第1章 冒険の始まり(6)
ラクビースが子供達がヒソヒソ話をするときのように声を落とし、前屈みになる。ふざけているような動きだが、顔はグッと引き締まり、真剣そのものだ。キヒュームもドリュウルも自然とラクビースの動きに合わせて、前屈みになっていた。言葉にはしないけれど、これが他の誰かに聞かれてはいけない重要なことだと、直感で伝わったのだ。
「ランダミグマの街の裏門を出て、まっすぐいったところに、ボロボロの朽ちた廃墟があるでしょ?」
真剣さの中に、悪巧みをしている子供の好奇心のような弾んだものが声音に滲んでいる。
「あそこだよ。あの廃墟こそが彼らの根城なんだ」
「洋館幽霊屋敷が根城?」
ドリュウルの眉が持ち上がった。眉と同時に目つきもより疑わしいものを見る目になる。
「そうか。子供達にはあの廃墟は幽霊屋敷と呼ばれているんだったっけ。そう、その幽霊屋敷こそ、彼らがなりを潜めている根城だ」
どういうことだ?
キヒュームは戸惑う。
洋館幽霊屋敷といえば、学園に通う低学年の者たちの格好の遊び場だった。かくれんぼや、鬼ごっこ、肝試しにほとんど毎日使われている場所だ。そんな場所が根城なんてことがあるのだろうか。
戸惑いが顔に出ていたのか、キヒュームに目を向けラクビースがイタズラっぽく笑った。
「妄言のように聞こえるだろうけど、本当さ」
「だけどあそこには、毎日人が出入りしているし、何より街の警備隊の人たちが絶えず見張ってるはずだ」
キヒュームを見つめたまま、ラクビースはうなずく。
「そう。そこだ。毎日人が出入りしているってことは、人に紛れやすいってことだ。多少、見知らぬ奴らが忍び込んでも、警備隊の人たちはなんとも思わない。そもそも警備隊員は皆、廃墟に配属された時、『当たり』だと思うんだよ。なんでかわかる? ……サボれるからさ。あそこは実質、警備隊の骨休めの場なんだ。誰も真面目に警備なんてしていないんだよ」
「それは、確かにそうだな……。俺がドリュウルと一緒に幽霊屋敷を探検した時も、特に警備隊に引き止められることはなかった」
「でしょ、?」
「それじゃあ、なんで幽霊屋敷を警備してるんだよ。今やどこも人手不足だってのに、その分の人員が無駄じゃないか」
ドリュウルが鼻息を荒くする。ドリュウルは無駄を嫌っていた。食材を無駄にすることも、無駄な寄り道も、目的もなく無駄に時間を費やすことも、戦闘訓練時の味方の無駄な動きも、魔力を無駄に浪費することも……なんでも、無駄が嫌いなのだ。無駄を発見した時には、かなりのストレスがかかるそうだ。
何年も前にドリュウルに小突かれた後頭部が疼く。
キヒュームが銃を扱うことの楽しさに目覚めた時、無駄な殺生をした。四種族に害を与える魔物を仕留めたわけでもなく、食べるためでもなく、ただ自分の快楽のために魔物を撃ち殺した。それにドリュウルは激怒したのだ。今ならば、ドリュウルの怒りももっともだと思えるし、無駄な殺生をする時には彼女にうまく隠して行おうと割り切れるが、当時の幼きキヒュームはそんな短気なドリュウルに腹が立ち、しばらく彼女と会話をしなかったものだ。
ラクビースが微笑んだ。
「まぁまぁ、ドリュウルさん、そんなに怒んないで。世の中には【無駄】だと言われるものが必要な時がある。警備隊員だって常に戦闘体制だったら疲れてしまうでしょ? 警備隊員の士気を常にあげているためには、息を抜ける持ち場っていうのも大事なものなんだよ」
「そういうもんかね」
「そういうもんさ。それにね、彼らが廃墟を守る理由もあるんだ。……あの家は戦後すぐに、警備隊員を結成した大金持ちが所有していた家だったこと、知ってる? 最初は立派だったお屋敷も、持ち主は死に、家を引き継ぐものは誰もおらず、朽ちていってしまった。だけどあの家は警備隊員を結成させた、いわば創設者の家なんだ。その家の警備を止めるという選択肢が警備隊にはなかった。もうあの場には守るものなんて存在していない。けれど、警備隊員は過去と慣習を守り続けているんだよ」
「……バカみたい。結局無駄な行動なんじゃないか」
手入れされた庭には緑が溢れ、豪華絢爛に堂々と立つ洋館と、それを懸命に守護する警備隊の人々。
脳裏にそんな場面が浮かぶ感じがした。
慣習を守る、それは確かに無駄なことなのかもしれない。だけど、過去の美しかった記憶と行動を守りたいと願うのは、決して無駄なことではないような気がした。
「まっ、それを無駄だと思うか思わないかは、個人の価値観ってやつだね。そんなこんなで、あの廃墟は彼らの根城にピッタリというわけだ。それに、あの廃墟には強力な……そして、魔術検査機にも引っかからない強かな隠蔽魔法がかけられてある。二階の奥の奥にある書房の一番後ろ端の本棚が隠し扉になっているんだ。……典型的で笑えるよね。だけど、並大抵のモノじゃ決して破れないような超絶手強い魔法がかけられてるんだよ」
「魔術検査機に引っかからない魔法なんて……そんなの存在するのか?」
片眉を上げて、キヒュームが訊ねる。
「戦後、進化しているのは勝者の四種属だけじゃない。生き残ったクルダマオ属の血縁は脈々と受け継がれ、着実に力を蓄えているのさ」
「そんな……。だけど、そんなことがあり得ていいんだろうか」
「実際にあり得てるから、窃盗が続くっていう今の状況があるんだと思う。彼らは君たちが思うよりも辛抱強く、ずる賢いんだ。学校で習ってるでしょ?」
「アンタはそこまで知ってるのに、どうして国や警備隊に相談しないんだ」
ドリュウルが口を挟む。
「話そうと思ってたよ。その矢先に今回の嘘みたいに最悪な出来事に巻き込まれたんだ。それで、僕は考え直した。それならいっそ、僕が捕まえた方が早くて楽だなってね」
ラクビースが得意げに鼻を鳴らした。
「はっ。ずいぶん楽観主義だこと。今からでも遅くない。さっさと、事実を警備隊に伝えて、全てを警備隊に任せちまいなよ」
ラクビースがかぶりを振る。
「今更無理だよ。僕は窃盗の容疑者なんだよ? それに、よくよく考えてみたら僕みたいなならず者の話を誰が信じるっていうの? 仮に君たちが話したってそうだよ。未成年の言うことを、誰が信じると思う?」
ランダミグマは多様の街。
ランダミグマはどの種族も平等に受け入れる街。
ランダミグマは規範から外れる者に対して偏見を持つ街。
だからこそ住人たちは、模範的であろうとする。人間族らしく、ドラガンシア族らしく、ケモタリア族らしく、ハッコオイ族らしく、振る舞わなくてはいけない。そのように振る舞えなかった者たちは、人々に信頼されないのだ。どの種族にも個性的な者はいるものだ。人間族なのに不器用な者、ドラガンシア族なのに非力な者、ケモタリアなのに可愛いを好む者、ハッコオイ族なのに争いを好む者……。それなのに、この街はそのような異端を許さない。
未成年についてもそうだ。大人は未成年を未熟で物事を理解できず、その上小さなことでも大騒ぎするような輩だと決めつけている。未成年だって、志はたしかにあるし、物事を理解する力だってあるというのに。
この街の現実が目の前に突きつけられるたびに、キヒュームは街への不信感が募ったりする。キヒュームの不信感がどれほど募っても、腹を立てても、何も変わらない。
「それも、そうだな。正直なところ、アタシだってアンタの話は半分本気にしちゃいない。いくら話の筋が通っていても、ほとんど嘘なんだろうよ。クルダマオ族が反乱を企てているなんて大それた話、ブランダミグマ中央部に伝わらないわけがないんだ。それを一介のケモタリア族が知っているなんてバカな話があるかね」
相変わらずドリュウルは嘘が下手だな。
キヒュームは苦笑する。ドリュウルは気性も口調も荒いが、純粋で素直な奴だ。基本、人の話を疑いながら聞いているくせに、簡単に信じてしまう、そんな奴だ。今だって【本気にしていない】と言っている割に、ラクビースの話を馬鹿にせずに、真剣に聞いている。それに、ドリュウルが嘘をつく時、貧乏ゆすりをすることをキヒュームは知っていた。
多分、俺よりもずっと、人を信じるたちなんだろうな。
「とは言っても、乗りかかった船だ。アンタが本気で首謀者を捕まえようってなら、手伝うけどよ」
ドリュウルが目線を少し外して言った。
言いすぎた時に、ドリュウルはいつも申し訳なさそうに視線を外す。
今回の動きもそれそのものだった。
「ドリュウルさん、ありがとう。ここまで聞いてくれた君たちに、今から正式に確認を取りたい」
ラクビースは座り直し、胸の上に手のひらをのせた。可愛らしいブラウスのひらひら襟の形を整える。まるで覚悟を決めたように一呼吸する。
「今から僕たちがやろうとしていることは、君たちが思っているよりも危険なことなんだろうと思う。窃盗団を捕まえることは、すなわち、クルダマオ族の敵陣に乗り込む、ということだ。奇襲作戦とはいえ、相手も応戦してくるだろう。もしかしたら、命懸けになるかもしれない。君たちは不本意に巻き込まれた未成年なんだ。最初、手伝ってもらうとは言ったが、もし君たちが嫌なら」
「手伝うぞ」
「手伝うさ」
キヒュームとドリュウルの声が重なった。
「ドリュウルも言ってただろう? 乗りかかった船だ。それに、俺にはクルダマオ族との間に種族的に因縁があるしね」
ラクビースが一瞬驚いた顔をして、口元がふわっと緩んだ。守ってあげたいという庇護欲が掻き立てられるほど、可愛らしい笑みだった。
「二人とも、ありがとう。君たち二人がいてくれたら、とても心強いよ。……さて、君たちが仲間になってくれたところで、今回の作戦を話させてもらいたい」
ラクビースの眼差しが厳しくなる。
「僕のリスたちが調べられていない場所はただ一つ、金庫の中だ。そこに盗品やらなにやらが隠されていると僕はふんでる。そして、今夜、彼らの根城で大々的に闇オークションが行われるという。肝試しというていで多くの者があの廃墟に向かうだろう。僕らはそこに紛れ込み、皆がオークションに気を取られている隙に、盗みを働いている者たちの証拠を集めるんだ」
「闇オークション?」
「そうだ。それについては後で詳しくせつめいさせてほしい」
「……その作戦に勝率はあるのか?」
「やってみなければ、わからない。でも、闇オークションには必ず盗品が出品される。明日までという短い期間の中で、金庫が開けられる瞬間はそこしかない」
可愛らしい木の部屋全体に、ふっという吐息の音が響く。
それにはラクビースの緊張が入り混じっているような感じがする。
吐息は銃を構えた時に、キヒュームが漏らす吐息とよく似ていた。




