。見た目は確かに柔らかなお爺さんだが、その佇まいからシアンやスザクに近い圧を感じたらしい。


「………………」

 

 青年といがみ合っていたライアがふとクロウドとそれを支えるリュウガを一瞥した。彼女にしてはあまり見ることの無い真顔だった。しかし一瞬、ほんの僅かに何かを考えたあと、いつもの読めない笑みを浮かべた。

 

「はいはーい。お元気そうでなによりだぜ、クロウド。あと一応そっちのダンピールも」

 

「黙れ歩く炎災(フレイムギフト)

 

「喧嘩するなよ」


 一言発する度に一触即発、余計なことを述べるライアをソラが諌めた。その光景を穏やかに、慈しむように眺めるクロウド。彼は暫くして葉に向き合い、礼をした。

 

「そちらが新しい迷イ人の方かな?どうも初めまして、クロウド=フォレイグンと申しますよ。しがないただの爺ですのであまりに緊張なさらずに。そして、こちらがリュウガ。彼はその……」


 クロウドが気まずそうに青年、リュウガを見た。視線に気づいたリュウガが気にするなと言うように手を振った。

 

「いいよ爺さん自分で言う。オレは吸血鬼と人の混血なんだ、だからダンピール。ここに来るまでに天使、見ただろ?ああいう神の眷属について研究してる。一応医療もかじってるから簡単な怪我ならどうにかしてやるよ」


 この世界(エインスカイ)において、吸血鬼とはある種神の眷属の一つだ。彼は自身のルーツを明かすためにも眷属に関する生態研究を進めているのだとか。


「さあ皆様方、こんな所で立ち話は疲れてしまうでしょう。どうぞこちらへ」


 クロウドに着いていくと、良く日の当たる明るい客間に通された。この部屋にも置ける場所には必ずと言っていいほど花が置いてある。植物好きもここまで来ると異常だ、と眺めるシアン。その隣では「鼻が効かねぇ」と苦い顔をするソラがいた。元々人より嗅覚に優れるソラには、花の香りが強すぎるらしい。難儀なことだ。

 未だいがみ合うリュウガとライアを尻目に、葉が気まずそうにシアンに話しかけた。リュウガの自己紹介あとからずっと気になっていたそうだ。

 

「ねぇ、ダンピールって…………なんだっけ」

 

「人と吸血鬼の混血で、一説によれば吸血鬼を殺す不死殺しと言われてるやつだ。どっかの世界の伝承を聞きかじったライアがそう言ってるだけだから、エインスカイでどうかは知らん。そもそも吸血鬼自体、昔に死んだ神の眷属の一つだしな」

 

「吸血鬼なのに神の眷属なの……?」

 

「吸血鬼っつぅか鬼な。ま、この話は興味があるなら後でちゃんとしてやるさ」


「神云々に関してはなかなか長い話になっちまうから」とシアン。葉は「鬼」という言葉に何かが引っかかるようだが、それもすぐにかき消された。

 

「お待たせしました!じいちゃん特性ブレンドのハーブティーっス。ハーブ苦手なら緑茶もあるんで言ってくださいね」

 

「ちょっと待ってくださいまし!そんなに派手に動いてお茶がこぼれたらどうしますの」


 ダンッと、壊れるのではないかと思うほどの勢いで戸が開いた。茶を入れてくると言ったきり姿を消した蓮夜が戻ってきたのだ。その隣には文句を言いがら茶菓子を持ったリザイアもいる。外の花壇のような色とりどりの菓子にシアンの目が輝いた。

 それぞれの前にカップを置いていく蓮夜。先の言葉の通り、あらかじめ用意されていた湯呑みはシアン、ソラ、自身の場所に置かれた。そして、クロウドの顔を見て首を傾げた。


「あれ、じいちゃんもうこっち来てたんスね。てっきりまだ下にいたのかと…………」

 

「はは、ちょっと忘れ物を取りに行っていただけだ。さあ、二人もお座りなさいよ」


 大人しく席に着いた蓮夜とリザイア。シアンは隣に座った蓮夜に向かって「そういえば自己紹介してないのお前だけだ」と言った。その手には既に菓子をいくつか持っていた。

 

「あ、そっか!初めまして葉さん、シャナとリザから話は聞いてるっス!どうも、多分同じじゃないけど日本出身、伊猟蓮夜っス。葉さんは漢字分かりますよね?伊豆の伊に狩猟の猟でイカリ。まあここじゃ漢字使わないんでたまに忘れることあるんスけど、わはは!!」

 

「ど、どうも……」

 

「相変わらず元気だなぁ」

 

 怒涛の勢いで己を語った蓮夜に、葉はたじろいでいた。なんだかんだ、葉がエインスカイに来て初めて会う日本人だった。言いたいことは言った……と、満足気に茶を飲む蓮夜。相変わらず坂を転がる球のように止まらない男だと、シアンは眉を下げた。

 自己紹介も終わったことだから、そろそろ話を本題に移そう。と、双子とソラが目を合わせる。


「それで?クロウド、何があった」


 湯呑みをゆっくりと置き、見定めるようにクロウドに問いかける。先陣を切ったのはシアンだった。


「スザっくんから聞いたぜ〜?至急戦力が欲しいんだって?来て見た感じそんな剣呑な感じじゃねーけどな。お前ほどのやつがビビる話か?」


 ライアがそれに続く。最も、彼女の場合はあえて煽るような言い方だったが。

 対してクロウドは聞こえていないのかと疑うほど反応示さなかった。

 双子とクロウドの間にピリついた空気が走る。

 場の空気が少しだけ重くなった、その時――


「なんかあったんスか?」


 何も考えていないような蓮夜の声が、場の緊張に水を差すように響いた。


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