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第2章 闇オークション(5)



 リスだ。リスの軍勢が観客達の脇をすり抜け、壁をつたい、ラクビースの元へと向かってくる。それだけじゃない。リスたちは自分たちの体の何倍もの大きさの紙をばら撒きながら走ってくるではないか。


 A4サイズほどの紙が、紙吹雪のようにヒラヒラと会場を舞う。観客達は拒否する間もなく、紙を手にしてしまう。彼らは戸惑った様子で、紙と舞台上を交互に見ている。


 仮面をしていてもわかる。彼らは驚愕しているのだ。一体、あの紙には何が書いてあるのだろう。ラクビースを見た。ラクビースの茶色い瞳が、不敵にきらりと光る。キヒュームの心臓が今まで以上に早鐘を打つ。先程まで危機に直面して、体は冷え冷えとしていたはずなのに、体中が熱を持ち始めた。


「君! 一体何を……!」


「ここの観客がさ、君たちの正体を知らないのはフェアじゃないって思ってね。君たち、本当はクルダマオ族……なんだろう?」


「なっ!」


 ラクビースの声が、司会者の調子のいい声を断ち切った。司会者の動揺にゆらめく目がラクビース、キヒューム、そして、観客へと移ろう。


 ラクビースはステージに上がってきたリスからA4の紙を一枚受けとると、その紙に書いてあるであろう文字を読み上げる。その声は悦に入り、弾んでいた。


「『【クルダマオ族復活計画に賛同する者たちへ】この闇オークションはクルダマオ族が復活するための資金集めの足掛かりである。他種族のものを扱って売ることに抵抗がある者がいるのは知っている。しかし、クルダマオ族が復活できると考えれば、そんなことは些細な抵抗に過ぎない。我々は我々以外の種族を利用して這い上がるのだ。再び権利を手に入れるのだ。そのために、多少の苦痛は受け入れねばならない。今まで我々が迫害されていたことよりも、他種族のものを扱う方が苦痛は少ないであろう?』……これってさ、君たちのお仲間に向けて書いたお手紙だよね? つまり、これが意味することは、君たち運営はクルダマオ族なんだろう?」


 会場中が狼狽えていた。視線が様々な場所に行き交っているのが、舞台上からでもはっきり見て取れた。


「皆さん。これは悪質なデマです! 私たちを愚弄しているのです! 盗っ人風情の情報に騙されてはいけない。あなた達は賢い者たちのはずだ!」


「じゃあ聞くけど」


 ラクビースはまるで舞台俳優のように、観客に語りかけていた。


「マイクがないのに、僕の声が会場中に響くのはなぜ? プロジェクターがないのに、壁にモニターが映るのはなぜ? スピーカーが見当たらないのはなぜ? これほどまでに警備が厳重なのに、人間族が作り出した叡智である銃がないのはなぜ?」


 それから、ラクビースは両手を大きく広げた。さらに、先ほどよりも大きな声を張る。


「それはここの運営がクルダマオ族だからだ。クルダマオ族だから、人間族が作り出した科学品を使わない、持たない、利用しない!」


「そんなの全て、お前たちの憶測じゃないか! 事実ではない!」


「だったら、仮面を今ここで外して君の耳を観客に見せてみたらどうだ!」


 ラクビースは広げていた手を納め、自分の仮面にそっと指先を置く。


「僕は取れるよ。だって、僕が今ここに侵入した目的は【正義】のためだからね。悪事を働こうとしているクルダマオ族を暴こうっていう正義の、ね」


 ラクビースは仮面に手を置いたまま、話し続ける。


「あ、でも耳だけ見せるなら、仮面を取る必要はなかったね。耳を隠している長い髪を耳にかけるだけでいい。ほら、見せてみなよ」


 挑発だ。


 ラクビースはもう観客を見ていなかった。胡散臭い司会者だけを見つめ、カッコつけた舞台俳優のように、仮面に置いていた指先をビシッと司会者に向ける。会場の全員が固唾を飲み、司会者を凝視していた。


「あっ、魔術で耳の形を変形させようとしても無駄だからね。僕のリスが君の耳を噛みちぎればすぐに、クルダマオ族特有の耳が——人間族の持つソレよりも横に長くて尖っている耳が現れるはずだよ」


 不意に司会者が「やれっ!」と叫んだ。キヒュームたちを取り囲んでいた護衛の大男三人が一気に詰め寄ってくる。司会者が腰を落とし、ぐにゃりと背中を丸め、顔を覆い隠したのは、大男がキヒュームに掴み掛かろうとするのとほとんど同時だった。


 観客が叫び声を上げる。司会者の仮面がカランッという音を立て、床に転がり落ちた。司会者の鋭く尖った耳とクルダマオ族だけが持っているおでこに刻まれた魔法陣のような入れ墨が顕になる。


 一瞬の沈黙の後、空気が裂けるような悲鳴が響いた。観客は慌てふためき、多くの者が会場の出口を目指し、押し合いへし合いの大乱闘を起こしている。運営がクルダマオ族だとわかり、護衛やスタッフに喧嘩をふっかける者もいた。クルダマオ族を倒してやろうとキヒュームたちのいる舞台上に上がろうとしてる者もいる。


 キヒュームは大男の追撃をなんとかかわしながら、会場の様子を伺う。


 ラクビースのおかげで、狙い通りの騒ぎを起こせた。この騒ぎだ。廃墟の秘密の扉はドリュウルが呼びに行った国の警備隊員たちに暴かれ、この拠点は警備隊員たちに制圧され、そして、クルダマオ族は逮捕されるだろう。ラクビースの機転で、危機が一転、思った通りの展開へと変わった。


 落ちた膝を持ち上げ、司会者が立ち上がる。


「お前ら……よくも……」

 

「丁寧な口調をお忘れになってますよ、クルダマオ族の司会者さん」


 ラクビースはわざとらしく司会者の口調を真似したまま、嘲るように笑った。この時、キヒュームは生まれて初めてクルダマオ族の男の顔を見た。細く尖った耳、この世の全てを蔑んでいるように窪んだ両目に灰色の瞳、精魂尽き果て疲れ切ったような灰色の顔、不吉な紫の唇、そして、おでこにある複雑な円形の模様。まさしく、キヒュームが教科書で見たクルダマオ族の特徴そのものだった。


 司会者と視線がぶつかった。その瞬間、キヒュームの仮面が真っ二つに割れた。キヒュームの顔も、ラクビースの顔も、簡単に曝け出されてしまった。いきなり呼吸がしやすくなる。会場のどよめきを胸深くまで吸い込んだ。


「ほぉ、二人とも随分若いんですね。学生さんたちが正義のヒーローごっこですか? だけど、ざぁんねん。君たちの計画は失敗に終わってしまうんですよ。なぜだかわかりますか? ……簡単な話です。この会場に入った者ども全員に、ここでの出来事は他言できないよう魔術をかけてるからですよ。えぇ、えぇ、言いたいことはわかります。私一人でそんなことができるはずがないって言いたいんですよね? それがね、君たちも知っての通り、ここにいるクルダマオ族は私だけではないんです。ここの運営は全員クルダマオ族なんですよ!」


 司会者は慇懃無礼な態度を取り戻し、薄気味の悪い笑みを浮かべていた。そして、芝居がかった様子で指を鳴らす。


 キヒュームを取り押さえようとしていた大男に加え、上座と下座から大小様々なクルダマオ族がザッと現れ、キヒュームとラクビースを取り囲んだ。キヒュームたちに加勢しようと舞台に這い上がってきた者たちは、司会者の指の音と共に舞台から振り落とされ、戦いの場に残されたのは、キヒュームとラクビース、たったの二人だった。


「君たちが始めた戦闘ですからね、君たち二人がちゃぁーんと、責任を持ってもらわないと。他の者に助けてもらおうなんて、都合のいいこと思っちゃダメですよ?」


 司会者が楽しげに笑う。嘘っぽい乾いた笑い声で背筋にひんやりとしたものが走った。


 仮面をつけたクルダマオ族どもがジリジリとキヒュームとラクビースを追い込む。背中同士がトンっとぶつかった。慌てて、癖のようにラクビースに謝る。背後でラクビースが頷いた気配がした。そして、キヒュームにしか聞こえないような小さな声で囁く。


「なんとかこの場をやり過ごすんだ。この調子だと、ドリュウルさんのことはコイツらにばれていない。彼女の援護を待つんだ。きっと彼女は、警備隊員たちを連れてきてくれる。それまで、なんとか二人で凌ぐんだ」


「あぁ、頑張ろう……、と言いたいところなんだけどさ、情けないことに、俺、武器がないんだ。人間族は魔力を持たない唯一の種族だってこと、君も知ってるだろう? ここには俺の得意な銃もないみたいだし……」


「それなら心配ご無用」


「何をごちゃごちゃ話しているのです。最後の作戦会議ですか? あぁ、あぁ……往生際が悪い。全く美しくない。君たちを次回のオークションで売り捌こうと思いましたが、辞めました。人間族なんて生かしていてもいいことなんて何一つありませんからね。同じ建物にいるという事実だけで反吐が出る。……ですから、ここに乗り込んできたことを後悔しながら——死んでください 」


 司会者が両手を広げるのとほとんど同時に、十数匹のリスたちが、下手からクルダマオ族の足元を縫って、キヒュームたちの元へ突進してくる。彼らの頭の上には銀と黒のハンドガンが乗っていた。


「リスを、リスを止めるんだ!」


「もう、遅いよ」


 司会者がリスたちに気付き、叫んだ時には、リスはキヒュームの下へ辿り着き、掲げ持っていたハンドガンはキヒュームの手中に収まっていた。


「お前、それを、どこで……!」


「自分たちが出品してた物を忘れちゃったの? 出品番号十四番、人間族製のハンドガン、無限銃弾付き。君たちが出品してたんじゃないか」


「それは俺たちの大事な商売道具だ! お前ら人間、ケモタリア風情が勝手に持ち出すな!」


「また丁寧な口調をお忘れになってよ、司会者さん」


 ラクビースは右口角をいやらしく上げ、司会者を煽り立てる。そしてすぐに、キヒュームに問いかけた。


「その銃、使えそうか?」


「おう。ていうか、使えるどころじゃないよ。これ、最新型のマグナムだ。人間族の科学力がこれでもかってくらい詰め込まれてる代物なんだ。小型ながらも圧倒的なパワーと高い命中制度、量子力学を利用したことによりケース容量を増加させ、だからこそ、高速で」


「おい! テメェら、なにごちゃごちゃ話してんだよ!」


 キヒュームの饒舌な熱弁をどうとったのか、司会者が彼の出立ちに似合わない怒鳴り声を上げた。


「舐めた真似しやがって……。許さねぇ。 テメェらは絶対に、許さねぇ!」


 男は両手を前に出して、指を複雑に絡め合わせると、何かを唱え始めた。


 やばい、何かが来る。


 キヒュームが銃を構えた時には遅かった。キヒュームとラクビースの頭上に灰色に澱んだ雲が現れ、稲妻を落とし始めたのだ。


 キヒュームとラクビースは瞬時にその場を離れ、周りにいたクルダマオ族の人だかりに紛れ込む。かろうじて雷をかわせた。


「お前ら! どけっ! お前らがいると狙いが定まらねぇ」


 司会者が地団駄を踏み、激昂する。けれど、クルダマオ族は司会者の命令など聞いてはいなかった。彼らは侵入してきた愚かな敵を捕らえようと、有象無象に乱れ、魔術を乱発しているのだ。


「おい、馬鹿ども! 何やってる! そんな適当に魔術を打っていたら、味方に当たるだろう! ……ほら! 言わんこっちゃない!」


 司会者は苛立ちも焦ったさも隠した様子もなく、仲間である彼らを怒鳴りつけた。答えたのは、キヒュームの服の裾を思いっきり引っ張り拘束しようとしている小柄なクルダマオ族の者だった。


「何故、貴方の言うことを聞かねばならぬのです?」


 月のように静かに煌めく、震えるほど美しい声だった。


「……なに?」


「ねぇ、ゲニーンドル、貴方、何様のつもり? シェイコン様にでもなったおつもりなの? いいえ、違うわね。貴方にその器はない。ならず者を私たちのテリトリーに侵入させてしまった自分の汚名を返上するために躍起になっているだけでしょう? それとも、シェイコン様に気に入られたくて、手柄を独り占めにしようとしてるのかしら。どちらにせよ、下っ端中の下っ端である貴方が私たちに命令する権利はないはずよ」


 キヒュームは話してる隙をついて、女から服を奪還する。しかし、すぐにまた違うクルダマオ族に体を取られてしまう。


「今は味方同士で誰の手柄だとか考えて争ってる場合じゃないだろう? クルダマオ族、全員で力を合わせてこの逆境を乗り切るべきなんだ。四方八方味方だらけの状況で、クズな人間族と間抜けなケモタリア族だけを狙い撃ちにすることがどれだけ難しいか、君だってわかるだろう。力を合わせて、戦うべきなんだよ」


 ゲニーンドルと呼ばれた司会者の男が、説得するように言葉を発する。クルダマオ族に取り押さえられるキヒュームにゲニーンドルの姿は見えなかったが、彼の口調が傲慢なものから、媚びを売るものに変わったことはわかった。


 だけど、今は彼らの様子に気を取られている場合じゃない。この状況をなんとか打開しなくては。


 キヒュームの表情が曇る。


 彼らが一致団結しようがしまいが、このままではいけない。このままここで行動を起こさずじっとしていた先に待つのは、死だ。


 その時、近くのクルダマオ族の男が「イテッ!」という声を発し、飛び上がった。比喩ではなく、本当に舞台の天井に届くくらいジャンプしたのだ。


「キヒュームくん! 銃を!」


 ラクビースの声だ。キヒュームの思考は途絶え、反射的に銃を抜いていた。そして、飛び上がったクルダマオ族の男に——。


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