2章 2 クネクネ
ガタガタと揺れる車内。この世界、エインスカイにも車があるのかと葉が驚いたのはつい先程のこと。ソラが言うには、車ガチ勢の迷イ人ととある機械オタクが結託して作り上げたのだという。勿論動力はガソリンではなく魔力であるし、外観も馬車とオープンカーのハイブリットのようななんとも奇妙な形をしている。
「葉姉あの白いヤツ見える?あれが天使!一人で来ると襲ってくるから気をつけろ〜?」
「え…………どれ」
「ほらあそこ、頭もげたてるてる坊主みたいなのいるだろ?アレ」
身を乗り出して遠くを指さすライア。言われてみてばはるか遠く、胡麻のようなサイズの白点が見える。天使のことはリザイアにも教わった。簡単に言えば人を襲う化け物だそうだ。天使などという神聖な名称は外見からつけられただけのラベルらしい。
「あぁ〜、あれかぁ。クネクネみたい」
白点は漸く一つ認識したと思えば、ポツポツと他にもあることに気がついた。さながら夕方の一番星だ。この時、葉はふと元の世界の伝説を思い出した。ぽそりと口からこぼれたその単語をライアは聞き逃さなかった。
「クネクネって?」
「おいバカやめろ、その話は聞かない方がいい気がする!」
向かいの席で寝転がっていたシアンが飛び起き、叫ぶ。その顔は初日に寝不足で倒れた時よりも青い。
「え?別に聞いたら呪われるというのじゃないはずだけど……。クネクネって都市伝説?とかのはず。田んぼとかの遠くに白い人みたいな何かがいて、それをはっきり視認すると発狂するってやつ。自分がクネクネになるパターンもあるみたい…………あたしも良くは知らないの」
「ああぁああああ!だからやめろって言ったのにぃ!」
見たらダメなわけで、聞いたらダメと言う訳ではないと安心させようとしたがそういう理由では無いらしい。頭を抱え、それこそ発狂したかのようにシアンは頭を振り出した。ただでさえ揺れる車内がさらに揺れた。
「シアンはどうしたの」
「この人ホラーとか怪談とか大っ嫌いなんだよ」
「なんか意外……そうとは知らずにごめんね」
「二度と私の前で怖い話すんな、頼むから!!」
ブルブルと震えるシアンに、葉は思わずライアへ視線を向けた。どうやらシアンは怖い話が苦手らしい。なんというか、とても意外だった。この世界に来て一番最初に葉を助けた存在。威風堂々を体現する剣士に怖いものなど無いと、心のどこかで思っていた。いや、まぁ、弱点があったからと言って引くわけではないのだが。
珍しくライアが「どうどう」とシアンの背を撫でる。葉が知る限りでも、普段ならば率先して冷やかしに行くであろうライアが。知らないとはいえ悪い事をしたと葉は反省した。シアンの前でこの手の話はやめておこう。
あまりに声が大きすぎたのか、運転席にいたソラがこちらを一瞥した。
「お前らあんまり騒ぐなよ、気が散る。特に双子、叩き落とすぞ」
「「さーせん」」
「ご、ごめんなさい」
こちらは今までになく苛立った様子、鋭い眼光に葉は少し萎縮した。それを見たライアが小声で話しかける。
「あいつ、車嫌いなんだよ、走った方が良いとか言って。今回は急ぎだし、私もシアンもまともに運転できないから仕方なーく引き受けてんだ」
聞けばライアは運転こそできるものの、方向音痴故に目的地にたどり着かないので候補から外れ、シアンは目的地にはたどり着けるものの機械をほぼ触っただけで壊す機械音痴だそうだ。そのため消去法でソラが運転することになっているのだとか。そのうち自分も運転できるようにしたほうがいいのだろうか、と悩む葉。最も、元の世界でもまだ高校生だったため免許は持っていなかったが。
「にしても…………あはは!やっぱり日本は湿気強いな〜」
「まあ、たしかにほかの国よりは湿度高いけど」
「あぁいや、気候の話じゃなくてー、末代まで祟り殺すとか自分の手を汚さずにじわじわ追い詰めるような感じ。エインスカイはどこの国も全体的に『殴って解決!』だから。シアン見てみ、その筆頭だよこの人」
シアンをなだめ終わったライアが先程よりは小さい声で話し出す。前から思っていたのだが、この人達は日本のことをどこまで知っているのだろう。まだ葉は会ったことがないが、元日本人は何人かいると言う。彼らに聞いたのだろうか。
「ついでに気候の話をすると、この辺は割と日本に近いからそこまで大変では無いだろうぜ。ただ雨季が来ると王都の水路が溢れかえるから気をつけろよ」
「やめろって言ってんのに必ず見に行くヤツいるからなー。そんで流されるんだ」
「わぁ、日本といっしょ……。肝に銘じておくよ」
漸く落ち着いたらしいシアンが未だ少し青い顔を上げた。王都にはいくつもの水路が通っている。葉の記憶が合っていればイタリアの水の都、ヴィネツィアに近い作りだったはずだ。そして、大雨で増水した川を見に行く輩がいるのはどこの世界でも同じらしい。
それはそれとして――――
「さっきから気になってたんだけどっ…………、この道ガタガタすぎない?車があるのはびっくりしたけど、そのまま草原突っ切るのはさらにびっくりだよ。そしてよくシアンは寝てられるね」
会話を続けていると車内の揺れが酷くなっていることに気づく。ライア達は平然としているが、よく考えてみればここは車道ではなく草原だ。普通なら車を走らせる場所じゃない。
他の国がどうかは知らないが、バルフィレムではまだ車は普及しておらず、道もほとんど整備されていない。今の車も軍の試験用で、言わばテスト走行中らしい。
先程までクネクネの恐怖で震えていたシアンは再び座席に寝転がり目を閉じている。体勢を変えずに葉の問いに口を開いた。
「天使を見ないようにしてんだよ。見ると喧嘩売りたくなる、つぅかすぐさま殺したくなる」
物騒な言葉が出てきた。葉の隣にいたライアが補足をするように口を挟む。
「この人根っからの神嫌いで、天使もそのついでに嫌いなんだと」
「そりゃあ天使だもんね、神の使いだし」
「あーいや、あの天使は違うぞ。エインスカイにいた神の眷属だ。神自身は既に死んでるけど、眷属はああやって生きてる。あれを生きてると言うかは別として」
顔も頭もない、対話不可能、勝手に増殖し、空を飛ぶ。これを生きていると定義してもいいのかは確かに微妙なところだ。クラゲじゃあるまいし。つくづく異世界なんだな……と思い知らされる葉。元の世界にそんな変な生物はいなかった。
「あいつらは人を襲う。だからこの草原は一般人じゃ通れないんだよ」
「間違いなくここを突っ切った方が早いんだけどな。オレらは倒せるし、今急いでるからここを通ってる。我慢してね」
シアンの言葉に前を向いたままのソラが付け足した。普通の業者や旅行者は遠回りをしてでもこの草原を避けるそうだ。しかしここを突っ切ることが最短なのもまた事実。今回はフォレイグン辺境伯からの緊急要請故に多少車に無理をして飛ばしているのだという。
「ちなみに!奴らの弱点はあの天輪、頭の輪っか!心臓みたいなもんだからもし襲われたらあれを壊せ。大丈夫、そんなに固くないから思い切り割ればいけるいける」
最後にライアも補足を入れた。倒す術があるとしても奴らは数で攻めてくるらしいので、葉は絶対に一人でここには来ないと心に決めた。
そんな会話の後、不意にソラが「おい」と後部座席に声をかける。
「見えてきたぞ、フォレイグン屋敷だ。シアン起きて降りる支度しとけ」
「起きてる起きてる」
長いような短いような車の旅はその声によって終わりを迎えた。先に見えるは件の現場。漸く、葉達はフォレイグン屋敷に着いたようだった。




