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第1章 冒険の始まり(4)



 泥棒リスは商店街から少し歩いたところにある人工林に住むラクビースと名乗った。普段は城下町から出て、きのみや果物を採取して生活しているという。だけど、今日はなんとなく思い立って商店街に寄ったのだそうだ。


「そんな日に限って厄介ごとに巻き込まれるとは。まったく、普段と違うことはするべきじゃないなぁ」


 呟くラクビースは言葉とは裏腹に、どこか楽しんでいるかのような口調だった。この男の子にはどうも胡散臭さを感じる。


 目の前にいるのは、無邪気さを持った少年だった。小柄で、幼なげな顔が特定の女の子たちにウケが良さそうだ。栗色の短い髪に、程よく褐色に色づいた肌、髪の毛にはリスの耳を生やし、お尻にはリスのふわふわっとした尻尾まで生やしている。大きな瞳は緑色で光が当たるとキラキラと輝いて見えた。


 男にも女にも見えるような見目形なのは、多分、ラクビースの格好のせいもあった。緑色の宝石が施されたクラバット付きのしなやかなブラウスに、サスペンダー付きの紺色のショートパンツを履いている。パンツから覗く線の細い脚は屈強さに欠け、女子供の足だと言われても信じてしまいそうなほど華奢だった。


「そんなにジロジロ見ないでくれる? ケモタリア族なんてこの街には腐るほどいるんだし、珍しくもないでしょ」


 ラクビースが不愉快そうに眉を寄せる。それでキヒュームは、自分がずっとラクビースを見つめていたことに気がついた。


「あ、すまん。そんなつもりはなかったんだ」


「じゃあどういうつもりだったの」


「いや、今まで見たケモタリアの中で一番可愛いな、と思って」


「えっ、なにそれ。もしかして、僕のこと口説いてる? 残念だけど、僕の恋愛対象は異性のケモタリア族だからね。君みたいな人間属の男は対象外だから」


「いやいや、違う違う! 学校にいるケモタリア族の子たちとか、道端で会うケモタリア族の人たちは、基本的に強そうな格好してるからさ……。君みたいに可愛らしい格好のケモタリア族も珍しいなって」


 ラクビースが呆れたように肩をすくめた。少し、わざとらしい。


 ドリュウルもラクビースの格好の話に興味があるのか、いつもは鱗で覆われている耳を大きく開けている。


「はぁ……そんなことね。小動物はその小ささから舐められがちだし、大動物は弱々しいモノを嫌う。だから、ケモタリア族のみんなは、自分を強く大きく見せようとかっこいい格好をしたがるんだよ」


 ラクビースはつまらなそうに髪の毛をいじりながら、説明する。


「だから、基本的にケモタリアは可愛らしい格好を好まないの」


「なのに、なんで君はそんな格好をしているんだ?」


「僕は自分に似合う格好が至高だと思ってるからだよ。たとえば、僕が肩にトゲトゲがある真っ黒な服とか着てたら、似合わな過ぎて笑えちゃうでしょ? 僕は自分に完璧に似合う格好がしたいんだ。それに、みんながかっこいい格好をしているからって、僕もみんなに倣う必要はないからね」


「なるほど」


「まぁ、だから『変わり者』とか言われちゃって、こうして変な嫌疑をかけられちゃうことがよくあるんだけど」


 ラクビースが自嘲気味に笑った。ドリュウルも隣で「そりゃそうだろ」と頷いている。


 様々な民族が暮らすブランダミグマは差別も偏見も少ない街だ。ただ、少ないというだけで、差別や偏見が全くないわけではない。人々の中には共通認識として、人間族は器用で、ドラガンシアガ族は大雑把、ケモタリア族はフレンドリーであり、人魚のハッコオイ族は繊細……といったような固定観念があった。


 固定観念からちょっとでも外れた時、人は皆、その人物を訝しむ。


 キヒュームは苦笑いしているラクビースを見ながら、そっと唇を噛んだ。彼はきっと、その固定観念に息苦しさを感じているのだ。


 この街は全種族にとって住みやすい街だけれど、型から外れてしまっている者たちにとっては、生きづらい街なのだろう。


 かわいそうに。彼は、故郷であるフルリンケには帰らないのだろうか?


「ま、そんなこんなで僕はこういった格好をしてるんだ。頭がおかしいとか、変態的な趣味を持っているとか、犯罪者とかではないから、安心してほしいな」


 清々しい表情になった、ラクビースがキヒュームの肩を叩く。


「え? そんな酷いことは思ってないけど」


「そうなの? てっきり、キヒュームくんも僕が泥棒だと疑っているのかと」


「疑ってないわけじゃないさ。今のところ、フィフティーフィフティーかな。現状では犯人を特定するには情報が少なすぎる」


「ふぅん。キヒュームくんはこの街の偏見に染まってないってわけか。だからこそ、あのクソバカボケナス店主も君に監視役を任せたんだろうね。クソアホボケアンポンタン店主でも考える脳があるってことだね」


「かなりのいいようだな」


「そりゃそうだよ。こっちは冤罪をふっかけられそうになってるんだから」


 ラグビースが呆れたような表情をした。 キヒュームは顔がほころびそうになるのをグッと堪える。ラクビースを見ていると、つい頬が緩みそうになる。表情がコロコロと変わるリスだ。子供っぽくて可愛らしい。


 店主は数いる人々の中からキヒュームを選んだ。


 彼はその理由を「毎日のように理想の世界について正義に満ち溢れた論調で語っているから」と述べた。そう、店主は毎日登下校で通りかかるキヒュームのことを知っていたのだ。世界平和をどう維持するかだの、力は弱き者のためにあるだの、親孝行の話だの……他人に聞かれるには小っ恥ずかしい話を、店主は日々聞いていたというのだ。そのことを聞いた時、恥ずかしくて顔から火が出そうになったけれど、「最近の若者にしては骨がある」と褒められたのは、全く嫌な気がしなかった。そういうことで、店主はキヒュームを好青年と信じ、監視役にと選んだそうだ。むろん、ドリュウルもだ。


「君達のことは学園に通い出した幼い頃から知っている。君達がどれほど不誠実と悪を嫌っているかも知っている。君達がコイツの仲間なんてことは絶対にないだろう。だから、君達に監視を任せる。これも君が常々維持したいと思っているランダミグマの平和のためだ。頼んだよ」


 そう言って、店主はキヒュームの肩を叩き、泥棒リス——ラクビースを押し付けてきた。当のラクビースはというと、監視役になったキヒュームたちに嫌な顔を一つもせず、自身の家に二人を招待した。そうして、今に至っている。


 多分、ラクビースは本当に犯人じゃないんだろうな。


 もし、ラクビースが犯人ならば、こんなに易々と自分の家を教えることはないだろう。巨木をくり抜いて造られた家の壁には、ラクビースの写真や、ラクビースが好みそうな可愛らしい服が多数飾られている。この家は確実にラクビースの家だ。


 自然が豊かなところにするケモタリア族は、人工林に住居を構えることが多い。小動物系のケモタリア族は家を木風……というより、木そのものををうまく利用して、家にしてしまうことも珍しくないと言う。ラクビースも例に漏れず、人工林の中に家を持っていた。


「ま、そんなことはどうでもいいんだよ」


 ラクビースが木製の丸椅子の上で足を組み直した。


「君たちには悪いけど、二人にも真犯人を捕まえるのを手伝ってもらう」


「それはかまわないけどさ。まるで真犯人の当てがあるような言い方だね」


 ドリュウルがドリュウルと比べるとかなり小さく見える木製のダイニングテーブルをトントンと叩きながら聞く。


「うん。あるよ」


 あまりの即答具合に、キヒュームとドリュウルは互いに目配せし合った。


「あるって、本当かい? ……やっぱり、アンタが窃盗団の仲間だからかい?」


「違うよ。まったく、ドリュウルさんは失礼だな」


「じゃあなんで真犯人がわかるんだよ」


「正確には、窃盗団の真犯人は分かってないんだ。わかってるのは……奴らを動かしている者たちと根城かな」


「どうして」


 キヒュームとドリュウルの声が重なる。


「僕は見ての通りはぐれものだろ? だからさ、怪しい奴らによく声をかけられるんだ。彼らには僕が仲間に爪弾きにされた弱者のように見えるんだろうね。宗教の勧誘や怪しいビジネスの話、犯罪教唆までより取り見取り、声をかけてくるんだよ。人との繋がりを求めている人たちはその口車に乗ってしまうのかもしれないけど、生憎僕は一人が好きでね、その誘いに乗ることはなかった」


「それで?」


「それで、その中に一つ、妙に気になる団体がいてね。『この街の差別意識をなくし隊』とかいうふざけた名前の組織だよ。……そいつらは、なんというか……すごく魅力的だったんだ。彼らの言う『ランダミグマは全ての属性に平等だ、と見せかけて、本当は差別ばかりではないか?』という疑念は、僕がずっとこの街に抱いていたものだったし、彼らの掲げる『ランダミグマの住民に多様性を認めさせよう』という理想は僕の理想そのものだった」


 ラクビースが遠い目をして、話している。


 俺も、そう思う。


 キヒュームは心の中で可愛らしいケモタリア族の男の子に同意してしまう。


 属性関係なしに誰でも受け入れるこの街が大好きで、この街を守りたいと心から思っているのに、この街が時折見せる非寛容な顔にため息をつきたくなる時がある。


「彼らの言っていることは一見まともで、僕の心は彼らの思想に傾きかけた。だけど、彼らの行動を見ているうちに、『ん?』と思うところがたくさんあったんだ」


「たとえば?」


 ドリュウルが前のめりで尋ねる。


「彼らは自分たちを革命軍かなんかだと思ってたんだ。自分の意思を貫くためには犯罪に手を染めても構わないと思っている節があってさ」


「それはまた……大層な思想だこったね」


「彼らは反乱を起こすことを聖戦だと思っている。だけど、聖戦をするにはまだ力が足りない。定期的に犯罪を犯して、同志を募ってるのさ」


「犯罪を犯すことが、どうして同志を募ることになるんだい?」


「まだ同志になるか迷ってる者たちや自分の同志たちに自分たちの力を誇示するためだよ。どんな大義名分があったって、力のない組織に入りたいと思う奴はいないでしょう?」


「なるほど。それで、君はそいつらが今回の真犯人だって言いたいんだな」


 キヒュームが考えるように、腕を組みながら尋ねる。


「ご名答」


「だけど、どうして君はそいつらの内情をそんなに詳しく知ってるんだ?」


 犯罪を容認している団体が勧誘している初期の段階で、ここまでの実情を明かすとはどうてしも思えない。誰彼構わず犯罪教唆をしていたら、いずれ警備隊に通報されてしまう危険性がある。もちろん、ラクビースが彼らに信頼されるほど、彼らに接近した可能性もあるが、犯罪者集団がそこまで内情を知る者を、監視もせず放置しておくわけがない。


 では、どうやって?


「それは、コイツらを遣ったんだ」


 ラクビースの視線が彼の背中の木製戸棚に移り、そして、指パッチンをした。


「さぁ、みんな、出ておいで。この人たちは僕の味方だ」


「うわっ!」


 戸棚に開けられているネズミ穴からワラワラと小さな生き物が一斉に出てきた。リスだ。リスの大群だ。大から小、大きさはさまざまで、穴から次々にリスが出続ける。あまりの大群に体の大きいドリュウルですら、体をのけぞらせている。


 すごい。これが獣を自由に操れると言うケモタリア族の力か。今までも授業でケモタリア族の子達が動物を使役するのを見たことがあるが、この量の獣を操っているのは見たことがない。


 自分と同じ動物を操れるケモタリア族が本気を出せば、村一つくらいは簡単に壊せてしまうのかもしれない。


 不意にそんな恐ろしい考えがキヒュームを襲った。


 いや、違うな。ケモタリア族だけでなく、ドラガンシア族も、ハッコオイ族も、皆、強い力を持っているのだ。彼らが本気になれば、村なんて簡単に壊れる。それが戦争じゃないか。だから、戦争はしてはいけないんじゃないか。二度と戦争を起こさないために、歴史を勉強し、守るための力をつけてるんじゃないか。


 キヒュームは拳をグッと握る。自身の内に眠る確かな正義感がキヒュームを昂らせる。圧倒的な力に負けてはいけない。負けていては、正義を貫くことなどできないのだから。


「コイツらに視察に行かせてたんだよ。コイツらに勧誘者たちの跡を追わせて、根城を突き止めたんだ。そして、彼らの根城に入り込み、そして、情報を収集をした。だから、僕は敵の内部状況を知ることができたのさ」


 ラクビースが得意げに胸を反らせる。いつの間にこんなに出てきたのだろう。小さなリスたちが床のほとんどを埋め尽くしていた。


「怪しい団体は調べるに限る。何も知らないで騙されて入団するなんて、馬鹿な真似はごめんだからね」


 ドリュウルは「そりゃそうだな」と頷き、キヒュームは考え事をしているかのように、じっとリスの大群を見つめていた。


 それからキヒュームは一唸りしたかと思うと、ラクビースを正面から見据える。



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