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第1章 冒険の始まり(5)



「でもその団体は警備隊も捕まえることのできない窃盗団……な可能性があるんだよな? よくそんな簡単に根城に潜り込めたな」


「それはコイツらのおかげだな」


 ラクビースは口を窄めてヒュッという音を出すと、キヒュームの人差し指、第一関節くらいの大きさしかないリスが四匹、ぴょんっと机の上に乗った。


「この四匹は突然変異で異様に小さくなったリスなんだ。リスと言っていいのかも怪しいけど、僕が操れるんだから、おそらくリスなんだろうと思う。とにかく、この子たちは奴らの【目】をかい潜ることができたんだよ」


「それは、どうして? いくら小さいって言っても、生き物に反応する生体センサーがあればすぐにバレそうなもんだけど」


「キヒュームくん、いい質問だね! 僕もそう思っていたから、なるべく自然に、野生のリスが間違えて入り込んでしまった……というていになるように細心の注意を払った。だけどね、どうしてだか、コイツらが根城に入り込んでも、なぁんにも起きなかったんだ」


 ラクビースはわざとらしく肩をすくめると、机の上の小リスたちもラクビースと同じ動きをした。


「最初は罠かなんかかと思ったよ。だけど、組織の機密情報が出るわ出るわの大嵐。これは生物センサーが機能してないな、と思ったわけだ」


「そんな上手い話が本当にあるかね。アンタ、その組織?団体?に、騙されてるんじゃないかい? アタシたちが何か仕掛けた途端に殺される、とかたまったもんじゃないからね」


 ドリュウルが鼻を鳴らし、人差し指をラクビースの鼻に向けて詰め寄る。ラクビースはそれに物おじすることなく、話を続けた。


「その可能性はほとんどゼロだと思うよ」


「どうしてそんなことがわかるんだい?」


「なぜなら、奴らは生物センサーなんて使ってなかったからだよ」


「生物センサーを使ってない? そんなこと、ありえないだろ。センサーがなければ根城に入り放題なんだぞ? 革命軍を自称している奴らがセンサーを利用しないわけ……」


「クルダマオ族の結界魔法だよ」


 キヒュームの言葉を遮って、ラクビースが言う。


 それだけで、部屋の空気が変化した。


 ピンっと張り詰め、緊張し、冷ややかになっていく。


 先程までの和やかさがなくなってしまった。たくさんいるリスたちもまた、心なしか緊張感を持っているように見える。


 クルダマオ族はそれほどまでに恐れ、嫌われているのだ。


 ドクンッ。


 心臓が大きく鳴った。


 思わず胸を押さえていた。


 それは薄暗い森の中を歩いた時に、風に吹かれざわざわと葉を鳴らす音に不安感を覚えるような、ちょっとした胸騒ぎに過ぎない。けれど、確かに嫌な予感が過ぎったのだ。


 はみ出しものを集めた革命軍、反乱という名の聖戦、クルダマオ族の魔法、この二つが合わさった時に導き出される答えの先にはおそらく……戦争がある。思い過ごしならいい。そう思うのに、可能性が禍々しく心を揺さぶる。


 キヒュームの心はざわついていた。


「君たちはもう学校で習ったかな? クルダマオ族は【知識の力】を【魔力】に変えている。自分が見たことあるもの、自分が理解しているものを魔力として出力することができるんだ」


 しっかりとした強い口調で、ラクビースが語り始める。言葉が口から出るたびに、その眼の中の光が揺れる。


「彼らは途方もない知識力を誇っている。かつては歩く図書館と言われていたぐらいだ。しかし……」


  「それがアイツらの弱点になる」


 キヒュームが拳を握り、ラクビースの瞳を見つめた。


「そうだ。彼らは、知識がないものは魔法として使えないし、魔法の影響の範囲外になるんだ」


「だからその小さいリスたちはアイツらの結界に引っ掛からなかったっていうのか?」


 キヒュームは興奮気味にラクビースに詰め寄る。ラクビースは体をのけ反らせながら、頷いた。


「その通り。僕としてはこの子達は【リス】だと確信しているんだけど、彼らの基準からしたら、この小さいリスはリスじゃない生き物だったんだろうね。つまり、この子たちに関する知識が、彼らにはなかったんだよ」


「ちょいちょい、待ちな。そんな都合のいい話が本当にあると思ってるのかい? アンタが派遣したリスが新種で、クルダマオ族の結界に引っかからないなんて、上手くでき過ぎてやないかい? 本当に罠じゃないって言い切れるのかね」


「ドリュウルさんがそう言いたくなるのもわかる。だけど、僕は罠じゃないと言い切れるよ」


 テーブルの上に行儀よく座っている極小リスを、ラクビースの小さな小指がそっと撫でる。ついでに暇を持て余している多くのリスたちに部屋から出ていくよう、優しい声音で指示を出した。


「彼らは自分の力を過信している。知らないものなんて何もないと思い込んでるんだ」


「だから、生物センサーを使わないって? はっ。アンタはクルダマオ族がどれほど卑劣な奴らかわかってないね。アイツらは自分が使えるもんならなんでも使うんだよ。物でも生物でも、なんでも、ね」


 ドリュウルが胸糞悪そうに唾を吐き出した。それと同時にリスがどこからともなく現れて、床をささっと拭く。


「そうかもしれない。だけど、こと人間族の道具となれば話は別だ。……君たちも知っての通り、彼らは全種族の中で人間族を一番恨んでいる。戦前、魔力のない人間族を散々馬鹿にしていたのに、人間族の科学兵器でトドメをさされたんだ。そんな自分たちの仇のような存在の道具を誰が使うって言うんだ? 人間族の力を借りるくらいなら、死んだ方がマシだと思っている奴もいるくらいなんだ」


 キヒュームはラクビースを見据え、ゆっくりと頷いた。


「それは確かに……一理ある。俺は人間族だから、人間族とクルダマオ族の因縁については、二人よりも詳しい自信がある。ドラガンシア族もケモタリア族もハッコオイ族もクルダマオ族も、みんな人間族から派生し、進化した種族だ。皆、進化の過程で力と魔力を得た。人間族だけが、さほど進化をせず、魔力も持たずに進化してしまった。その代わり、他の種族に負けない頭脳と手先の器用さを得た。そして、魔力がない代わりに、様々な科学を進化させたんだ」


 キヒュームは自分の知識を確かめるように、一つ一つ丁寧に語った。


 魔力を持たないこと、それは人間族にとって恥であり、誇りなのだ。


 キヒュームは胸を張り上げ、再び語り出す。その語りが、ドリュウルもラクビースも知っている内容だとしても、話さずにはいられなかった。


「魔力と呼ばれる力があふれる世界で、人間族だけが魔力の流れを無視して……いや、無視どころじゃないな。魔力を歪め、科学に利用し、世界のことわりを捻じ曲げて生活していたんだ。魔力の流れを見ることができる他の種族が面白いわけがない。特に人間族の行動に敏感だったのが、クルダマオ族だ。クルダマオ族はどの種族よりも魔力があり、魔力の流れを重要視していたからな」


 人間族には魔力が見えない。だから、魔力の理に反して、無茶なことをしてしまう。戦争で人間族の科学力を見せつけることができた今でこそ、魔力を借りて科学力を増強させることを他の種族は認めてくれているが、未だに人間族の科学力を好まない者たちがいるのも確かだった。


「人間族とクルダマオ族の確執は他の種族とは比べ物にならないくらい深かった。そして、大戦争が起こり、クルダマオ族は人間族の化学兵器に敗北して、忌まわしい人間族に屈することになったんだ。クルダマオ族はそれはもう、恨んでも恨み切れないほど悔しかっただろうな。……だから、俺は、君……ラクビース、が言っていることは筋が通っている、と思う。クルダマオ族は決して、魔力を歪めるような道具を使いたがらないだろう」


 キヒュームの口調は重い。膝の上の拳を握り締め鋭い目でドリュウルとラクビースを交互に見つめる。ラクビースの言っていることを認めるということは、クルダマオ族が反乱を起こそうとしているということを認めるということだ。それに、本当のところ、実は二人が科学力を好んでないのではないか、ということがほんの少しばかり心配だったのだ。


 思考がずるずると深い沼に落ちていってしまうような気がした。


「すまん。最初の話は蛇足だったな。みんなが知っているような話をペラペラと……」


「いや、キヒュームの話のおかげで合点がいったよ。そうだね。罠ってことはほとんどないかもしれないね。アイツらは人間族の作ったものなんか絶対に使わないんだからね」


「ドリュウルさんがわかってくれたみたいでよかったよ。キヒュームくん、僕よりもより丁寧でわかりやすい説明をどうもありがとう」


 二人の表面的な笑顔からは、二人が魔力を歪め、利用している科学力をどう思っているかを汲み取ることができなかった。この二人が科学力に対して批判的でないといいのだけれど。


「それで? 突き止めたっていう奴らの根城はどこなんだよ。ここまでもったいぶって、教えないってのはナシだぞ」


 ドリュウルがきつい視線をラクビースに移した。


「それはね……」




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