表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この見合いなんとしてでも阻止します  作者: hayama_25


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/12

第5話

その言葉は、まるで魔法のようだった。


静かで、力強くて、優しくて。


心の奥に響いて、何かがほどけていくのが分かった。


「えっと、」


何か言わないといけないのに、何も思いつかない。


彼の言葉が強すぎて、心が追いつかない。


何か言わなきゃ。何か、もっと強い言葉を。


「他にも何か?」


彼の声が優しく促してくる。


その優しさが、今は何よりも痛かった。


優しくされればされるほど、罪悪感が膨らんでいく。


だから、思わず叫んでしまった。


「あ、貴方とだけは結婚しないから!」


自分でも驚くほど強い口調だった。

本当は、そこまで言うつもりじゃなかった。


彼の表情が、ふっと曇った。

彼は何も言わない。


ただ、少しだけ目を伏せて、口元の笑みが消えただけ。


彼の顔が、まるで捨てられた子犬みたいで、胸が締め付けられる。


こんな顔、させたくなかった。


こんな優しい人を、傷つけるためにここに来たなんて。


「私が、気に入りませんか、」


その問いかけは、静かで、でもどこか切実だった。


彼の声が、まるで傷つくことを恐れているように聞こえて、胸が痛んだ。


そんなわけないのに。


こんな出会いじゃなければ、絶対、100%付き合ってた。


ハイスペックで、誠実で、優しくて、しかもイケメンで。


社内でも噂になるような存在。

誰もが憧れるような人。


そんな彼が、今、私に向き合っている。

こんな人に好かれてしまったら、もう戻れなくなる。


だから、必死に距離を取ろうとしている。


でも、彼のまっすぐな目が、それを許してくれない。


「べつに…、」


言葉が喉に引っかかる。


本音は違う。


でも、それを言ってしまえば、すべてが崩れてしまう。


だから、無理やり言葉を選んだ。


「では、他に心に決めた人が?」


いない。いるはずない。


誰かを本気で好きになったことなんて、あっただろうか。


好きになったら傷つくのは必ず私だと、最初から諦めてた。


そもそも誰かを想っていたら、こんな茶番に加担させられることもなかった。


妹の代わりに席に座って、振られるために演技して、こんなにも必死に彼を遠ざけようとすることも。


「いや…」


答えが漏れた瞬間、彼の目が少しだけ柔らかくなった気がした。


嘘はつけなかった。


今の私は、誰にも心を預けていない。


なのに、彼の存在が、心の中に静かに入り込んでくる。


「ではどうして」


理由なんて、いくらでもある。


お父様の言いなりになるのが気に食わないので、どうしてもこのお見合いをぶち壊したいから。


なんて、そんなこと言えるわけがない。


彼の誠実さに触れてしまった今、そんな理由を口にするのは、あまりにも酷すぎる。


だから、別の言葉を探す。


もっと彼が引いてくれるような、もっと酷いことを。


「…そうよ。私は、男をとっかえひっかえしながら生きてきたの。それなのに急に1人に絞れなんて言われても、」


テーブルの上のグラスやナプキンに視線を落とし、彼の顔を見ないようにした。


彼に嫌われるためには、自分を貶めるしかなかった。


わざと汚い言葉を選んで、自分を安っぽく見せた。


彼の目に映る私は、軽蔑されるべき存在であってほしかった。


そうすれば、彼は私を選ばない。

そうすれば、私はこの茶番から抜け出せる。


「一度だけでいいので、俺だけを見てもらえませんか?」


こんな言葉、誰かに言われたことなんて一度もない。


夢の中の出来事みたいで現実味がなかった。


嬉しかった。

本当は、すごく嬉しかった。


誰かに必要とされたい、誰かに選ばれたい、そんな思いをずっと抱えていた。


それなのに、私はそれを笑い飛ばすしかなかった。


「…ま、まぁ、ワンナイトならいいけど?正直、あなたも女遊びしてるんじゃない?」


言った瞬間、後悔が押し寄せた。


でも、彼を遠ざけるためには、それしかなかった。


彼の誠実さを疑うような言葉を投げつけることで、彼が諦めてくれることを願った。


けれど、声は震えていた。

心臓の鼓動が早くなって、息が苦しくなる。


彼が何か言うのを待つ時間が、永遠のように感じられた。


社長が静かに立ち上がった。

怒ってしまったのだろうか。


…いや、ついに、彼も諦めてくれたのかもしれない。


椅子の脚が床を擦る音が、やけに大きく響いた。


こんな終わり方を望んでいたはずなのに。


どうしてこんなにも苦しいのか、自分でも分からなかった。


そのまま立ち去ると思っていたのに、彼は静かにこちらへ歩み寄ってきた。


私の心臓が、ひとつ跳ねた。


それは鼓動というより、警鐘だった。


あれだけ言いたい放題言った後だ、一発ぐらい打たれても我慢しよう。


もちろん、彼はそんなことをする人じゃない。


そんな乱暴な人じゃないことくらい、話していて分かっている。


だけど、心のどこかで、罰を受ける覚悟をしていた。


あれだけ酷いことを言ったのだから、何かしらの反応があって当然だ。


だから、彼が近づいてくるだけで、身体がこわばる。


冷たい言葉を浴びせられるかもしれない。そう思って、身構えた。


社長は何も言わずに私の手を引いた。


その手は、驚くほど温かかった。


強引で、でも優しくて。


拒絶する余地もないほど、確かな温もりだった。


私は、ただその手に引かれるまま立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ