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第2章 闇オークション(3)



 人と人がギュウギュウに詰め込まれた広間の中に入った今も、その高揚感は消えていなかった。


 キヒュームは、隣に立つ大きなドリュウルの端正な横顔を盗み見る。オークションへの興味、闇オークションなどに参加する者たちへの軽蔑の眼差し、これから起こすことへの不安と興奮……マスク越しには明確にわからないが、長年連れ添ってきたキヒュームには、確かにドリュウルが高揚しているのがわかった。


 そのとき、ラクビースの大きなあくびの音が聞こえた。彼はこの状況で何を考えているのだろう。緊張していないのだろうか。


「あー、あー。テステス。ただいまマイクのテスト中……。みなさま、私の声は聞こえておりますでしょうか」


 騒がしかった広間が一瞬にして静かになる。壁に取り付けられているであろうスピーカーから胡散臭い声が発信される。


「時間となりましたので、これより、オークションを開催させていただきます! 皆さま、前方の舞台をご覧ください! 舞台が見えない後ろの方々は、壁に舞台の様子が映し出されますので、そちらをご覧ください!」


 パンッというライトが付く音と共に、左右の壁上部に舞台の映像がたくさん映し出された。そして、天井からもモニターが降りてくる。そこにもまた舞台の映像が映し出されている。


「そして、皆さま、ご自身のお手元に注目。こちらのリモコンは金額を打ち込むための魔法具となっております」


 キヒュームは手のひらに固い何かがひっついてきた気がした。パッと右手のひらを見ると、小さな電卓のような真っ黒な機械がピッタリと張り付いている。司会者は得意げに続けた。


「今宵も、恐れ多くもたくさんの方々に参加していただきまして、オークションで通常用いられる手札を上げる方式ですと、見落としがあることもございますので、今回も魔法具を用意させていただきました。使い方はとても簡単。落札したい価格を打ち込んでいただきまして、緑色のボタンを押していただけましたら、入札完了、となります」


 会場がざわつき、画期的な魔法具に興奮する人々の熱気が伝わってくる。司会者が手を二度叩いた。パンパンッという小気味いい音がスピーカーを通じて会場の静寂を誘う。


「それでは、時間になりましたので、オークションを開始いたします。みなさま、前方の舞台上、または、モニターに御注目。……まずは通し番号一番、ヴォルペレス産夜光石。十万ゲルカから。はい、二十万ゲルカ。五十万ゲルカ。五十五万ゲルカ。五十五万ゲルカで落札。二番、ハッコオイ族作製の人魚の涙。三十万ゲルカから。いきなり七十万ゲルカ。七十三万ゲルカ——」


「展開、早……」


 ドリュウルの口から驚嘆の声が漏れた。だけど周囲はまるで会場の熱に飲み込まれているかのように上気していて、誰もその声には気が付いていないようだった。


「五番、人間族作製透視スコープ。五万ゲルカから。二十、三十五、三十六……三十六万ゲルカで落札。六番——」


 ラクビースがキヒュームの服の裾を引っ張る。それと同時にリスとは思えない小さな小さな生物がキヒュームの肩に乗っかり、耳元で言葉を囁いた。


「キヒュームくん。今、金庫が開けられているのを確認した。作戦を実行するなら今だ。トイレのふりをして、僕と一緒に、この会場を出てくれ。既に何人かが、トイレに行くために会場を出てるのも確認した。だからトイレに立っても決して不自然じゃないよ」


 ラクビースの声音で喋るリスが、肩からポンッと降りた。その姿は一瞬にして人々の足に紛れ、見えなくなる。


「十一番、クルダマオ族製魔力増強水晶。こちら、百万ゲルカから」


「クルダマオ族製?」


「これはとんでもないお宝だぞ。ああ、さっき落札しなければよかった」


 司会者の淡々と数字を叫ぶ声と、人々のどよめきが入り混じり、押し寄せてくる。ドリュウルの頭が微かに動いた。


 リスと呼ぶには小さすぎる生物がドリュウルにも耳打ちしたのだろう。ケモタリア族の魔力は不思議だ。動物に【音】を覚えさせることができるのだから。


 自分の非力さに、息がぐっと喉に詰まった。


 俺は、何もできない。目の前で闇オークションが繰り広げられているというのに、ただラクビースに従い、動くことしかできないんだ。


 肩が重くなる。重石を乗せられた気分だ。魔力のない自分の無力さに辟易してしまう。人間の科学品はクルダマオ族の魔法に簡単に見抜かれる。故に、この場に持ち込むことができない。でも、魔力は違う。人間族以外の種族が発する魔力は常に微弱に体から出ているという。だから、この場から魔力を排除することはできない。魔力を持っている者は、無力じゃない。ラクビースのように動物を操ることも叶うのだから。


 隣のラクビースがもぞもぞと動き、人ごみを掻き分け始めた。トイレに行くのだ。


「すみません。ちょっと通してください。あー……申し訳ないね。通りますよっと。漏れそうなんでね、申し訳ない」


 ラクビースの声がどんどんと遠くなる。この五分後にキヒュームもここから出る手筈になっている。ドリュウルは顔を動かすこともせず、熱心な様子で壁のモニターを見つめていた。まるで、このオークションに本気で参加しているかのように、だ。


 キヒュームもドリュウルに倣った。周りの者たちに怪しまれてはいけない。息を吸い、吐く。オークションで捌かれる品を真剣に見つめる。生きてきた中で目にしたことがないような珍しい品ばかりだ。ここに出品されている品々は盗品なのだろうか。……きっと、そうなのだろう。キヒュームは司会者の無機質だけれど熱い品紹介を聞き、目を細めてモニターを見続けた。


 真っ赤な布に覆われた大きな大きな物体がポンッとステージのど真ん中に現れる。クルダマオ族の【出現魔法】だと、すぐにわかった。


「二十五番……の、紹介の前に、ここで本日の目玉商品を紹介したいと思います! 今から見せる品は、最後に出品される極上の一品です。それでは、ご覧ください!」


 布が司会者の手によって剥がされると同時に、キヒュームは生ゴミを嗅いだときのように、顔を顰めた。


「こちらの商品は、ハッコオイ族の美しく繊細な少女! 皆様もご存知の通り、ハッコオイ族は水中で泳ぐことが得意なだけではなく、治癒魔法の技術が卓越しております。この少女を落札された方は、自慢の見せ物にするもよし、治癒の道具にするもよし。落札した瞬間から、この少女を自由に使うことができるのです」


 会場がワッ、と歓声で湧く。キヒュームは胸に手を置き、早まる息を整える。手の内が震えた。身体中にゾワゾワとした悪寒が走る。体温が急激に下がったような気がする。


 これは、人身売買か?


 これは普通のオークションじゃない。闇オークションなのだ。その現実を今になって叩きつけられた。このオークションは明らかにおかしい。


 それなのに、なんだ? どうして、ここの連中は嬉しそうに手を叩き、喜びに満ちた声をあげて笑ってるんだ?


 震えも寒気も徐々に強くなる。


 気分が悪い。人身売買なんて、心のある奴がするものじゃない。じゃあ、ここにいる人たちはなんだ? 心のない魔物が何かか? 吐き気がする。寒気がする。でも、目が逸らせない。


 布の中には檻があった。そして、檻の中にはそれはそれは美しく妖艶な女性がぺたんと座っていた。愁を帯びた青い目にはいっぱいの涙が溜まっている。キラキラと艶めく藍色の長い髪が檻の銀色の底につき、かつてこの地球にあったとある国の伝統衣装である着物をワンピースドレス風にアレンジしたものを身に纏っている。青い瞳と髪と眉毛、真っ白な肌、見るからに細く小さい手足……彼女を構成する一つ一つが、彼女の美貌を際立たせていた。


 キヒュームは壁に映し出された映像から目を離すことができなかった。彼女を見つめる。彼女からはキヒュームは見えていない。きっと、誰も見えてはいない……。


 キヒュームは胸に置いた手にギュッと力を込める。


 作戦を実行しよう。そうすれば、彼女も救うことができるはずだ。


 キヒュームはモニターから目を離し、ステージに背を向ける。湧き上がっている会場から出ていくことは不自然だとわかっていたけれど、これ以上この場にいることが耐えられなかったのだ。


 キヒュームは熱気に包まれた会場を出た。廊下はほんのりとひんやりとしている気がした。肺にたっぷり空気を入れる。そして、ふーっと吐き出した。呼吸が楽になる。少し酸欠状態になっていたようだ。そのとき、バタンとキヒュームが開けた方の片扉が閉まった。


 廊下にはあの胡散臭い声だけがスピーカーを通じて響き渡っている。不意に視線を感じた。キヒュームは振り返る。出た時には気が付かなかったが、出入り口には仮面をつけた屈強な二人が仁王立ちで立っていた。その視線に引っ張られるように、キヒュームはぺこりとお辞儀をし、声が震えないように心がけながら、トイレの場所を尋ねる。男は一言も発さずに、入ってきた時とは反対側の通路を指差した。キヒュームは再びお辞儀をすると、二人に背を向けてゆっくりと歩き始める。


 キヒュームは探るように辺りを見回す。扉も窓も一つもない一本道が続いている。秘密の場所なのだからそれは当たり前かも知れないが、照明しかない長い廊下というのは不気味で、歩いていて心地の良いものではなかった。


 しばらく歩くと目の前に壁が見え、道が右に逸れた。キヒュームは歩き続ける。廊下に響く司会者の声を聞くに、オークションは二十九番まで進んでいた。曲がった先の廊下の右手にいくつかの扉があった。その扉の前には必ず二人の屈強な者どもが立っており、厳重に警備されているようだった。


 キヒュームは足を動かし続ける。そして、初めて左手に二つ、扉があるのが確認できた。そこには警備の者は誰も立っていない。一つの扉の中央には赤いドラガンシア族の女性のマークがあり、もう一つの扉には青いハッコオイ族の男性のマークが記されている。どうやらここがトイレのようだ。


 キヒュームは男性用トイレのドアノブに手をかけ、緊張した面持ちで中へと入る。目の前にはどこにでもある普通のトイレの情景が広がっている。なんだよ……と少し、拍子抜けしてしまう。


 ドラガンシア族と大きめのケモタリア族用に用意されたであろう大きな個室と小さいケモタリア族用の小さな個室、人間族とハッコオイ族用の中くらいの個室もしっかりと用意されている。そして、古来の人間が使っていたとされる小便器も三つほど備え付けられていた。


 キヒュームの視線がケモタリア族用の小さな個室に向けられる。個室の扉は固く閉ざされていた。


 キヒュームは無言で人間族用の個室へ入り込む。ズボンを脱ぐことなく便器の上に座ると、小さなリスがキヒュームの肩へと軽い足取りで登ってきた。


「全て計画通りに進んでるよ」


 キヒュームは腕を組み、大袈裟に頷いてみせた。


「ここに来るまでの途中の道に、いくつか扉があったでしょう? 角を曲がって一番最初にあった扉がステージの裏側だよ。そのほかの扉は彼らの作戦部屋だったり、クルダマオ族らの寝床だったりするけど、今は関係ないから無視してくれて大丈夫」


 キヒュームは再び頷いてみせた。聴いているという合図だ。小リスにそんな合図を送る意味があるのかわからなかったが、ラクビースの遣いであるリスを道具として扱うのではなく、生き物として扱いたかったのだ。


 まるで道具のように売り物にされるハッコオイ族の少女。生きとし生けるものをあんな風に扱いたくはない。


「ステージ裏に入り込む」


 小リスの一言に、キヒュームは組んでいた腕を解く。真剣に聞いていることをアピールしたかった。


「まずは警備に立っている男たちを僕が持っている睡眠導入剤て眠らせる。リス以外に試したことはないが、おそらくちゃんと効いてくれると思う。警備隊員たちが眠ったら、キヒュームくんが煙玉を使って奇襲をかけるんだ」


 腰にかけていたウエストポーチに手を重ねる。この中に煙玉がある。失敗は許されない。不意に、もう片方の手のひらにあるクルダマオ族の魔具が熱を持った気がした。


「そして、そのあとは僕がリスを使って好きに暴れる。時間を稼いでおく。その隙にキヒュームくんが金庫を確保して、ドリュウルさんがブランダミグマ警備隊をこの秘密の場所に導き入れる。どう? 完璧な計画でしょ?」


 小リスの声はどこか自重気味に聞こえたのは勘違いじゃないだろう。ラクビースの家で作戦を聞いていた時、ラクビースは何度も何度も、もう少し時間があれば、とか、もう少し証拠が集められてればもっと味方を集められたのに、とか、小言を漏らしていたのを思い出す。


「ごめんね、君たちをこんなことに巻き込んで」


 小さな小さな謝罪が、小リスの口からこぼれた。


「本当にごめん」


 謝罪の後に、吐息くらいの細い細い謝罪の声が続いた。キヒュームは首を振る。首を振ってもラクビースには届かないことくらい分かっていながら首を振る。ラクビースがキヒュームたちの見えぬところで深く後悔し、反省しているのを知っていたからだ。


 キヒュームは作戦会議の後、ラクビースの家にスクールバッグを忘れていることに気がつき、取りに行ったときの光景を思い出す。


「僕が悪いんだ。僕はその……調子に乗りやすいところがある。本当はもっと入念に準備をして、多くの味方をつけてから動くべきだった。そうするべきだったんだ」


 ラクビースの家の扉を開けた瞬間、ラクビースの切なげな声がキヒュームの耳に届いた。


「それなのに、僕はあの店主に喧嘩をふっかけて、それで……。うん。さっきまでは本当に上手くいくって確信を持ってたんだよ。だけど、考えれば考えるほど、僕の作戦は……杜撰だ」


 杜撰だと分かっているのなら、実行の日時を伸ばせばいいのに、と頭によぎったが、窃盗犯に仕立てられてしまった以上、そういうことを言っている場合ではないことはわかっていた。


「そうだよね。やると決めたんだ。決めたからには、成功させなくちゃ。ラクビースくんにもドリュウルさんにも立つ瀬がない」


 そこまで立ち聞きして、キヒュームはそっとラクビースの家の扉を閉めた。スクールバッグは明日取りに来ればいい。この作戦を成功させて、それで、この家に忘れたスクールバッグを手に英雄として学園に通うのだ。そっちの方が、キヒュームにもラクビースも、都合がいいだろうと思った。


「さて、これで最終確認はおしまいだ。準備ができたらリスに……つまり、今喋ってるリスに僕のトイレの個室に向かうよう指示してくれ。彼を床に下ろすだけで大丈夫だ。僕が先に個室から出る。出た気配を感じたら、キヒュームくんも個室から出てくれ」


 キヒュームは深く頷き、両手でリスを包み込む。包み込んだ両手に口をつけて小声でありがとうと伝えてから、床に下ろした。


 程なくしてトイレの水が流れる音がした後、個室の扉が開く音がした。キヒュームもそれに倣う。ラクビースが緊張した面持ちで、キヒュームに目線だけで合図を送る。


 そこからは恐ろしいほど順調だった。トイレを出て、真っ先にステージ裏に続く両扉へ向かう。ラクビースが開発した睡眠導入剤……極小の針を持った小リスたちが目にも見えぬ速さで守衛の首筋まで登り、それを刺す。キヒュームには作戦を実行している小リスたちの姿は見えなかったが、守衛は確かに目の前でばたりと倒れた。規則正しく寝息を立てている。


「……すごい」


 口にしてからハッと口を押さえる。余計なことを言ってはいけないとラクビースに再三注意されたのだ。しかし、ラクビースは特に気にした様子もなく、慎重に重厚そうな扉を開いた。


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