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第2章 旅立ち(5)



 ドリュウルは頭をかき、そしてため息を吐いた。


「……そうだね。多数決で決めようと言ったのはアタシだ。女に二言はない。これから起こることがどれだけ大変でもアタシたちを責めないでくれよ。ついていくと強情に言ったのはアンタなんだからね」


 アイレーンは再び力強く頷く。ラクビースもこれから共に旅立つ三人を見て頷いた。


「それじゃあ、行こうか」


「行くって、当てはあるのか?」


「ふふ、キヒュームくん、いい質問だね。それに関しては城門に着くまでに説明したいと思う。それじゃあ、みんな、僕についてきて」


 ラクビースが街から出る唯一の出入り口である城門に向かって歩き出す。それを待っていたかのように風が吹き抜けた。生暖かく、不気味な色を持つ風だ。三人ともラクビースに続く。


 キヒュームはわざとドリュウルの隣に並んだ。


「なぁ、どうしてアイレーンさんが幼いって思ったんだ? あんなに大人びてるのに」


 ドリュウルがチラリと赤目をキヒュームに向ける。


「ハッコオイ族は、子供の時が一番身長が高いんだ」


「え、なんだよ、それ」


「ハッコオイ族の少年少女たちはね、それはもう信じられないほど美しくて、この世のものとは思えないんだとさ」


「だから、それが、身長の高さとどう関係するだよ」


「……ハッコオイ族の少年少女たちはその美しさゆえに、暴行を加えられてしまうんだよ」


 ハッと息を呑んだ。まだ幼い子供への暴行。そのような野蛮な行為をする者がいることは知っている。だけど、それは遠いどこかの異常者が起こしている話で、まさかドリュウルからその話を聞くなど思ってもいなかった。


「進化の過程の一つなのかねぇ……。少年少女たちは自己防衛のために、大きくなった。幼ければ幼いほど体は大きく、物理的な力が強いんだ。その力たるや男の何倍も、何十倍も強い。……ハッコオイ族は体が成熟し、自分の身は自分で守れるほどの魔力を手に入れた時に初めて、人間族と同じくらいの身長になると言われている」


「つまり、体の大きい彼女はまだ未熟である可能性が高い、ってことか……」


「ああ。その通りだ。彼女は成人だと主張してるけどね。……というか、こんなの常識だろ。学園の生物学でも習うし、なにより、幼稚園や小学校で背の高いハッコオイ族の子供たちと会ってるじゃないか」


「生物学の授業はつまらないから基本寝てるし、幼稚園や小学校の頃は魔力が安定してないことを理由に、授業棟が種族別で分かれてたからドリュウル以外の他の種族の奴らのことなんて知らないし、なにより、大きい者はみんな先生だと思ってたんだよ。学園にいるハッコオイ族の子達も大きいとは思ってたけど、個体差かと思ってたし……」


「全く、キヒュームはほんと、銃以外のことはダメダメだね」


 ドリュウルが呆れたように肩をすくめ、歩き続ける。


 キヒュームは一歩遅れて歩く。


 ——ハッコオイ族は人を魅了し、惑わす力も持っているんじゃないか?


 先ほどよぎった自分の考えが脳内に響く。


 本当にハッコオイ族の少女は人を魅了するだけの魅力があるのだ。


 なにがハッコオイ族にそんな力がないことは、学園でハッコオイ族と共に勉強している俺はよく知ってる……だよ。何も知らなかったじゃないか。ハッコオイ族の子供たちが美しいことも、大きいことも、何も。


 もっと、勉強しておけば良かった。


 キヒュームはそんな後悔を、崩れた瓦礫を踏みながら感じていた。


 




「まずはヴォルペレスに向かおうと思う」


 この城下町を囲う塀から出ることのできる唯一の出口の城門に向かいながら、ラクビースは言う。


 無言でラクビースに付き従い、どこに向かっているのか、行く宛はあるのか、と口を開こうとしたときだった。


「シェイコンって奴が言ってたこと覚えているかい? 『シァオイリの地は大災害に見舞われるであろう』って言葉さ」


「あぁ、覚えてる。地震、大雪、津波、山火事、腐敗とかなんとか言っていたような」


「その通りだよ、キヒュームくん。僕の手に入れた資料が本当なら、彼らは本当にそれらを起こそうとしている。……というかそれらの天災は既に起きているんだ。僕はそれをなんとしても食い止めたいと思ってる」


「はい? 食い止める? なんでそんな回りくどいことをしようとしてんだい。そんなことしなくても、クルダマオ族のカシラの居場所を突き止めて、ソイツの首をとってしまえば、そんな天災は無くなるだろう?」


 キヒュームもドリュウルの意見に賛成だった。シェイコンの力はかなり強いと予測できる。けれど、首謀者であるシェイコンを倒してしまえば、クルダマオ族の戦意は喪失し、この反乱は収まるのではないだろうか。


 前を歩くラクビースは時折、辺りを慎重に見まわしながら、城門へと進んでいく。城門への道は、あまりに荒れ果てていた。


 崩れた建物、瓦礫で歩きづらくなってしまった道、逃げ惑う人々、姿の見えぬクルダマオ族と戦おうと武器を持っている者たち、子供の泣き声、大人の怒声……。


 かつての平穏などどこにもなく、混沌としていて、悲惨だった。


「そんな簡単な話じゃないんだよ」


 慌て狂う者たちの間を器用にすり抜け、ラクビースは歩き続ける。


 皆が後に続いた。ほとんどラクビースに寄り添う形で歩く。


 ラクビースの声はそうでもしなければ聞こえぬような小さなものだったのだ。雑踏にかき消されるような小声だったのだ。まるでわざとそうしているかのように、小さき声だった。


「君たちが思っているよりも、クルダマオ族の勢力はでかい」


 ラクビースが、相変わらず小さい声で言う。


「各地に散らばっているクルダマオ族の勢力を抑えなければ、今のトップを倒したって意味がないんだ。トップを倒したとて、結局各地に散らばっている勢力の中からまた新しいトップが生まれ、再びこの地は天災に見舞われてしまう。イタチごっこになり、戦争は、終わらない」


「そんな……。そんなことって……」


 アイレーンが口を抑えた。


「ラクビース、それもあの廃墟の資料にあったのか?」


「うん、そうだよ」


「どうして今までそんな大事なこと黙ってたんだよ」


 キヒュームの問いにラクビースが瞼がぴくりと動いた。


「ごめん。黙ってるつもりはなかったんだ。というか、僕たちの最初の目的は闇オークションで動いているクルダマオ族の解体だったでしょ? その計画には、各地にいるクルダマオ族の問題については不要だと判断したんだ。それに、僕は君たち学生をそんな深淵まで巻き込みたくなかった。闇オークションの摘発が終わり次第、僕は国にこの件について報告しようと思っていたんだよ。彼らは武力を各地に分散させ、国家転覆を計画している、各地に警備隊を派遣してくれ……ってね。だけど、見ての通り、僕の思惑はうまくいかなかった。クルダマオ族は僕たちの動きを受けて、計画の実行を早めてしまった」


 ラクビースの真剣な顔を見た途端、キヒュームもドリュウルも反論の余地がないと思い至った。ラクビースは正真正銘、大人なのだ。誰よりも物事を深く考え、行動していたのだ。


「だから、話さなかった。けれど、今はそんなこと言ってられない。国の警備隊に頼れない今、僕たちは【敵】に立ち向かわなくてはいけない。だから、確実に【敵】を仕留めるために、僕たちはシァオイリの地を構成しているヴォルペレス、フルリンケ、マレタラッタの都市に行き、彼らの勢力を削ぎ落とさなきゃいけないんだ。僕たちが暗躍することで、警備隊も効率的に動けるようになると思うんだ」


「なるほどな……」


「ちなみに、僕らのこの計画はブランダミグマ国王も知っておられる」


「はえっ?」


 頓狂な声が出てしまった。キヒューム以外の二人も驚きで目を瞬かせている。


「王に手紙を送ったんだ。君たちに話したこと、僕たちが今置かれている現状……その全てをしたためた手紙を、僕のリスを使ってね。さっき、その返事を持って僕のリスが帰ってきた。これだよ」


 ラクビースが隣のアイレーンに紙切れを手渡す。アイレーンがサッと目を通し、ドリュウルに手紙が回り、そして、手紙はキヒュームの元へやってきた。


 それはただの紙切れなのに、高級感があった。表面がザラっとしつつも重厚な質感で、王室で使われている紙だと言われて納得してしまうほどしっかりした紙だった。


『全て把握致した。己たちの信ずる道を進め。行く先々で国の加護を授けよう』


 たったこれだけ書かれていた。


 けれど、これだけで十分だった。国の全面協力のもと、キヒュームたちは動けるということがここに記されているのだ。ラクビース打った手の素晴らしさに、賛美を送りたくなる。それは他の二人も同じだったようで、ドリュウルは感心したように頷き、アイレーンは両手を合わせてラクビースをキラキラとした瞳で見つめている。


 束の間、ラクビースは照れたように笑い、視線を進行方向に戻した。


 三十五歳とは到底思えない、無邪気で可愛らしい顔だった。


「とにかく、だ。そういうわけで、僕たちはこのままヴォルペレスに向かう。きっとキヒュームくんとドリュウルさんはご両親に挨拶したいだろうけど……、どこにクルダマオ族の奴らが潜んでいるかわからない状況でご両親に会わせることはできない」


「はいはい、わかってるよ」


「ま、仕方ないよな。こんな状況でそんな悠長なこと言ってらんないし」


 キヒュームもドリュウルも、悲しむでなく、落ち込むでなく、余裕を持った大人のようにどしりとして答える。本当は両親に会いたかった。泣き言だって言いたかった。けれど、キヒュームもドリュウルも虚勢を張る。


 それはつまり、命をかけた旅立ちを決心したということでもあった。


 必ず生きてまた両親に会う、それが一つの目標となった瞬間である。


「どこか落ち着いたタイミングでご両親に手紙を書くといい。僕のリスを貸そう」


 ラクビースがほんの少し振り返り、幼い顔が覗いた。愛らしい顔立ちの少年の肩に二匹のリスがよじ登り、そして、ピョンっとキヒュームとドリュウルの肩に飛んでくる。二人の虚勢に気がついたラクビースの励ましなのだろう。


 キヒュームは人差し指でそっとリスの顎を撫でた。チチチと鳴くその姿は飼い主と似てとても可愛らしい。キヒュームも前を向く。街は人も音も匂いも入り乱れ、ごった返している。遠くに城門が見える。城門から続く草原の道にも、人、人、人……人で溢れかえっていた。無関心な人たちが、キヒュームたちの新しい門出に花を添えるのだった。



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