第2章 旅立ち(4)
「お話は、聞かせていただきました。あ……、盗み聞きするつもりはなかったんですよ。えっと、キヒュームさんに話しかけようとしたら、その、声をかけられる状態でなかったのです。だから、わたくし、皆様の話を聞いてしまいましたの」
「……で、何の用だい? 話を聞いていたならわかると思うけど、アタシたちには時間がないんだ。さっさと要件を言いな」
回りくどいアイレーンに苛立ったのか、ドリュウルの声は心なしか尖っていた。
「わたくしも一緒に連れて行ってはもらえないでしょうか」
アイレーンの思いもよらない提案に、キヒュームたち三人は目を合わせる。
「えっと、それは……」
「わたくし、きっと、役に立つと思いますの。皆さも知っての通り、わたくしは回復魔法が得意なハッコオイ族。皆様が怪我した時に、すぐさま助けることができます。それにドラガンシア族がクルダマオ族よりも強い火の魔力を持っているのと同様、わたくしハッコオイ族は水魔法に関しては、クルダマオ族よりも強い魔力を持っています。きっと、役に立てると思うのです」
「アイレーンさんがいてくれたら助かると思う……けど、なんで着いてこようとするんだ? どこから君が聞いていたかは知らないが、俺たちと関わった者たちは、殺されるかもしれないんだぞ」
キヒュームはあからさまに不穏な空気をだして、脅してみる。
それに事実、不穏なのだ。どれほどアイレーンの能力が魅力的であろうと、無関係なアイレーンを巻き込んではいけないことくらいキヒュームにもわかっている。
「わかって、おります。ですが、その、わたくしはみなさんと無関係だとは思えないのです」
「それはどうしてだい? アンタは明らかに無関係だろう? もし、助けてもらったキヒュームに恩を感じているから手伝う、とかいう生半可な思いならやめときな。こっから先は、想像もできないような地獄まってるんだよ。アンタみたいなお上品なお嬢様が耐えられるような戦いじゃないんだ」
ドリュウルが強く、けれど、愛のある拒絶を口にした。
「違うんです。恩を感じているのは確かですが、それだけではないんです。……わたくしのことを護衛してくださっていた方も、雷鳴で亡くなってしまったのです」
アイレーンの眼差しが地面に落ちる。
ラクビースがまさかと呟き、アイレーンはそうです、と頷いた。
「わたくしもおそらく【貴様ら】の中に入っているのだと思います。なぜかはわたくしにも分かりません。オークションから逃げてしまったからかもしれないし、キヒュームさんを治療したからかもしれない。もしかしたら、わたくしが皆様の仲間だと思われてしまったのかもしれない。理由は分かりません。ですが、わたくしも【貴様ら】の中に入っているのだと思います。その証拠に、ほら。わたくしは皆様と一緒にいるのに、雷鳴で殺されない。わたくしも【貴様ら】であるならば、皆様と一緒に行かなければいけないのです」
アイレーンの言葉に、キヒュームはいたたまれない気持ちになる。もうすでに戦いの渦の中に巻き込んでしまっていた。自分が関わったせいでアイレーンを渦中に放り投げてしまった。虚勢を張った胸がしゅるしゅると萎んでいく。
「それはそれは、厄介なことで。どうするんだい、キヒューム、ラクビース。この娘を連れて行くのかい?」
ドリュウルが肩をすくめ、こちらを見る。
連れて行っちゃダメだ、キヒューム。それがこの娘のためだよ。
ドリュウルの瞳がそう訴えかけている。
キヒュームは答えられなかった。決めなければいけないことが、やらなければいけないことが一気に押し寄せてきて、潰されそうだ。
「僕は」
口を開いたのは、やはりリーダーシップの取れるラクビースだった。
「僕は、着いてきてもらった方がいいと思う」
「は? 本気かい?」
心底驚いた声をドリュウルは上げ、目を見開く。
「僕は本気だ。正直言って、ハッコオイ族の回復魔法は魅力的すぎる。道中、怪我することも多くあると思う。その時に彼女がいたらどれほど心強いか、ドリュウルさんもわかるでしょ。それに、彼女の言う通り、彼女が【貴様ら】の中に含まれているのなら、彼女は僕たちと一緒にいた方がいい」
「それは、そうかもしれないけどね」
「僕たちがこの街を出ると決めたのは、これ以上、犠牲者を出さないためでしょ? 近しい人たちを殺さないように守るためでしょ? もし、彼女もまた狙われているのなら、彼女がこの街にいることで、犠牲者は増えてしまう。それは絶対に避けたいことなんじゃないのかな?」
「それは、そうだけどさ」
ラクビースの力強い説得に、ドリュウルは戸惑いながら心許なく応えた。
「わたくし、役に立てます。クルダマオ族にしてやられたのが悔しいのです。わたくしの力はクルダマオ族になんか負けないほど、強いのです。一泡吹かせてやりたいのです。どうか、共に行く許可を与えてはくださいませんか」
「そうは言っても、だね」
ドリュウルがポンっと手を叩く。
「よしっ、わかった! ここは多数決といこうじゃないか。この娘が共に行くことに、ラクビースは賛成、アタシは反対。つまり、今は一対一なわけだ。投票していないのはキヒュームだけ」
「投票って……」
「さぁ、キヒューム、お前は賛成と反対、どっちなんだい」
三つの顔が差し迫ってくる。キヒュームは狼狽えた。また何かを決定しなければいけない。その重さにクラクラする。
「キヒュームさん、どうか。わたくし、守られるだけの弱い女ではありません。共に戦えるのです。どうか、わたくしを共に連れて行ってはいけないでしょうか」
アイレーンがずいという感じでキヒュームに近づいてきた。
結構な迫力だ。アイレーンと対峙していたとき、アイレーンはずっと座っていたから気が付かなかったが、彼女はかなり背が高い。キヒュームは百八十センチと、人間族の方では背が高い方だが、アイレーンはそれをゆうに超えている。美しい瞳が長いまつ毛と共にキヒュームを捉える。今度は違う意味でクラクラしてきた。
「……そうだな。一緒に来てもらおう」
「ちょいと!」
「うん。そうだ、アイレーンさんに来てもらおう」
アイレーンとドリュウルから目線を逸らし、けれども、決意したように強く、言う。ドリュウルの赤い顔がさらに赤くなった。キヒュームがアイレーンの美しさに当てられて、賛成側に回ったと思ったのだろう。それは半分間違いではないが、半分は見当違いだった。
「なんでだい! アンタは関係のない娘を巻き込むほど、バカじゃないだろう?」
「彼女が関係なければ、俺だって何があってもついてこさせないさ。だけど、ラクビースも言った通り、彼女が【貴様ら】に含まれているなら、共に行動した方がいいと俺は思ったんだよ」
「だけど、彼女の護衛の死はたまたまかもしれないじゃないか」
鼻を鳴らし、ドリュウルがアイレーンの顔に指を指す。この時、ドリュウルもアイレーンもほとんど同じ背丈、つまり、二人とも少なくとも二メートルは超えていることに気がついた。女性二人が男性二人よりも背が高い現状について、意識が持っていかれる。
「おい、キヒューム、聞いているのかい?」
「あ、ごめん。聞いてるよ。たしかに、たまたまかもしれないけど、たまたまじゃない可能性だってあるんだ。アイレーンさんの命を守るためにも、他の人の命を守るためにも、一緒に行動した方が安心だよ。……そもそも、なんでドリュウルは彼女がついてくることに反対なんだ?」
「それは」
ドリュウルの視線がアイレーンとキヒュームの間で揺れる。
「それは、彼女がまだ小さい子供だからに決まってるだろうが。どう見てもまだ十歳以下の娘じゃないか。こんな娘を連れて行こうと思うなんて、キヒュームもラクビースもどうかしてるよ」
「は?」
「え?」
キヒュームとラクビースの声が重なる。
とっさに顔を合わせ、キヒュームは眉毛を不審そうに寄せ、ラクビースは目を丸くして瞬きをしている。
「アイレーンさんが十歳未満? バカ言うなよ。どう見たって、二十は超えてるだろ。そもそも、それを言うならラクビースの方が連れて行ったらいけないことになるじゃないか」
「ちょっと待って、キヒュームくん。なんでここで僕が出てくるの? 僕はもう成人してるよ」
「は? えっ?」
「ハッコオイ族の彼女が十歳以下に見えないのは同意するけど、どっからどう見ても、僕は成人男性でしょうが」
返事に窮した。アイレーンは子供には見えないし、反対にラクビースは少年にしか見えない。呆然と二人の顔を見比べることしかできなかった。
「それ、本当か?」
「本当本当。僕はこれでも三十五だからね」
「三十五!」
叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。
この小さな可愛らしい男の子が、四十五だって? 全く信じられない。十一歳くらいの少年かと思っていたのに、まさか、これとドリュウルより十八も年上だったとは。
また頭がクラクラしてくる。
「そんなに驚くことないじゃないか。そりゃ、まだ僕は成人してから五年しか経ってないけども。そんなにびっくりするほど大人っぽいかい?」
「逆! 逆だよ! 俺は、ラクビース……さんが、まだ十一かそこらの年齢だと……」
「そんなまさか! ……え、本当に?」
「本当だ……です! 本当に十一歳くらいの少年かと思ったんです。こんなことで嘘はつきません!」
キヒュームは、驚きのあまり唾を飲み込み、大きく息をついた。人間族と他の種族で見た目や寿命が違うのは知っていた。全ての種族の元となっている人間族は平均寿命が百歳で、魔力を持ち進化した他種族の平均寿命はだいたい二百五十歳から三百歳くらいだと聞いている。だから、人間族以外の種族の成人は人間族の一・五倍、つまり、三十歳となっているのだ。とはいえ、ここまで見た目が若々しいなんて。もう一度、息を吐き出してゆっくりと視線を巡らせてみる。間違いなく、目の前には百五十センチくらいの小さな男の子と、二メートルを超えた妖艶な女性と気の強そうな幼馴染の女性が並んで立っている。三者三様、全然違う。いくら見つめたところで、年齢なんてわからない。
「そんなに僕、若く見えるかな?」
「見える、いや、見えます。な、ドリュウル?」
「あ、あぁ、そうだね。アタシもまさかラクビース……さんが、三十を越えてたなんて流石にわからなかったよ」
「ラクビースでいいよ。さんを付けられるとくすぐったい感じがする。あと、敬語じゃなくていいよ」
「そう……だね。そうさせてもらうよ。アタシもずっとタメ口で話してたから、違和感モリモリだったんだ」
ドリュウルが頭を掻き、苦笑いを浮かべる。
「というか、君たちはまだ学園生なんだよね? 色んな種族を見てるじゃないか。ある程度、年齢とか見当がつきそうなもんだけど」
「……色んな年齢の人が集まる大学ならまだしも、学園は十二歳から十九歳まで年齢でクラス分けされているし、みんな同い年っていう先入観があるからか、あまり年齢とか見た目とか気にしたことなかったんだ。勝手に年下だと思って、その、ラクビースには本当に申し訳ない」
「ははは、そりゃそうか。キヒュームくん、あんまり気にしないでね。僕はまぁ、その、この身長だし、こんな服着てるし、リスだし、可愛く見られたり若く見られたりするのは……実は、慣れっこなんだ。他のケモタリア族の奴らはかっこいいと思われたいみたいだけど、僕はむしろ、若く見てもらえたら嬉しいくらいだよ」
「そう言ってもらえると、有り難い限りだ」
キヒュームは軽く頭を下げる。それから、改めてアイレーンを見つめてみる。整った端正な顔立ちからは、二十代の瑞々しさも四十代の落ち着きも感じられた。
アイレーンはキヒュームの不躾な視線にたじろぎ、トンッと優しくキヒュームの胸元を押す。
「他人を凝視するのも、年齢を聞くのも、とても失礼なことですのよ、キヒュームさん。……でも、そうですね。わたくしの名誉のために言いますが、ドリュウルさんが心配しているような未成年ではない、とだけは言っておきます」
「本当に……?」
眉を顰め、ドリュウルがアイレーンの顔を覗き込んだ。
アイレーンが頷く。
力強い頷きだった。
「どうか、わたくしを信じてください。そして、わたくしを皆様の旅路にお供させてください」




