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氷炎護リ人  作者: 有麻環
一章
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1章 1 大丈夫じゃない人たち

「さて、こっから先は二択だ。 この世界に残るか――帰るか。選ぶのは自分だぜ」



「お客さん、お客さん!起きてください、着きましたよ」


 既に着港してしばらく経つ船の中、潮の匂いと太陽の熱を感じながら飛び起きた。


「あ?あぁ…………悪ぃ、寝てた!…………着いてたのか」

 

「ええ、お客さん以外は皆様降りられましたよ」


 目の前にはにこにこと営業スマイルを浮かべる船員。シアンは「早くお前も降りろ」と言わんばかりの彼に、申し訳なさと苦笑いを浮かべ、急いで荷物を確認した。

 最中、船員の言葉に引っかかり辺りを見回す。シアンの周りには呼び起こしに来た船員以外、乗客も、その荷物も見当たらない。


「なぁ、もう一人いなかったか?私と……ほぼ同じような顔したやつが」

 

「いいえ?先ほども申しましたが皆様既に陸へと上がっております。貴女以外は」

 

「嘘だろあいつ、置いていきやがった……」


 ()()()()()()()()の女。自身にとっての双子の片割れ。

 彼女は夢に落ちた自分を置いてさっさと船を降りてしまったらしい。

 

 別に置いていったのはまだ許せる。同じ立場ならシアンも相手を置いていっただろう。

 問題なのは、その片割れがこれ以上ないほどの方向音痴だということ。生まれてこの方、一度たりとも一人で家に帰れた試しがない。

 

 無意識に頬が引き攣った。

 何故人探しの仕事に来て、自身の連れまで探さねばならないのか。

 ――と行方知れずな片割れへの愚痴を考えながらもシアンは船員に向き直る。


「起こしてくれてありがとな、船員の兄ちゃん。世話になった」

 

「いいえ、またのご利用お待ちしております」


 最後まで笑顔の浮かべる船員に手を振りながら船を降り、およそ一日ぶりに地に足をつけた。

 固まった体に電源を入れるようにぐっと伸びをする。


 此度の仕事は人探し。何故か同じく探す側であった片割れも探すことになったが、それはそれ。

 複雑な心情を切り替えようと、思い切り頬を叩く。


「さて、先に迷イ人を探すか。あいつは放っておいてもどうせ死なねぇし!」


 軽快で、かつ非情な宣言が昼の港に響き渡った。


☆。.:*


 太陽が真上を通り過ぎた頃。

 一人の少女が街の往来で立ち尽くしていた。


(あたし……さっきトラックにぶつからなかった?…………生きてる?いや、死んでる?ここってもしかしてあの世的な?あ〜、想像してたのとなんか違う……)


 風希(かざき)葉。世界の外側から来た日本人。ここでは立派な異世界人である。

 

 高校三年の受験期の夏真っ盛り。

 学校開催夏期講習の下校途中だったことは覚えている。

 日差しは人間を射殺しに来るわ、敷き詰められたコンクリが助長させるわで、熱中症まっしぐらな都会を歩いていたはずだ。


(確か……ボケっと歩いてたら、なんか……誰かに押されて?赤信号の横断歩道に突っ込んでって……バランス崩して?…………トラックに……)


 あまりにあっけない人生。

 人に突き飛ばされて事故るとか嫌すぎでは?などと自身の末路を他人事のように考えていると、不意に肩を叩かれた。


「お嬢さん大丈夫?」


 そこにいたのは自身と同じくらいの歳であろう少女。

 年齢にそぐわぬ見事な白髪に気の強そうな青眼。

 その立ち姿は同年代の女子と言うよりも、屈強な戦士のような隙の無さがあった。ただし、目元には恐ろしいまでに濃い隈が現れている。


「だ、大丈夫です」


 大丈夫かと聞かれたら反射で大丈夫と答える、日本人の悪い癖である。勿論、現状全く大丈夫では無い。

 「絶対大丈夫じゃないだろ」と呟く少女。その通り。

 葉は慌てて訂正した。


「や、やっぱり大丈夫じゃないかも……。ただそれよりも……その……」

 

「………………?」


 口ごもる葉に少女が首を傾げる。葉はしばし考えた後、恐る恐る口を開いた。


「いや、確かにあたしも大丈夫じゃないんだけど……貴女の方が大丈夫って聞きたい。隈やばぁ」


 一体何日不眠不休でいればこうなるのだろうか。

 凛々しく光る深海のような瞳の下。そこに堂々と鎮座する隈は、炭でも塗ったかと思うほどに重々しい。

 聞かれた本人は一瞬ぽかんとしたが、なんでもないように手を振った。


「あー大丈夫大丈夫、ちょっとココ最近一週間くらいろくに寝れなかっただけだから。よくあるよくある」

 

「それ大丈夫じゃなくない?」


 ヘラヘラと笑っているが、偶にふらつく辺り少女も大概大丈夫では無い。

 お互い「こいつ大丈夫じゃないな」と思いながら愛想笑いを浮かべていた。

 会話が止まり、微妙な空気が双方の間を流れた。


「あー、それよりも」


 気まずい流れを一刀するように少女が言葉を発す。


「多分だけどな……私はあんたを探してたんだ」

 

「探してる人?あたしが?」


 あの世にたどり着いた自分を探していたのなら、この少女は天の使いか、死神か。

 これから自分はどうなるのだろう、閻魔様の元にでも連れていかれるのか?そもそも日本って死神なんだっけ?

 ――などと考え始めた葉。

 そんな混乱も露知らず、少女が話を続ける。


「そ。単刀直入に言うけど、あんたこの世界の人間じゃねぇだろ?例えばそうだな……あの辺の看板の文字とか見覚えないんじゃないか?」


 そう言われて少女の指した看板を見る葉。しかしそこに書かれているのは平仮名、カタカナ、漢字、アルファベット、読めるわけではないがアラビア系の文字でもない。葉が知るどの文字でもなかった。


「ほんとだ、読めない……あの世って言語系違うんだ」

 

「は?あの世?何言ってんだ」

 

「え?あたし死んだんじゃないの?」

 

「ん?生きてるだろ?」


 葉がポロッとこぼした言葉から互いの認識の齟齬が顕在化した。

 少女は僅かに考える素振りをし、「あぁ」と手を打った。


「……なんか勘違いしてるな。偶にいるんだ、死ぬ直前に飛ばされるやつが。端的に言うがあんたは生きてる。多分元の世界で死ぬ直前にこの世界に飛ばされた――――異世界人ってやつだな」

 

「いせかい」


 死後の世界ではなく異世界。

 事実は小説よりもなんとやら、これはまるで小説そのものじゃないか。異世界とか言われるのであれば、あの世と言われた方がまだ信じられるというものだ。

 夢でも見てるのか。そうか夢だ、と空を見上げるものの、察知した少女に「夢じゃねぇよ」と否定された。


「詳しいことは後で説明する。とりあえずどっかの店に入らないか?こんな大通りのど真ん中じゃなくてさ」


 と、フラフラ歩き出した少女。寝不足の影響が如実に出ている。

 葉は一瞬戸惑うように周囲を見回したが、他に行く宛てもないので、そろそろと少女の後を追いかけた。

 

 本来であれば同年代の女といえど名前も知らない者にはついて行くことはないのだが、今回は話が別だった。右も左も頼りになる物も、者もない。

 確認したところスマホも圏外であるために、この少女について行く以外どうしていいか分からないのだ。


「あ、そうだ……自己紹介してなかったな。私はシアン=ディアスタシア、あんたらみたいな異世界人は輩に狙われやすいからな。その保護、送還諸々をしてる。私から離れるなよ」

 

 先導していた少女が不意にこちらを向き、そう名乗った。

 シアン=ディアスタシア。聞き馴染みのない響きの名前に、ここが元いた世界、少なくとも日本では無いことを実感してしまう。

 なにか重要なことを言った気もしたが、異世界云々の話を未だ飲み込めていない葉は適当に相槌を打った。


「本当はもう一人いるんだけど、あの方向音痴はぐれやがったから。ちょっと探すの付き合ってもらうぜ」

 

「あ、はい。それは問題ないんですけれど……」


 ふと、葉の背後に人が立つ気配がした。

 しかし、きっとただの通りすがりだろうと、気にすることなく先を進む……否、進もうとした。


「……んむっ?!」


 突然、気がつくと何者かに背後から口元を抑えられていた。

 口を覆うのは当たるのは薄い布のようなもの。そして首元にひんやりとした感覚。

 直ぐにわかった――唐突に、命の危機であると。


「ちょっと止まって貰おうかお嬢ちゃん。オレたちに着いてきてもらうぜ」


 自身を拘束している男が嘲るような声を発す。気づくと葉とシアンの周りには何人もの男が武器を持って集まっていた。


「そこの白髪の女!!お前もだ、手を挙げてそこに跪け。さもなければこの迷イ人の女がどうなるか……わかるな?」


 周りの男達はニタニタとシアンに近づいていく。

 方や丸腰の少女、方や物騒な武器を携えた男たち。どちらが有利かなど一目瞭然に見える。

 顔を青くする葉を他所に、当の本人は呆れたようなため息をついていた。


「あぁクソ……顔が割れてねぇってのも面倒だな」

 

「なにブツブツ言ってやがる!大人しくしろって言ってるのが分からねぇのか!!たかが女ひとりでどうにかなるとでも思ってるって?!」


 平然とした態度のシアン。男達が苛立つ様に武器を鳴らす。

 葉を捉えた男も例外ではないようで、怒鳴るように声を張上げた。空気がビリビリと威圧的に揺れる。

 それでも、男達の中心にいるシアンは余裕の態度――


「あぁ?!女だからなんだ、舐めてんじゃねぇぞ!つぅか高々そんな人数、そんな武装で私を倒せると思われてるあたりくっっっそ腹立つ!!」


 ――ではなかった。

 何かが気に入らなかったらしいシアン。瞳孔をかっぴらいて男に負けないレベルの怒鳴り声をあげた。


「――特に、そこのお前!」

 

「えっオレ……?」

 

 同時に、自身を囲う男のうち一際下卑た嫌な笑みを浮かべていた一人へ瞬時に近づき、思いっきり顔面を殴り飛ばす。

 突然の特攻に怯む手下共。彼らもなんとか己が武器を持ち、向かってきた。

 ナイフを持った男が。鉄パイプを持った男が。前後から同時に襲いかかる。


「チッ……クソ野郎共が鬱陶しい!!」

 

 しかしシアンはそれを目で追うこともせず、ナイフを持つ手とパイプを掴み、引き寄せた。男たちはお互いにぶつかって撃沈。一瞬の間に三人、地に伏した。


「お、お前ら、たかが女一人に何をしている!早いとこ連れていかねぇとボスにしばかれるのはオレたちだぞ!!」

 

 葉の後ろにいる男も焦り始めたのか、首に当たる刃物が震えているのを感じる。正直気が気でないのでやめて欲しい。


「いった……!」


 慌てた様子の男が葉を突き飛ばし、シアンに突っ込んでいく。

 葉も急いで立ち上がろうとするが、完全に腰が抜けていることに気づいてしまった。


(どうしよう、多分今すぐ逃げないといけないけど、シアンさんが!)


 戦鬼のような乱闘を繰り広げているが、シアンは先程までフラフラと覚束無い足取りをしていた。その様子を見ていた葉は心配で仕方がない。

 冷や汗の止まらないまま前を見ると、ちょうどそのタイミングでシアンの動きがピタリと止まった。

 

 何事だと首を傾げる葉を含めた周囲の者。

 葉が目を凝らすと、真っ青な顔のシアンが静かに目を閉ざす。

 そしてそのまま、ボソッと呟いた。


 

「………………もう無理……起きてらんない」


 ――と。


 シアンは信じられないセリフを残し、糸が切れたように崩れ落ちた。


「…………シアン……さん?」


 静まり返る街。

 耳をすますと聞こえてくる呼吸音。

 

 ――完全に、寝落ちたらしい。

 

「え……何…………寝た?」

「こ、好都合だ!今のうちに拘束しろ!!」

 

 唖然としていた男達が正気を取り戻し、急いでシアンを縛り上げる。

 「暴れたら手が付けられない」、「しっかり縛れ」、「次起きたら今度こそやばい」――などと猛獣相手のような対応をしている。


(あれ……これは、あたしもまずいんじゃ……)

 

 次第に葉の危機感も戻り、シアンが倒れた以上自分が攫われるのは決まったようなものだと気づいてしまった。


「あっははは!シアンのやつ寝落ちてやがるよ。これは面白くなってきたな〜?」


 不意に聞こえた緊張感のない笑い声。葉は反射的にその方を見ようとした。しかし声の主を見つける前に、ガクッと力が抜け……意識が離れていくのを感じた。


「いやー、すまんねお嬢さん。ちょっと悪いんだけどあんたも寝てて?」


 この言葉を最後に、葉の意識は黒く塗りつぶされた。

 

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