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この見合いなんとしてでも阻止します  作者: hayama_25


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第6話

「ちょ、ちょっと待って。どこに行くつもり?」


思わず声が出た。


どこへ向かっているのかも分からない。


彼の沈黙が怖くて、足元がふらつく。


まるで、現実から引き離されていくような感覚。


自分が何を言ったのか、何をしてしまったのか、今さらながら怖くなってきた。


「ワンナイトならいいんでしょ?」


彼の言葉が、まるで鏡のように私の嘘を映し返してきた。


自分で言ったはずなのに、彼の口から聞くと胸が痛む。


「っ、まさか」


声が震えた。


彼が本当にそのつもりだったらどうしよう。


そんなこと望んでいないのに。

私の強がりで、そして社長を傷つけるためについた嘘なのに。


心臓が早鐘のように鳴る。

彼の表情が見えないのが怖い。


何を考えているのか、何を感じているのか、知りたいのに聞けない。


社長が突然立ち止まった。

その動きに、私は思わず足を止めた。


「俺のことを軽く見ないで」


その言葉が、まるで雷のように落ちてきた。


静かで、でも確かな怒りが込められていた。

私の言葉が、彼の誠実さを踏みにじったのだ。


「怒ってる…?」


震える声で問いかけるしかなかった。


「怒ってるよ。俺のことを軽く見るのも、自分のことを軽く見せるのもやめて」


…そうか。


彼が本当に怒っていたのは、私が彼を軽く見たことよりも、私自身を軽んじていることに気づいていたから。


そんなふうに自分を粗末に扱っていたら、誰かに本当に大切にされることも、自分自身を愛することも、きっとできなくなる。


彼はそれを分かっていた。

だから、私に分からせようとした。


自分が悪者になってでも。


そんなことまで言われて、私のために思うなんて。


「…余計なお世話よ」


それでも、私は強がるしかなかった。

そう言うと社長は少し呆れたように笑った。


その笑みが、あまりにも優しくて、胸が痛んだ。


そして、スーツのジャケットを私の肩にかけた。


彼の体温が、ジャケット越しに伝わってくる。


まるで、私の心の冷えを温めてくれるようだった。


こんなにも優しくされる資格なんて、私にはないのに。


「いらない」


肩にかけられたジャケットが、まるで彼の気持ちそのもののようで、重たく感じた。


優しさを受け取るのが怖かった。


それを受け入れてしまえば、もう強がれなくなる気がして。


だから、思わず手を伸ばしてジャケットを外そうとした。


拒絶することで、自分を守ろうとした。


でも本当は、その温もりが少しだけ嬉しかった。


「いいから。夜は冷えるよ」


私がジャケットを取ろうとしたその瞬間、彼の手が私の手を優しく制した。


「…ありがとう」


絞り出すように呟いた。


「さっきは強く引っ張ってごめん。痛かった?」


その言葉に、思わず顔を上げた。彼の目が、優しく揺れていた。


痛かったのは、手じゃない。

けれど、それを言う勇気はなかった。


「謝るぐらいなら最初からしないでもらえる?」


こんな生意気な女、早く嫌いになってよ。

心の中でそう願った。


あなたを傷つけるたびに、それ以上に私が傷ついてる。


父には逆らえない。それが現実。


どれだけ抵抗しようと、結果はいつも同じ。


私の人生は、ずっと誰かの意志に縛られてきた。


それなのに、あなたの言葉が真っ直ぐで、あなたの目が優しくて、


私は、嘘をつくのが苦しくなった。


でも、真実を言う勇気もない。

だから、傷つけるしかなかった。


冷たくして、突き放して、わざと嫌われようとして。


父に逆らえず、あなたのことを傷つけることしか出来ない私が、心底嫌いだ。


「そうだね。ごめんね」


社長はみんなにこうなんだろうか。


会社で何度か社長を見かけたことはあるけど、堂々としていて、落ち着いていて、周囲に安心感を与える存在だった。


そんな彼が、今は私のために怒ってくれて、優しくしてくれている。


そのギャップに、心が揺れる。


会社で見た彼と、今目の前にいる彼が、同じ人だとは思えないほど、温度が違う。


その時、電話がなった。


その音が、まるで現実に引き戻す合図のようだった。


夢のような時間が、終わりを告げる音。


彼の表情が、すっと変わった。


「…それで、要件は」


声のトーンが変わった。


私の知っているその声は、さっきまでの柔らかさとはまるで別人だった。


低く、鋭く、無駄のない口調。


目の色も、雰囲気も、すべてが切り替わった。


私の知ってる社長の顔だ。

冷静で、的確で、隙のない表情。


これが、さっきまでの優しさが嘘みたいで、胸がざわついた。


それと同時に思った。

これが本来の彼なのだと。


様子を見る限り、会社で何かあったみたい。

もう、夢の時間は終わりか。


さっきまでのやり取りが、まるで幻だったかのように感じる。


彼の手の温もりも、ジャケットの重みも、すべてが遠ざかっていく。


現実が戻ってきた。


彼には責任がある。立場がある。

私なんかに構っている場合じゃない。


そう思うと、胸が少し痛んだ。

でも、それが当然だとも思った。


私はただの代役。

妹の代わりに来ただけの、嘘つきの女。


夢のような時間は、最初から私には似合わなかったのかもしれない。

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