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第1章 冒険の始まり(2)



 五百年ほど前の話になるが、この大地【シァオイリ】は激しい世界大戦を行なっていた。誰も彼もが自分の種族が一番だと主張し、味方も敵も傷付き合いながら、領土を奪い合っていた。


 平和な今の時代では、かつてそんなことがあったなんて、信じがたい。信じたくない。シァオイリの歴史を勉強するたびに、胸が痛んだ。けれど、過去は過去だ。今を生きるキヒュームたちにできることは、過去を糧にして、今を懸命に生き、この平和を守ることだけなのだ。


 ——だからこそ、クルダマオ族の動向を常に確認し続けなければならない。また悲惨な戦争を起こさないためにも、ブランダミグマ市民……いいや、シァオイリに住む四種族が目を光らせていなければいけないのだ。


 ——いい? 彼の戦争は狡猾なクルダマオ族が始めたものなの。四種族を上手に口車に乗せ、対立させたのよ。そして、四種族を破滅に追い込もうとしたの。本当に卑劣な奴らだわ。私達四親族は、決して彼らを許してはいけない。


 父と母がキヒュームに歴史を語っているときにこぼした言葉が、胸の内に蘇る。


 魔人、巧みに魔法を使い、四親族を騙し、落とし入れる者ども。


 クルダマオ族、世界に戦争を仕掛けた許されざる存在。


 それが、この大地に住む四種族の共通認識だった。それ故、ブランダミグマではクルダマオ族の者どもを見かけたことがない。おそらく、ドラガンシアガ族の住む火山【ヴォルペレス】でも、ケモタリア族の住む森【フルリンケ】でも、人魚のハッコオイ族が住む海辺の街【マレタラッタ】でも、クルダマオ族を見かけることはないだろう。


 クルダマオ族の連中は、人々の手が行き届かない生きづらい最悪な環境で、日の目を見ず、ひっそりと生活しているのだ。誰も口にはしないけれど、奴らにはそれがお似合いだと、皆思っていることだろう。争いを好み、平和を取り乱す者たちなど、誰も求めていない。彼らは何のために存在しているだろうか。戦争の際に、クルダマオ族など、根絶やしにしてしまえばよかったものを……。キヒュームがそう苦言を呈した時、ドリュウルはなんてことなしに、


「腹立たしいことに、クルダマオ族の魔法の力を利用してる奴らがいるんだよ。彼らの魔力は相当のものだって話だから」


 と、言った。そして、炎付きのため息を吐いて、続ける。


「アタシたちドラガンシアガよりも炎力は強いって話じゃないかい。それに、火属性の魔法だけじゃなく、風、氷、水……いろんな魔法を使えるからね。発電とか、研究とかにその魔力を役立ててるそうだよ。だから、皆殺しには出来ないんだと」


 呆れたように頭を抱え、再び炎のため息を吐いた。


「なんだよそれ。そんなの俺たち四種族がクルダマオに負けないくらいの科学力や魔力をつければいいだけの話だろう。クルダマオ族に頼るなんて、恥知らずもいいところだ」


「だけど、戦争っていうのはそんなもんだろう? まだ人間族、一種族しかいなかった古代も、戦争に敗北した国の人間を殺すのではなく、奴隷として了解していたっていうじゃないか。殺すよりも生かした方がメリットが大きいんだよ」


「そう、だけど……。そのせいで俺たちが反旗を翻されるのを恐れるのは馬鹿みたいじゃないか?」


「それはアタシも思う。だけど、どうしようもないだろうよ。アタシたちには物事を決める権限なんてないんだから。アタシたちよりもお偉いさんが色々と考えて、そう決めたんだから、きっと無駄ではないし、意味があるのさ。……というより、あると信じるしかないだろ?」


 と、ドリュウルが肩をすくめた。キヒュームやドリュウルが嘆いても、世の中は何一つ変わらない。まだ学生のキヒュームたちには、世の中を変えるだけの力を持っていないからだ。それに、キヒュームもとうに気が付いていた。クルダマオ族の魔法は、強力で、便利で、どの種族が持つ力よりも優れているということを。アイツらの魔力を利用する方が賢いということを。


 悔しいと思う。その魔力が人間族にあれば、もっと有意義に使えたはずなのに、という心持ちになる。


「うん。そうだね」


 苦い思いを噛み潰して、キヒュームは「残ったクルダマオ族に負けないように、学園で力をつけよう。勉強も戦闘力も魔力も科学力も……俺たちが学べることは全て学ぶんだ」と、自分を説得するようにつぶやき、空を仰いだ。


 ドリュウルは頷く。喧嘩っ早くて、口の悪いドリュウルだけど、キヒュームの良き理解者だ。いつだったか同じ学園のケモタリア族の男の子に、「キヒューム、お前、なに熱く語ってんだよ。クルダマオ族はほぼ虫の息なんだろう? 反乱を起こすなんて、あり得るわけないじゃないか。お前はなにを心配してんだ」と、嘲笑されたことがあった。キヒューム自身もおの」が考えすぎだと思うこともある。だけど、ドリュウルは絶対にキヒュームの根幹の考えを否定しない。「あり得ないって言い切れるわけじゃない。用心するに越したことはない」と励ましの言葉さえくれる。そしてまた、キヒュームもドリュウルを否定しないのだ。


 だから、今日も一緒にいる。もちろん、帰り道が同じだからっていうのも一つの理由だけれど。


 学園の校門を出て、古びたレンガ道を歩く。学園のすぐ外は住宅街になっていて、住宅街をまっすぐ進み、五つめの角を右に曲がると、露天商が所狭しと並ぶ商店街があった。商店街を抜けた先にキヒュームとドリュウルの家がある。


 二人はとめどなくしゃべり、歩いた。商店街では活気のある声で溢れている。大抵は客引きと井戸端会議の声だ。


「お肉、安くなってるよー!」


「お、兄ちゃん、久しぶりだね。元気にしてたかい?」


「ちょいと、そこのお嬢さん。貴女に似合うとっておきのアクセサリーがあるんだけど、見ていかない?」


「あら! ドドさん、偶然! しばらく会ってないうちにまた太ったんじゃないの? 健康のために痩せなきゃダメよ」


 様々な声が入り乱れる。この放っておいたら飲まれてしまうような騒がしい雑踏は、嫌いではない。だけど、人と話してる時は別だ。雑踏が耳障りに感じてしまう。声たちに負けないように、キヒュームとドリュウルは声を張り上げながら話し続ける。


「そういえば今日の実習の授業はどうだったんだ? 俺は相変わらず銃の的当て練習ばかりだけど、ドリュウルは炎の力と盾の力を鍛えてるんだろう? 魔力を使う実習って、想像もつかないんだよな」


「アンタたち人間族が思ってるより派手でもないし、かっこいいもんでもないよ。高火力の炎を口から出すのにはかなりの肺活量がいるし、盾になるっていうのも魔力というより、肉弾攻撃の防御版みたいなもんだから、血生臭いもんだよ」


 ドリュウルは腕を頭に組みながら、退屈そうに話す。


「そんなもんなのかな」


「そんなもんさ。ていうか、アタシからすれば、アンタのやってる銃の方がスタイリッシュでかっこいいと思うけどね」


「はい? どこが? 俺たち人間族は自分に力がないからモノに頼るしかないんだぞ。そんなのすごくカッコ悪くないか?」


「モノを器用に扱えるっていうのも、能力の一つだろう? 体が強いことや、魔力が使えることと同じようにね。アタシは不器用だから、人間族みたいにモノを自分の体の一部のように使える奴を見ると、うらやましくてたまらなくなるよ」


「うーん。俺にはわからないな。ま、世の中ってもんは、ないモノねだりなのかもしれないね」


 ころころ……。


 キヒュームの元に真っ赤なリンゴが転がってくる。


「ん? なんだこれ?」


 ドリュウルがヒョイっと転がってきたリンゴを拾う。キヒュームもそのリンゴをまじまじと見つめてみた。なんの変哲もないただのリンゴだ。キヒュームとドリュウルは顔を見合わせた後、どこから転がってきたのかを探ってみる。


 そして、そのリンゴの持ち主はすぐにわかった。




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