第2章 闇オークション(1)
ドリュウルが苦しそうに身じろぎする。
目元だけが開いたアンティーク調の豪華なマスクの中から、苦しそうな呻き声が漏れる。ホワイトのマスクの目元に装飾されている金色のストーンがキラリと煌めいた。マスクをつけているのはドリュウルだけじゃない。
ここにいる仮面をつけている者たちは、闇オークションの客なんだ。
会場の人混みにもみくちゃにされながら、キヒュームは胸の中で独り言ちる。キヒューム自身もまた豪華絢爛なマスクをつけていた。
——客に見えるように、自然に。
隣にいる小さな獣人が会場に入る前に耳打ちした言葉を、何度も脳内で繰り返す。
キヒュームたちは無事、闇オークションの会場に紛れ込むことができた。会場に入るのは思った以上に簡単だった。顔全体を隠す豪華なマスクをつけ、廃墟と化した洋館の庭に集まっていた人だかりに潜り込むだけでよかったのだ。集まりを見つけるのは苦もなかった。ラクビースが事前に仕入れてくれた情報の通り、皆が一様にオシャレで不気味なマスクをつけていたからだ。
廃墟を担当している警備隊員たちは、廃墟の入り口に群がるマスクの集団を見ても、無反応だった。むしろ、余裕綽綽と大欠伸なんてしている。時折、マスク集団の中にお酒を飲んでる人を見つけては、年齢確認のために身分証を提示させたりする以外は、特に何もせずに、ただぼーっと突っ立っているだけだ。皆、平和ボケしているのだ。それに、これほどまでにたくさんの人が集まり、堂々と悪いことをするなんて思ってもいないのだろう。
こんなに都合のいい根城はないでしょ?と、ラクビースは小声で言った。
日が完全に暮れ、洋館の庭が人で埋め尽くされ始めた頃、ボロボロの両開きの玄関扉が開いた。マスクをしたおそらくドラガンシア族の者と、人間族の者が片方ずつ同時に押し開け、「ようこそお越しくださいました!」と胡散臭いが、よく響き通る声で言った。二人とも真っ黒なスーツに身に纏っている。襟元も裾もきちりとしており、身につけているものはすべて上物だと一目で知れた。警備隊員は廃墟から出てきた怪しげな二人を見ても、無反応だった。またバカな学生が変な催し物をしているとしか思っていないのだろう。もっとも、キヒュームも以前、学園側が主催した、全学園生を巻き込んだ大規模な廃墟肝試しに参加したことがあるため、このやる気のない警備隊員たちを咎めることは到底できないのだが。
オークション参加者は、ドアを開けた係の者の指示に従い、ゆったりとした足取りで廃墟の中に入っていく。
廃墟の中は以前肝試しした時と変わらず、玄関ホールと二階に続く吹き抜け階段はところどころ穴が空いていて、柱もドアも目に入るもの全てがボロボロだった。それでも、屋敷は崩れることなく大人数を迎え入れる。
「お集まりの皆様、遠路はるばる、よくお越しいただきました。改めてお礼を申し上げます。今宵は、私共が【仮面肝試し大会】ということで、このお屋敷を貸し切っておりますので、どうぞご安心して、今宵のパーティーをお楽しみくださいまし」
「だから警備員たちはこの集団を見ても何も言わないんだね。便利な施設だな、本当に」
ラクビースが小声でキヒュームに耳打ちする。
「さぁさぁ、皆様、お静かに。これから、メイン会場に案内させていただきます。屋敷扉の方をご覧ください。扉の両側に立っております六人は、私共が雇いました警備員です。途中退場する際は【必ず】彼らに声をかけてから、退出するようよろしくお願いいたします。さぁさぁ、紳士淑女の皆様、私の後についてきてくださるよう、何卒よろしくお願いします」
高価なスーツを着た仮面男が恭しく一礼をし、先頭を歩き始める。会場の皆がそれに続いた。昔は豪華だったであろう階段を登り、二階の廊下を歩く。【廃墟】と呼ばれるだけあって、部屋の隅には黒々とした煤や白っぽい埃が溜まっていた。これから闇のオークションをするというのに、誰も足音を忍ばせてなんていない。それどころか、仮面をつけた者たちは朗らかに会話を交わしている。
「ワタクシ、参加するのは今回が初めてなんですのよ」
キヒュームの真隣を歩くおそらくヒョウのケモタリア族の女性が、さらに隣のハッコオイ族であろう男性に話しかける。
「私はこれで三回目の参加だよ。今回どうしても欲しい品があってね」
「欲しい品? オークション品の内容なんてもの、出てませんわよね? ワタクシが知らないだけで、事前に出ていたのかしら」
「はは、私にはみんなが知らないような伝手があるものでね」
「ふーん。そうなの。それにしても、事前にオークション品の内容が出回ったり、マスクをしているだけで簡単に参加できたり……このオークション、あまりにあまりに無警戒じゃありませんこと?」
ここでドリュウルの耳の鱗がぴくりと動く。
この点に関してはキヒュームも気になっていたことだ。ドリュウルも同じだったのだろう。マスクの下で無表情を装いながら、キヒュームも隣の会話に耳を凝らした。
「あぁ。それですか。オークション前に司会進行役が注意事項として説明すると思いますが、カメラや録音機などの科学品は一切使えないようになっているんですよ。それに、会場に踏み入った瞬間、参加した者が他言できないようになる呪いがかかるとかなんとか……」
「他言できない呪い? そんな呪いが存在すると……?」
「噂だと、クルダマオ族の秘伝の魔法が使われているとかなんとか」
「まあっ!」
クルダマオ族という名前を聞いた瞬間、ケモタリア族の女性が息を呑み、目元が歪んだ。先程までの軽妙さは影を潜め、不快感を露わにしている。その声は、じっとりとした沼地のように粘り気があった。マスクから覗く瞳の中に影が走る。
「クルダマオ族なんて。そんなおぞましい……」
「噂レベルの話ですよ。私はクルダマオ族ではなく、人間族が作った科学品だと踏んでますがね? ……ま、その品に、多少のクルダマオ族の魔力が込められてるかもしれませんが」
「ええ。そうでしょうとも、そうでしょうとも。クルダマオ族がワタクシたち四種族に【直接】、関わるわけがありませんもの。科学品を通してならよくわかりますけれどもね」
「まっ、とにかく、そういうわけで私たちは今日、目にしたものを他人に話すことができないのですよ。だから、悪意のある者が紛れ込んでいようと心配無用。私たちがオークションに参加したという証拠も集められなければ、告発することもできない。ということで、私たちは安全圏にいるわけですな」
ハッコオイ族の男性が、いやらしく下品な笑い声を上げた。仮面のせいで彼の顔はわからないが、とても卑しい笑い顔をしているのだろう。ケモタリア族の女性は彼の言葉に納得したのか、頷いたあと、彼となんでもない普通の雑談を始めてしまった。
突然、目の前の人の足が止まる。人の話を盗み聞きしていたせいで、意識が散漫になっていたキヒュームは、思わずつんのめってしまった。
「おい、気をつけろ!」という怒鳴り声と同時に、
「さぁ、みなさま! 先頭を歩く方々が秘密の入り口に着きましたことをご報告いたします」
というエコーがかかったような恭しい声が屋敷中に響き渡った。そして、その声が続ける。
「今から、身体チェックをしたのち、一人ずつをオークション広間へと続く廊下に通します。そのため、少しお時間をいただきますことをご了承ください」
「身体チェックなんてするのね。ああ、ここから時間がかかるのかしら……」
ヒョウのケモタリア族の女性が諦めたようなため息を吐く。
「いや、すぐさ。さっきも言ったように、科学品を使えないようになっているし、変な呪いもかけられる。だから、身体チェックなんて言ってもかなり簡易的なものなのさ」
ハッコオイ族の男性が威張り散らしたように鼻を鳴らした。




