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第2章 闇オークション(6)



 バンッ、という銃声音と共に、辺りが静まり返った。急速に、だけどキヒュームの目にはゆっくりと、クルダマオ族の男が床に叩きつけられる。ゲニーンドルが何かを叫び、震えるほど美しい声の女が醜い罵詈雑言を口にした。キヒュームの頭は空っぽだった。ただ引き金に手をかけ、トリガーを引く。数人のクルダマオ族の者たちが地面に伏した。


 ……あれ。


 頭にモヤがかかったみたいに、思考がうまくできない。クルダマオ族の者たちが動くたびに、キヒュームはトリガーを引く。


 倒さなければならない。


 ここにいる者たちの動きを止めなければならない。ドリュウルが来るまで、耐えなければならないのだ。


 キヒュームはほとんど無意識的に動いていた。頭から思考は完全に消え、煙のようなモヤだけが残る。銃を扱うのは好きだ。ハンドガン、ライフル銃、ショットガン、マシンガン……どんな銃でも自分の手足のように扱える自信もある。だからこそ、どんな状況、どんな場所で銃を扱っていても胸が高まり、興奮の渦に飲み込まれ、我を忘れてしまうときもある。だけど……。


 今のこの感覚は、今までのどのものとも明らかに違う。


 自分は今ここにいるのに、ここにいない。


「テメェ……テメェら……。よくも……、よくも俺たちの同志を殺してくれたな!」


 ゲニーンドルの言葉に、キヒュームは曖昧に頷き、辺りを見回した。そこで初めて異変に気がつく。殺したはずのクルダマオ族がどこにもいないのだ。あるはずの死体も、飛び散った血も、跡形もない。その代わり、ゲニーンドルの周辺から次々とクルダマオ族が現れる。キヒュームは変な気分になった。まるでゲニーンドルの周りから新たにクルダマオ族が生み出され、キヒュームたちに襲いかかっているような錯覚に陥ったからだ。


 何かがおかしい。おかしいけれど、頭がうまく働かない。


「殺せ! アイツらを殺せ!」


 ゲニーンドルの顔から血の気が失せる。灰色の顔は、ただでさえ正気が感じられないのに、それ以上に病人のように暗く沈む。


 キヒュームは無心で銃を撃ち放った。銃弾は追跡機能があるかの如く、クルダマオ族の心臓を貫く。目の前がふうっと暗くなり、気づいた時には、何人ものグルダマオ族が死んでいた。クルダマオ族は仮面のまま、だらりと首を傾けて、静かに床に倒れ込む。息絶えているのが遠くからでもわかった。そして、キヒュームが他の敵に銃口を向けた時、先ほどの死体は跡形もなく消えてしまった。そう、そんな死体など最初からなかったように……。


「キヒューム! 大丈夫かい?」


 その声を聞いた途端、テレビの画面が切り替わるようにキヒュームの視界がパッと開ける。


「加勢しにきたよ!」


 見知った声が、舞台上に響き渡った。ドリュウルだった。ブランダミグマの警備隊員を後ろに引き連れて、ドリュウルが両手を大きく振っている。


 ワッと驚くほど大きな歓声が上がった。キヒュームたちの様子を見守っていた少なくないギャラリーがドリュウルの登場に湧き上がったのだ。


「どう……して? この場所への入り方は絶対に他言できないよう魔術がかかっているはずなのに……」


 ゲニーンドルは親指の爪を噛んで、ウロウロと左右に動き始めた。ゾンビのように萎びた手であった。


「その答えは簡単だ。ドリュウルさんはこの場所を警備隊員には説明していない。説明しなくても、秘密の入り口はわかるんだ。……ははっ、なんでって顔だね? 教えてあげよう。本棚の裏からたくさんの者たちが逃げるように出てきたら、君ならどう思う? そこにそれだけの数が入ることのできる部屋があるってすぐに考えつくでしょう? そういうことだよ」


 ゲニーンドルの質問に答えたのは、ラクビースだった。いつもの明るく、挑発するような声音だ。


「しかし……彼らはここで多くの者が肝試しをやっていると心から信じていたはずなのに……」


「それを導いたのが、今、はち切れんばかりに両手を振っている赤色のドラガンシアの少女だよ。彼女はこの場所について他言できないとしても、警備隊員を秘密の扉がある部屋まで誘導することは可能なんだ。彼女は僕と彼が大騒動を起こすことを信じて待ってくれていたんだよ」


 ゲニーンドルが「そんなこと……ありえない……」と独り言に近い声を上げた。彼はさらに激しく親指の爪を噛む。爪が剥がれてしまうんじゃないかと思うぐらい、強い力で噛んでいた。


「彼女がきたからには、万事休す。君たちの負けだよ。この舞台を覆っている結界も警備隊員の持っている棍棒……対クルダマオ族魔術無効化装置を使えば一瞬で消え去ってしまうだろう」


「クソッ! クソッ!」


 ゲニーンドルは爪から口を離し、自身の右手を自身の右足に打ち付ける。


 それからびっくりするほど長い息を吐いた。


 吐いて、吐いて、肺から全ての空気を搾り出して、ペラペラの紙のようになって、そのまま逃げ出そうとしているんではないかと考えてしまうほど、長い吐息だった。


「私としたことが、取り乱してしまいました。ええ、そうですね。私は万事休す、というところなんでしょう。ですが、私たちの野望は決して途絶えない。決して邪魔されない」


 ゲニーンドルは最初の頃の恭しい口調を取り戻して言う。


「お客様が取り乱す原因となったあの謎の紙面。用意したのは、リスの男、貴方でしょう? 私たちはあんなものを一度も用意したことがないのですから。あそこに書かれていることは全てデタラメ……と言いたいところですが、かなりいい線いっていると思いますよ。ああ、待ってください、落ち着いて」


 何か言いかけたラクビースを手で制し、ゲニーンドルは続けた。


「【クルダマオ族復活計画】……、どこで漏れてしまったんでしょうかね。私たちの敗因はきっと、計画が漏れてしまったことそのものにあるんでしょうね。しかし、全ては過ぎたこと。このオークションは、広大な海からコップ一杯分を取り除いた程度の資金調達に過ぎない。海からコップ一杯分の水が取られたところで何も変わらないように、ここでの出来事が失敗しようが、痛くも痒くもないんですよ。……貴方たちは私を追い詰められてると思っていますがね、それは大きな間違いです」


「負け犬の遠吠えか? お前たちは今、追い詰められているじゃないか」


 ラクビースのように相手を挑発できるくらいに、キヒュームの頭は完全に冴えていた。


 ゲニーンドルの話は、ラクビースの説明を受けたキヒュームにとって真実味がある話だった。正直、信じられないのではなく、信じたくない心持ちが強い。だって、クルダマオ族が復活を企んでいるということは、平和なこの地がまた禍々しく血の滴る戦争が始まるということじゃないか。そんなの絶対に阻止しなければいけない。


「そうですね。私は、追い詰められています。私は、この場で死ぬことになるんでしょう。この場所で、証拠を隠滅して、爆破の犠牲となり、死ぬんでしょうね」


「爆破の犠牲……? お前は、何を言って……」


「元々、クルダマオ族復活計画には些か無理があった。多少の犠牲は折り込み済み。私は確かに殉職するのでしょう。ですが、私の——私たちの信念は死にません。私たちの志は復活したクルダマオ族の心に残り続けるのです」


「だから、お前らさっきからなんの話をしているんだよ」


 キヒュームは憎きクルダマオ族を何人も仕留めたのだ。その自信が先ほどからキヒュームの胸に沸々と湧き上がっていた。だから、強気に出れる。強気にゲニーンドルに向き合える。その自信を断ち切ったのが、他でもない仲間であるはずのラクビースだった。


「キヒュームくん、逃げるよ」


「え……、は? 君まで何を……」


 ラクビースがキヒュームの腕を取ったのと、ドリュウルが連れてきた四人の警備隊員がクルダマオ族の結界を棍棒で破ったのは、ほぼ同時だった。


「逃げろ!」


 ラクビースはドリュウル、ギャラリー、そして、警備隊員に向かって声を荒げる。キヒュームが抵抗しようとした時には、ラクビースはピョンッと軽やかに舞台から飛び降りていた。キヒュームは慌てて着地体制を取る。咄嗟の判断が間に合ったおかげで、幸いにも足を挫くことはなかった。


「君たち、ぼーっとしてないで走って逃げて!」


 ラクビースは人の間を掻い潜りながら、大声を出して出口に向かって走る。いつの間にか塞がっていない方のラクビースの手には、ドリュウルの手が繋がれていた。


「なんで、そんなに必死になって、走ってんだい!」


「そうだよ、どういうことか、説明しろ!」


 息も絶え絶えに、ドリュウルとキヒュームが問う。ラクビースの時折見せる突拍子もない行動に、彼らはまだ慣れていなかった。


「説明は後! 今はとにかく、この場を出るんだ」


 実にあっさりとラクビースは答えた。

 

 その時、キヒュームの頭に稲妻のような一つの閃光が走った。


 何か、何かを忘れているような。それはものすごく大切で、忘れちゃいけないものだった気がする。そのものに対して、深い憤りを覚えたような……。次の瞬間、稲妻が一人の女性の姿を作り出す。


 そうだ! あのハッコオイ族の女の人だ!


 彼女は今どこにいるのだろう。もし、キヒュームの考えが正しければ、彼女はまだあの舞台の上の檻の中だ。


 なぜ、ラクビースは必死になってここから出ようとしている? そんなの、ちょっと考えたらわかる簡単なことじゃないか。


 殉職、証拠隠滅、爆破の犠牲……。その言葉から連想できるのは一体なんだ。そんなの決まっている。この建物には証拠隠滅用の爆弾が仕掛けてあって、ゲニーンドルが起爆剤を持っているんだ。


 簡単に推察できることだ。ラクビースもそれが分かったから、今こうしてキヒュームたちの手を引いているのだ。


 このままここにいたら死んでしまう。だけど、あの可哀想な女性をここに置いて逃げるのか? 彼女はクルダマオ族の馬鹿げた闇オークションの商品にされ、クルダマオ族の馬鹿げた自滅に付き合わされてしまうのか? それは、あまりに理不尽じゃないか。


 キヒュームはラクビースと手を繋いでいない方の手——拳銃を握る手に力を込めた。


「ごめん。先に行ってて。忘れ物をした」


「は……? キヒュームくん、何を言って……」


 ラクビースがこっちを見るか見ないかというところで、人差し指に力を込める。床に向かって弾が弾き出された。キヒュームの行動に驚いたラクビースの手の力が抜ける。キヒュームはその瞬間を見逃さなかった。ラクビースが掴んでいた左手を振り解き、彼らとは反対方向に全力で走り出す。


「ちょっと、キヒュームくん!」


「ほんとごめん。先に逃げててくれ。どうしても、忘れちゃいけないものを忘れてしまったんだ。廃墟の外で落ち合おう!」


 キヒュームは走る。それは重大な選択だった。あの二人に意識を向けて、逃げる方に専念しても良かった。けれど、キヒュームは女性を助ける方を選んだ。


 むろん、どう救うかなんて考えてない。どうしたらいいのか。何か手立てを考え、助けると決めたが、その手立ての糸口なんて、キヒュームには何もつかめていなかった。


「おやおや? 私にトドメを刺しにきたのですか? 残念ですが、そんなことをしなくても良かったのに。命を捨てる行為をしてしまいましたね」


「どけ! ……いや、一つ聞きたいことがある」


 考えながら走っているうちに、舞台の前までついた。ゲニーンドルが逃げ惑う人々を見ていた視線をキヒュームに向け、恍惚とした表情で、キヒュームを弄ぶように見る。


 キヒュームは舞台の縁に両手をつき、体を持ち上げた。簡単に舞台の上にあがることができた。


 無視してやろうと思った。こんな小物に興味はない。けれど、彼なら知ってるかもしれない。彼なら、あのハッコオイ族の女性の行方を知っているかもしれない。


「聞きたいこと……?」


 ゲニーンドルの片眉が上がる。


「あのハッコオイ族の女性はどこだ。檻に閉じ込められていた奴隷だよ」


「なんです……? ああ。なるほど。火事場泥棒を働こうと言うわけですか。正義の味方のフリしながら結局、君は泥棒というわけだ。ええ、いいでしょう。その人間味溢れる君の行動に免じて、彼女の場所を教えましょう。彼女は舞台袖……そう、舞台下手の奥にいますよ。檻の中で現在の現状もわからず、震えているんじゃないでしょうか。さぁ、勇者様。彼女を救って差し上げなさい。そういう体にすれば、火事場泥棒なんて呼ばれないですものね。ふふ。彼女を救えば、彼女は貴方のものにして良いですよ」


 ゲニーンドルは銭ゲバのような卑しい笑い声を上げた。キヒュームはお礼の代わりにゲニーンドルを睨みつけ、下手に捌ける。


「貴方たちが生き延びれば、の話ですがね」


 ゲニーンドルの含みを持った小さな声を背中に受けた。


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