第1章 冒険の始まり(1)
一通りの授業を終え、キヒュームは安堵のため息をついた。
長かった九日間が終わった。これでやっと休みに入る。休みといっても、長期休みではなくたった一日間の休みだから物足りないのだが、休みがあるだけで有難い。
「キヒューム……なに幸せそうな顔してんだい」
キヒュームの机の上に腰を下ろし、ドリュウルが呆れたように首を振る。その顔つきのまま、キヒュームのおでこを突いた。
「明日休みったってオバさんの仕事手伝わないと、じゃないのかい? それって休みっていうのかね。それともあれかい? キヒュームは大好きなお母様のお手伝いするのが趣味なのかねぇ。キヒュームはアタシの知る中で一番のマザコンくんだからね」
「あのさ、ドリュウル……いちいち嫌味な言い方するのやめてくれる? 俺は母さんのために仕事してるんんじゃなくて、勉強するよりも仕事で体を動かしている方が好きでやってるだけだよ。もし学校に体育の授業しかなければ、仕事よりも学校が大好きになってたはずだし。それに、仕事で制限なく銃を使えるのがすごく嬉しいんだ」
本音だった。
キヒュームはなんの力も持たない人間族の男であった。ドリュウルのような竜人、ドラガンシア族のように強い力もなければ、獣人のケモタリア族のように動物に力を借りることもできないし、人魚であるハッコオイ族のように水中を自由に泳ぐこともできない。そのため、人間は有り余る科学力を使って、非力さを補う必要があった。キヒュームの場合、それは銃だ。銃を使って郊外に生活している害悪な魔物を仕留め、そして、母がそれを調理して売る。そうしてキヒュームたちは、この町で生計を立てているのである。
キヒュームは座学が学年最下位なのとは対照的に、銃の扱いが学園一位であった。以前、珍獣スファイナンが現れた時、キヒュームは討伐隊に駆り出された。そして、招集された中で最年少であったキヒュームがスファイナンを仕留め、国王から直々に表彰されたのだ。銃はキヒュームにとって誇りだった。とにかく銃が好きだった。もっと銃の腕をあげたいと思っていた。
寒い時期が明け、若葉の芽吹く暖かい季節になったことで、このところ魔物の動きが活発になっている。まさに今、キヒューム一家の稼ぎどきだ。そして、仕事の最中は好きに銃を扱うことができる。仕事中は銃だけに熱中していても、誰にも文句は言われない。一瞬で仕留められる魔物を動く的として、上手く生かしながら練習することもできる。倫理的に褒められたことではないが、キヒュームの腕の前に苦言を呈するものは、母とドリュウルの他に誰もいない。
それやこれやで、キヒュームは休みの時に仕事に出るのが好きだったのだ。大好きな銃とだけ向き合っていられる。大嫌いな勉強もしなくて済む。誰にも邪魔されない。
その空間はまるで夢みたいだった。
「アンタの銃へ対する愛、本当に重すぎてドン引きだよ」
ドリュウルの真っ赤な翼がしおしおと垂れ下がった。
「アタシだったら休みの日は一日遊びに出るけどね。せっかくの休みだってのに働いたり勉強したりなんて、最悪以外のなにものでもないからさ。もし、ウチの親がアタシを働かせようもんなら、一瞬で家を燃やし尽くしてやる」
「ドリュウルのご両親は大工さんやってるんだっけ? 手伝ってあげたら? きっと喜ぶよ」
「はぁ? なに言ってんだよ。アタシはか弱い女子なんだよ。重い物なんて持てないの。大工なんて暑苦しい職業が一番似合わない女なんだからさ」
「よく言うよ。俺より……いや、このクラスのどのドラガンシア族より力持ちのくせに」
「ちょいと、キヒュームさんよ。今アタシに対してものすごく失礼なこと言ってんのわかってるかい? アタシは、か弱い女子に憧れてんのさ! ケモタリアの可愛いお嬢ちゃんたちみたいな小動物系を狙ってんだから。いい加減なこと言わないでくれるかね」
「ドラガンシアとケモタリアじゃ、体格から違いすぎるでしょ。ドリュウルに可愛い小動物系は無理」
「ほんっと、アンタって失礼で人の心がないね。ていうか、種族差別だからね、それ」
「差別じゃないよ。客観的事実を言ってるだけ」
「あぁ、もう! イライラする! この話はやめだ、やめ! この苦しみはアンタには理解できないだろうし、このままじゃイライラしすぎて教室燃やしちゃいそうだよ!」
ドリュウルがドンッと机から降りる。ドラガンシア族は体が大きいため、どんな小さな仕草も迫力があった。ドリュウルはキヒュームの幼馴染だ。キヒュームの住む家の向かいの右隣の隣の家がドリュウルの家にあたる。男のキヒュームが言うのはなんだが、真紅の髪の毛と翼が映える華やかな顔立ちの竜人であった。
そんな見た目が華美なドリュウルだが、性格はかなり難ありだった。暴力的で怒りっぽい。粗雑な言動がよく目立つ。ドラガンシア族らしいといえばらしいと言える。ドリュウルのがさつで乱暴な性格はよく心得ている。なんといってもドリュウルとは、赤ん坊の頃からの付き合いで実の兄妹のように隔てのない付き合いをしているのだ。
*
母のヒュリカは、ドリュウルの母ゴンニアと大親友だった。彼女たちは若い時、キヒュームたちが現在通っている学園の同級生で、学園時代、ずっと共に過ごしていたと言うのだ。本人たち曰く「別に仲良いわけじゃない。腐れ縁なだけ」と言っているが、暇さえあれば今でも一緒に料理をしたり、出かけたりしているところを見ると、腐れ縁以上の関係性だとわかる。父のキャヌスに言わせれば「二人ともツンデレなのさ。キヒュームは知らないだろうが、母さんがこの家を買ったのはゴンニアさんが近くに住んでいるからなんだよ。それに、同い年の子供が生まれるってわかった時は、母さんもゴンニアさんも手を合わせて飛び上がって喜んでいたよ」ということであるらしい。
そんなこんなで、キヒュームとドリュウルは生まれた時から顔を合わせて成長してきた。そのため、お互いに遠慮というものを知らない。
「ほんと、非力なキヒュームと一緒に遊んでてもつまらないぇ。ヒュリカさんは体も大きくて、強くて、かっこよくて、憧れの女性って感じなのに、どうしてキヒュームみたいなナヨナヨな子供が生まれちゃったんだろうね」
「ドリュウル、それ、どういう意味? まるで、俺が体が小さくて、弱くて、カッコ悪い人間って言ってるように聞こえなくもないんだけど」
子供の頃のキヒュームが仁王立ちして、威嚇する真似をする。
「そう言ってるんだよ。いくら人間族だっていっても、小さすぎだよ。キヒュームのその大きさはケモタリアにも負けないね」
「人間の男は、十三歳くらいからグンッと背が伸びるんだよ。俺はここから大きくなるんだから、今に見てろ」
「ホントかねぇ? キヒュームの場合、このまま小さい坊ちゃんって感じで育ちそうなもんだけどさ。ま、そしたら、かっこよくて強くて大きいドリュウルちゃんがキヒューム坊ちゃんを守ってあげるから、安心しな」
「うわっ、うっぜぇ。そんなに馬鹿にすることないだろ」
キヒュームはむくれて、顔をヒョイっと横に向けた。
「なにそのわざとらしい身振り。あっ、わかったよ! 自分の小ささを武器にしてかわい子ぶってんだろう?」
「かわい子ぶってない! いい加減その憎まれ口やめろよ。そりゃ、俺はドリュウルみたいにかっこいい真っ赤なツノも、翼も、髪も持ってない地味な男だけど」
「そこまで言ってないよ、アタシは」
「だけど! 俺はいずれ、歴史に残るようなすごいことをする男だ! 今に見てろ!」
「ははっ。そんなこと、アンタにできんのかね。まぁ、いいや。歴史を作るようなすごいことをする男、キヒュームくん。そこまで言うなら腕相撲で勝負といきましょうか」
「はっ? それ、かなりドリュウルに有利じゃん」
「なんだい? 怖気付いたのかい?」
「な、なわけないだろ! いいよ、勝負だ! 絶対負けないからな」
「じゃ、負けた方はアイス奢りだからね」
「のぞむところだ!」
という具合である。
自他共に認める仲の良さだと、キヒュームは自覚している。生まれた時から一緒だった。貶し、からかい、ギリギリの言葉を掛け合いながら、お互いを気遣い、親愛を深め、本物の兄妹よりも気兼ねのない関係になっている。そして、キヒュームもドリュウルもなんでも言い合える関係を楽しんでいるのだ。
……五種族が命を削り争い合う戦争時代に生まれなくてよかった。もし、そうだったら、俺とドリュウルは親友になどなれなかったはずだ。
そんな有り得もしない『もしも』のことを、キヒュームはたまに考えたりする。
キヒュームは人間族も、竜人のドラガンシアガ族も、獣人のケモタリア族も、人魚のハッコオイ族も、大好きだった。
差別の差の字もなく、四種族が混合して生活しているこの城下町ブランダミグマが好きだ。ブランダミグマ市民として学園に通い、仕事に従事できることを嬉しく思う。学園を卒業したら、この国の、世界の平和を維持するために何かを成し遂げたい。生命を尊びたい。この平和な世界でなお、苦しんでいる者たちにできる限り寄り添い、助けになりたい。
この世界に住む全ての仲間たちと共に永遠に続く平和を享受し続けたい。
キヒュームの心にはいつもその想いがあった。もちろん、十七歳という年相応に『遊びたい』という感情も胸の表面にあるのだが。
魔人のグルダマオ族が、いまだに世界を牛耳ろうとしていると知っていても、キヒュームの意思は揺るがなかった。四種族がクルダマオ族を制圧している現代で、反乱を起こすようなことはまずないだろうけれど、平和を守りたいという、強い志を持つことは大切だ。




