第三話 ださい
「……っ、メアリー様とレベッカ様。御機嫌よう」
クレハ嬢はベンチの前に立った女性たちへと、挨拶を口にした。その声色は冷たい。お互い名前を知っていることから知り合いのようだが、友好的な関係とは言い難いようだ。
「奇遇ですわね? 学園がお休みの日に、町中でお会いするなんて……」
「そうですわね! この様な所で何をしていらっしゃるの? 私たちは、婚約者たちとお出掛けしているの!」
会話から察するに、如何やら女性たちは学園の同級生のようである。同級生たちはそれぞれ、男性を連れている。つまり向こうもデート中のようだ。同級生たちは見下すようにクレハ嬢を見た。何故、その様な目でクレハ嬢を見るのか理由は分からないが、嫌な視線である。分厚い伊達メガネを押し上げた。
「……私が何時何処で何をしようとあなた方に関係ありません」
「まあ、怖い! そんな態度だから、クレハ様は婚約者に愛想が尽かされているのですよ?」
クレハ嬢の言葉に、一人が衝撃的なことを口にした。
「……っ」
俺は思わず息をのむ。
確かに仕事ばかりで婚約者である彼女とは中々、時間を作ることができていなかった。俺の仕事と彼女が未だ学生であることを考慮し、極力外でのデートはしたことがない。何方かの屋敷でお茶会をするぐらいだった。俺と彼女の立場を考慮してのことだったが、それが周囲の人々からは不仲だと思われていたようだ。
正直な話、周囲からの反応など気にしない。だが、それは俺に関することだ。可愛い婚約者であるクレハ嬢が的にされるというならば俺は黙っている訳にはいかない。
「私の婚約者様は! とてもお優しく、私のことを気にかけてくれています! そのような根も葉もない噂を信じるなど、愚かとしか言いようがありませんわ!」
俺はクレハ嬢にかけられた悪評を撤回させようと口を開こうとした。するとクレハ嬢が、勢い良く立ち上がる。そして俺たちの不仲説を否定した。初めて聞く、クレハ嬢の強い口調に少し驚く。
「なっ!?」
「まぁ?!」
クレハ嬢の同級生たちは、思わぬ反論に顔を顰めた。
「クラウス様、此処は空気が悪いですね。行きましょう」
「あ、嗚呼……」
俺へと振り向くと、クレハ嬢は手を差し出した。先程とは違い柔らかい口調と雰囲気は、いつものクレハ嬢である。俺は提案されるまま、クレハ嬢の手を掴んだ。
「あら? もしかして、その方が『婚約者』ですか?」
「まさか! でも、手を繋いでいるってことは『婚約者』ですわよね?」
先程の反論に懲りていないようだ。同級生たちは下卑た笑みを浮かべ、俺を見る。基本的に婚約者がいる者が異性と親しくするのはマナー違反だ。同級生たちは確証があって、俺たちの関係を意図的に質問している。
「そうでしたら、何か?」
俺の代わりにクレハ嬢が、同級生たちへと振り向く。
「いえ……。クレハ様の『婚約者』は年上とお聞きしていたので、第三騎士団長の様な方かと思っておしましたの……」
「そうですわ。頭脳明晰で剣技や魔法の技術も超一流! そして美しい美貌の持ち主だという、アジェルト公爵令息様のようかと……」
同級生たちは号外記事を手にしながら、酔いしれるように語る。
「……それは、貴女方の勝手です。私の『婚約者』様には関係ありません」
手をつないでいるクレハ嬢の手に力が入る。相当、彼女の気分を害しているようだ。
「いえいえ……。その……『お似合い』だと思いまして……ねえ?」
「ええ、大変『お似合い』ですわ……ださい者同士で!」
同級生たちは、俺を見ながら目配せをしながら笑い始めた。婚約者である男性たちも、馬鹿にしたように笑みを浮かべる。
「……君たち……」
俺は立ち上がると、一歩前に足を踏み出した。俺のことを笑うのは良い。だが可愛い婚約者を笑うのは駄目だ。少し灸を据えよう。
「……っ! クラウス様! 行きましょう!」
「う!? えっ……クレハ嬢!?」
握った右手を強く引かれ、俺は間抜けな声と共にその場を後にした。




