依頼
その日のマイアミの夜。
ラリー・ウェスティンは帰路に着いている所であった。
暢気に暗い夜道を歩む彼は海外で行った仕事が上手く成功と言う形で終わり、150万ドルと言う多額の報酬を得た事で気分も最高と言える程に良かった。
そんな最高の気分と共に夜道を進んで行くと、自宅に隣接するナイトクラブが騒がしい程に賑わい、ナイトクラブに入ろうとするパリピ達で出来た長蛇の列が見えて来る。
暇を持て余したパリピ達に「ちょっとごめんよ」と、愛想良くしながら掻き分けたラリーはパリピ達が寄り掛かっていたトタン扉の前に立った瞬間。
ラリーの最高の気分は一気に消し飛んでしまった。
何で施錠してたのに鍵が開いてる?
直ぐに腰に手を伸ばしたラリーは感覚を研ぎ澄ませ、扉の向こうに誰も居ない。
そう判断すると、静かにトタン扉を開けて足音を立てる事無く中へと入り、腰に差していた拳銃……SIG P228を抜いて周囲を警戒していく。
トタン扉の向こうはたった1つを除いて見慣れた風景で、敵の気配は一切無かった。
そんな風景に含まれる自分の愛車とも言えるオンボロのカマロへと赴くと、ラリーはフロントガラスにワイパーで固定された1枚の紙を手に取った。
「撃たないでくれ。仕事の依頼をしたい。勝手ながら中で待たせて貰っている……ね」
文面を静かに読み上げると、ラリーはSIG P228を手にゆっくりと自宅である2階へ登る階段へ赴いて登っていく。
そうして程なくして登り終えると、扉を開けて中へと入った。
「やぁ!ラリー!久しぶりだな!」
ラリーが入るなり、フレンドリーに語り掛けて来たのはスリーピースに身を包んだ柔和な雰囲気の老紳士であった。
そんな老紳士に対し、ラリーは警戒心の籠った視線を向けると、老紳士は困った様子で告げる。
「ラリー。私を警戒する気持ちは解るが、メモは見ただろう?私は君に仕事を依頼しに来たんだ」
告げられた言葉に対し、ラリーは吐き捨てる様にして返した。
「アンタの優秀な手下にやらせろよ」
辛辣に返すラリーに老紳士は飄々としながらも残念そうな様子で答えた。
「出来る事ならそうしたかった。だが、この件は君の様な特に優秀なプロじゃなければ無理。そう判断せざる得なくてね……」
そんな老紳士にラリーはまたも吐き捨てる様に返した。
「30年近くもFBIの10大最重要指名手配犯してる世界的な大物様の言葉とは思えねぇな」
老紳士はFBIが最も逮捕。または、殺害したい大物犯罪者であった。
そんな老紳士は涼しい顔で返した。
「FBIは無能だ。その証拠に私はこうしてアメリカの土を踏み、君の目の前に現れても踏み込んでこないのが良い証左と言える」
皮肉と嫌味タップリに宣う老紳士にラリーはハッキリと告げる。
「悪いが、俺は仕事を1つ終わらせたばかりで非常に疲れてる」
「東南アジアでの仕事は聞いたよ。誘拐されたタイの大物政治家の娘を救出したばかりか、誘拐したチャイニーズマフィアの幹部の息子を誘拐して 身代金を逆に奪い取った手腕は実に見事だ」
ラリーが完璧に成功させた仕事に対し老紳士は賞賛すると、仕事の報酬を切り出して来た。
「そんな素晴らしい手腕を持った君に支払う報酬は、君の言い値で良い。現金でも暗号通貨でも好きに選んでくれ」
白紙の小切手を切るかの如く老紳士は告げる。
だが、それでもラリーに引き受ける気は起きなかった。
「悪いが興味無い」
「なら、君が私に作った幾つかの借りを全て水に流す。そう言ったらどうだね?」
ラリーは過去に老紳士に大きな借りを複数作っていた。
その借りを全て清算する。
そう告げられると、ラリーは話だけでも聞く事にした。
「どう言う仕事だ」
「君は異世界と言うモノを信じるかね?」
突拍子もなく荒唐無稽過ぎる事を尋ねられると、ラリーは「何言ってんだコイツ?」そう言わんばかりの視線を向けると共に呆れ混じりに尋ねる。
「日本のアニメの話か?そういや、先週見たスターゲイトにアンタを若くしたような俳優が出てたな……アンタの身内か?」
「私も映画は好きだ。だが、現実の話だ。後、私に兄弟は居ない」
「友達も居ないだろ」
ラリーが皮肉を込めた茶々を入れると、老紳士は気にする事無く話を続けた。
「先日、数少ない私の大事な友人が珍しく私を頼って来た。曰く、異世界にて召喚された勇者達を殺害して欲しいとね……」
またも荒唐無稽過ぎる内容にラリーは益々呆れてしまった。
余りにも呆れたからだろう。
ラリーは思わず無礼千万極まりない質問を投げてしまった
「なぁ、無礼を承知で聞くんだが……アンタ、ヤクでもキメてんのか?」
そんなラリーを気にせず、老紳士は仕事内容を告げる。
「確かに私は阿片窟が好きだが、生憎と今は素面で君の目の前に居る。話を続けよう……君には異世界に赴いて貰い、召喚された34名の勇者達を殺害して欲しい」
改めて仕事内容を告げられると、ラリーはゲンナリした様子で拒否した。
「他を当たれ」
「そうもいかないのです」
女の声がした。
ラリーはP228を手に周囲を見廻すと、老紳士の後ろから若い女が突然現れた。
突如。視線の先に居る老紳士の背後の虚空からスッと現れた女の姿にラリーは心の底から驚くと、老紳士は告げる。
「紹介しよう。彼女が本来の依頼人だ……」
「初めまして、Mr.ラリー……私の事はジェーンとお呼び下さい」
挨拶と共に自己紹介されると、ラリーは困惑しながら間抜けな問いを投げてしまった。
「何処から現れた?アンタの方をずっと見てたが、隠れてる奴は居なかった筈だよな?どうなってんだ?」
信じられない気持ちでいっぱいのラリーにジェーンと名乗った彼女は柔和な笑みと共に告げる。
「此方のブルー氏より、貴方の経歴や腕前は聞いております」
告げられた言葉を他所に深呼吸をして落ち着いたラリーは、彼女からブルーと呼ばれた老紳士に尋ねる。
「何で俺なんだ?他にも若くて腕の良いのは居るだろ?」
「先ず第一に、向こうはアジア系よりも白人の方がとても多いそうだ。まぁ、日本のファンタジーアニメやロード・オブ・ザ・リングの世界みたいにエルフや亜人。それに獣人と呼ばれる者達も沢山居るそうだがね……」
その異世界の人種割合的に白人ならば目立たない。
身も蓋もないとしか言いようがない理由を告げると、ブルーは次の理由を告げる。
「次に君は工作員として一流の腕を未だに持ち続けている。3つ目は、君は仕事として潜入先に対して裏切り行為はしても依頼人を決して裏切らない。私から見ても実力も含めて信用出来る貴重で優秀な人材だからだ」
「秘密を墓の下まで隠し通せる男もそうは居ない」そう締め括ったブルーに対し、ラリーはこそばゆい思いをしながらも問うた。
「アンタから褒められるとは思わなかった。さて、アンタ等の話が事実だとしよう……全員を殺すだけなら、殺すしか能の無いアンジーとカイビル滲みた愉快な兵隊共か、ドンパチ大好きなビリーを送れば済むだろ?ビリーなら丁度、ひと仕事終えたばかりだから誘ったら来るぞ」
今この場に居らぬアンジーとビリーなる人物を挙げると共に依頼内容に疑問を持ったラリーが問えば、ブルーはさも当然の様に告げる。
「アンジーは君が盛大に怒らせたチャイニーズマフィアから君を殺せと依頼され、喜んで引き受けた。だから、私が殺した。勿論、奴が率いてるワイルドバンチみたいな連中も含めてな……ビリーに関しては……」
バツの悪そうな面持ちで言い淀むブルーに対し、ラリーは面倒臭そうな様子で「さっさと言えや」そう漏らしてしまう。
そんな声が聞こえてくれば、ブルーは正直にビリーなる人物を選ばなかった理由を答えた。
「彼とは些細な行き違いから喧嘩別れをしてしまってね……最後に会った時、私は撃たれ、生死の境を彷徨った」
ブルーから告げられると、ラリーは皮肉混じりに尋ねた。
「アンタに礼を言った方が良いか?後、ビリーに関しては概ね、アンタが悪いんだろ?」
「私に感謝するなら、是非とも引き受けて欲しいものだ。後、ビリーに関してはノーコメントとさせて貰おう」
「なら、礼は言わないでおく」
その言葉から依頼を拒否する意思を察すると、ブルーは目の前にあるテーブルに乗せた大きなマニラ封筒を差し出しながら告げる。
「一応、仕事に関する資料は置いておく。気が向いたら読んでくれると助かる」
「持って帰れ。俺は仕事を引き受ける気は無い」
ラリーは改めて拒否した。
だが、ブルーはラリーを気にする事無くテーブルに置いていたソフト帽を手に取ると、ゆっくりと立ち上がって手にしていたソフト帽を被った。
そして、優雅に歩みを進めていく。
しかし、出入口の前で足を止めると、振り向いて尋ねて来た。
「おっと忘れる所だった。前から聞きたかったんだが、君は何でこんな犬小屋よりも酷いあばら家に住んでるんだ?君の稼ぎなら此処よりもっと良い、静かな所に住めるだろう?」
ブルーの好奇心に満ちた問いに対し、ラリーは面倒臭そうにしながらも正直に答えた。
「家賃が安いんだ」
「幾らだね?」
「200ドル」
「成る程。では、また明日」
納得すると、ブルーは今度こそ立ち去った。
残されたラリーがジェーンの方を向くと、彼女の姿は既に無かった。
完全に独り残されたラリーはテーブルに放置されたマニラ封筒を一瞥すると、大きな溜息を漏らしてしまう。
溜息を漏らしたラリーはブルーが今まで座っていたソファーに座ると、好奇心に負けた事を自覚しながらテーブルの封筒に手を伸ばした。
そして、封を開けて中に収められていた書類に目を通していくのであった。
数分後。
書類を一通り目を通すと、ラリーはゲンナリとした様子で思った事をそのままボヤいてしまった。
「強盗にレイプ。民間人虐殺……見事にダーイシュ共の同類だな。いや、国家を1つ掌握してるからアルカイダと言うべきか?こんな連中を相手にしようと思う奴が居たら、救いようのないアホだな」
書類に記された内容は、勇者達が異世界で行った多数の悪行の記録と言っても過言ではなかった。
その記録の中には証拠写真が多数含まれていた。
御丁寧にも、その証拠写真は昨今流行りのAIによって作られたフェイクと言う疑いを消し飛ばすかの如く。昔ながらのフィルム式と言う形で……
そんな悪行の記録にゲンナリすると共に一杯やりたくなって冷蔵庫へ赴くと、再び彼女の声がした。
「それこそが勇者達を殺害して欲しい理由であり、貴方の言うアホを求める理由でもあります」
顔を上げると、テーブルの向こうに姿が無かったジェーンの姿があった。
そんな彼女にラリーは尋ねる。
「あー……何か飲むか?」
「では、コーヒーを」
答えられると、ラリーはキッチンスペースに赴いてお湯を沸かし始めた。
数分後。
温かいコーヒーを1杯淹れたラリーはジェーンに振る舞うと、自分は冷えたビールを一口飲んでから確認する。
「この書類の内容は事実なのか?」
「残念ながら」
否定して欲しい事ほど肯定される。
特に、こうした非道極まりない悪行ならば尚更だ。
そんな気分を久し振りに感じていたラリーは、ジェーンに次の問いを投げた。
「日本のアニメとかだと、アンタは異世界の神様だったりするんだろうな……」
「おや、貴方はクリスチャンなのでは?」
意外そうに聞かれると、ラリーは茶目っ気を込めて返した。
「一応、クリスチャンではあるさ。教会には行ってないがな」
「先程の私が異世界に於ける神なのか?コレに関しては否定も肯定もしません」
ジェーンの曖昧な答えにラリーはシニカルに皮肉をぶつけた。
「テルアビブの殺し屋共みてぇな言い草だな。まぁ、俺はアンタが何者なのか?興味は無い。だが……」
そんな皮肉をぶつけると、ラリーは真剣な眼差しを向けて問う。
「アンタの依頼の真意を知りたい」
「真意ですか?」
「あぁ、本音を聞かせてくれ」
「ですから、勇者達の非道を……」
改めて理由を答えようとすると、ラリーはソレを遮る様に問うた。
「アンタの言う異世界では独裁と戦争。それに民間人虐殺やレイプは勇者達が居ない時は起きてなかったのか?」
嫌味をタップリ込めた問いに対し、ジェーンは正直に答える。
「残念ながら起きています」
「だろうな。つまり、この記録通りならダーイシュやアルカイダの同類みてぇな標的達が行っている事も世界や神から見れば、ありふれた日常の1つでしかない訳だ」
1つの事実として皮肉を込めて指摘すると、ラリーは疑問を挙げていく。
「それなのに勇者達だけは例外として扱うっていうのは実に奇妙な話だ。それに連中を皆殺しにするだけで済む程度の話だったら、アンタがアンタの手下に皆殺しを命じれば良いだけの話でもある。だが、アンタは何故か手をこまねき、更にあのジジイを介し、俺みたいな奴に頼ろうとしている点は実に不可解と言っても良い」
そうして疑問をつらつらと挙げたラリーが「まぁ、汚れ仕事を外注して丸投げするってのは何処もやってる事だから、俺の考え過ぎなだけかもしれんけどな」そう締め括ると、ジェーンはコーヒーを一口飲んでから口を開いた。
「貴方はあの方の仰っていた通りの御仁なのですね……ほんの僅かな遣り取りで其処まで見透かせる程に頭がキレる」
「無駄に長生きしてるだけだ。で?真意か本音を答える気はあるのか?」
ラリーが改めて問う。
だが、ジェーンが答える事は無かった。
「残念ながら答えられません」
ジェーンの答えにラリーは辟易としながらも気にした様子も無く「だと思った」そう返すと、依頼を受ける者として告げる。
「依頼をするって言うなら、雇う相手を信頼して欲しい。後、戦術支援は絶対にケチるな……雇う相手に成功して欲しいんなら、尚更だ」
その答えの含む意味を察したのだろう。
ジェーンはラリーに確認する様に尋ねる。
「引き受けてくれるのですね?」
「引き受けるとは言ってない。先ずは標的達に対しての事実調査を含めた現地偵察をさせろ……で、偵察をしてみて出来るか?出来ないか?ソレの判断を下したい」
一流の専門家として告げると、ジェーンは承諾してくれた。
「解りました。貴方の判断に委ねましょう」
「出来ないと判断せざる得なかった場合は他を当たって欲しい。その際、俺が偵察した際に作った調査記録も提出するから他に依頼する時に使ってくれ」
出来ない。そう判断した際の事をラリーが真摯に告げると、ジェーンは問う。
「出来ると判断した時は?」
「その際は必要な物資と人材を揃え、制式に仕事を進める準備をする。だが、其れ等を揃え終えるまでに時間が掛からざる得ない事は考慮して貰いたい」
専門家としてラリーが告げると、ジェーンは申し訳無さそうに返した。
「申し訳無いのですが、貴方独りで依頼を完遂して戴きたいのです」
ジェーンの言葉に対し、ラリーは正気を疑う様に反論してしまう。
「バカ言わんでくれ。お宅が提供してくれた資料が正しいなら、連中は国家を1つ掌握してる。つまり、正規軍を丸々1つ好きに使える状態って事だ。それは場合によっては正規軍を相手取る事にもなるって事でもあるのを意味している。それなのに俺独りでやれ?アンタ、本当に依頼を完遂して貰いたいのか?」
ラリーが矢継ぎ早に反論すれば、ジェーンは出来ない事情を答えた。
「この世界から向こうへ送る為のリソースを割くのが難しい。そう言わざる得ない現状なのです。その為、送れる人材は貴方独りだけなのです」
ジェーンが事情を答えれば、嫌な予感を感じ取ったラリーは確信を抱きながら問うた。
「まさか、俺が偵察しに行った時に帰還させないで仕事をやらせるつもりだったのか?」
その問いに対し、ジェーンが答える事はなかった。
だが、その代わりに。
とある人物の名を挙げて来た。
「ソフィア・レオニドヴナ・ロストヴァ」
ジェーンが手札を1枚切る様にして東欧系であろう女性の名前をフルネームで挙げた瞬間。
責める様な目を向けていたラリーの様子が変わった。
「久し振りに聞く名前だな」
「その彼女の身内。厳密に言うならば、彼女の娘が召喚された34名の勇者達の中に含まれています」
その言葉にラリーが沈黙すると、ジェーンは追い討ちを掛ける様にして言葉を続ける。
「貴方が引き受けないのであれば、私は他の方に依頼を持ち込んで貴方の言うアホを捜します。しかし、貴方が引き受けてくれるならば、彼女を標的リストから外すのも吝かではありません」
ジェーンが告げれば、ラリーはビールを一口飲んでから沈黙を保ったまま考え始める。
そんなラリーを畳み掛ける様にジェーンは更に言葉を続けた。
「私にすれば、件の彼女が死んでも別に構わないのです。貴方が引き受けなくても別の方に依頼をすれば良いのも含めて……」
ジェーンから告げられると、ラリーは残ったビールを飲み干してから答えた。
「1週間くれ。聞いていたと思うが、俺は仕事を終えたばかりだ。先ずは休ませて欲しい」
「今から72時間の猶予を与えます。それまでにどうするか?決めて下さい。願わくば、良い返事が貰える事を期待致します」
そう告げると、ジェーンの姿が消えた。
独り残されたラリーは立ち上がると、再び冷蔵庫に赴いた。
そして、中からもう1本のビールを取ると、栓を抜いて静かに呷る。
そうしてボトルを半分ほど空けると、ラリーはボヤきを漏らすのであった。
「どうやら俺は救いようのないアホみたいだな」
海外ドラマ好きの人なら何か名前とかで色々と察するだろうが気にすんな←
とりま、ブルーの声が大塚芳忠さんで脳内再生されたらとても嬉しく思う(芳忠さんの吹き替えメッチャ好きやねん




