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この見合いなんとしてでも阻止します  作者: hayama_25


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第8話

車の中。社長と二人きり。密室。気まずい。


助手席に座らされたときから、ずっと心臓の音がうるさい。


後部座席に座るつもりだった。


でも、彼は当然のように助手席のドアを開けた。


まるで、私がそこに座るのが当然だと言わんばかりに。


そして、心の準備もないまま、彼の隣に座ることになった。


ベルトをつけようとしたら、彼が手を伸ばしてきて、カチリと留めてくれた。


その一瞬、彼の指先が私の肩に触れた。


近すぎる。けれど、嫌じゃなかった。

むしろ、心臓がうるさいくらいに鳴っていた。


彼に気づかれないように、必死で平静を装った。


彼との距離が近すぎて、息をするのも気を使ってしまう。


それなのに、彼は何も気にしていないように、穏やかな顔で運転している。


その余裕が、少しだけ悔しかった。


私だけが勝手に緊張して、勝手に意識して、勝手に揺れている。


そんな自分が、嫌だった。


車内は静かだった。

お互い無言で、ただ時間だけが流れていた。


高級車だけあって、座り心地は良かった。

けれど、心は落ち着かなかった。


肩には彼がかけてくれたジャケット。


洗って返すべきかと考えたが、そんなことをしたらまた会う口実を作ってしまう。


社長とはもう会わないと、さっき誓ったばかりなのに。


誰かに期待することは、全部無意味で。

そもそも、私は幸せになっていい人間じゃない。


そう思っていたのに─────


そのとき、車が急ブレーキで止まった。


信号無視した自転車が突然飛び出してきて、車が急停止した。


驚いて前のめりになった私を、彼の腕が庇うように伸びてきた。


たくましい腕が、私の胸の前でしっかりと支えてくれた。


その瞬間、守られていると感じた。

誰かに守られるなんて、あの日から一度も…。


「ごめんね。びっくりしたよね。どこか怪我したところはない?」


悪いのは自転車なのに、彼は私を気遣ってくれる。


その優しさが、また胸を締めつける。


「…大丈夫」


声が少しだけ震えた。

彼の腕の温もりが、まだ残っていた。


その温もりが、私の中に静かに染み込んでいく。


拒絶する理由を、必死に探した。


「良かった」


彼は、ほっとしたように笑った。

その笑顔が、眩しくて、目を逸らした。


「ところで、どうしてさっきからタメ口なわけ?」


本当は、ただ聞きたかっただけじゃない。

この気持ちを、少しでも誤魔化したかった。


彼との距離が近づいていくことに、ブレーキをかけたかった。


でも、声に出した瞬間、後悔した。


まるで、彼の優しさを拒絶するような言い方になってしまったから。


本当は、そうすることが正解なのに。


「バレたか」


彼は笑いながらそう言った。


その笑顔が、あまりにも無防備で、私の心の中に、またひとつ波紋を広げた。


「隠す気なんてさらさらなかったくせに」


思わずそう返してしまった。


彼の態度が、あまりにも堂々としていて、私の警戒心を簡単に崩してくるから。


「だって、俺の方が年上でしょ?それなのに敬語使うのはおかしくない?」


彼の言葉には、壁を壊す力がある。


私が築いてきた“誰にも踏み込ませない”という壁を、彼は簡単に越えてくる。


「どうして年齢を、」


戸惑いが声に出た。

彼が私の年齢を知っていることに驚いた。


私は、お見合い相手が社長ということすら知らなかったのに。


「それぐらいは知ってるよ」


彼はさらりと言った。


…それもそうか。


普通はお見合い相手の容姿や名前、年齢ぐらいは知っているはずだ。


知らなかった私の方がおかしい。


「俺のこと名前で呼んでくれない?」


その言葉が、あまりにも距離を縮めるもので、思わず息を呑んだ。


名前で呼ぶなんて、近すぎる。


それを許してしまったら、もう戻れなくなる気がした。


彼との距離が、どんどん近づいていく。

それが怖かった。


名前を呼ぶことで、彼との関係が“特別”になってしまう気がして。


私は、彼にとって特別な存在になってはいけない。


「…嫌よ」


拒絶するしかなかった。


これ以上、彼に踏み込まれたら、私はきっと壊れてしまう。


だから、突き放すしかなかった。


「そっか、」


彼の横顔が、少しだけ悲しそうだった。

その表情に、胸が痛んだ。


それなのに、何も言えなかった。

謝ることも、言い直すこともできなかった。


名前なんて、私たちの関係には必要ない。

今日でもう終わる関係なのだから。


そう言い聞かせながら、ジャケットの裾を握りしめた。


車が静かに止まった。

私の家の前だった。


エンジンの音が消え、車内に静寂が戻る。


その瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。


この静けさが、終わりを告げているようで怖かった。


まるで、夢から覚める直前のような感覚。

現実が、すぐそこまで迫っている。


いつの間に、こんなにも時間が経っていたのだろう。


窓の外には、見慣れた街灯と、見慣れた玄関。

でも、今はどこか違って見えた。


彼と過ごしたこの時間が、私の世界を少しだけ変えてしまったから。


ほんの少しだけ、色がついてしまったから。


このまま別れを告げたら、もう────



「俺のことが嫌いじゃないのなら、また会ってくれませんか?」

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