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この見合いなんとしてでも阻止します  作者: hayama_25


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第3話

まるでワイン通のように振る舞ってみせる。

けれど、内心ではドキドキしていた。


本当は、ワインの種類も味もよく分かっていない。


ただ、妹のフリをしている以上、完璧な演技をしなきゃいけない。


「では一杯おつぎします」


グラスに注がれる赤い液体を見つめながら、心がざわついた。


ワインの香りがふわりと漂ってきて、少しだけ緊張が和らいだ気がした。


「どうも」


そう言って、グラスを手に取った。


乾杯もせずに、グラスを口に運ぶ。

ワインを一気に飲むなんて、普通はしない。


でも、私は迷わず飲み干した。


「…っ、」


喉が焼けるように熱くなった。


アルコールの刺激が強くて、思わず顔をしかめる。


口元から少しこぼれてしまった。


恥ずかしい。でも、それでいい。


品のない女を演じるためには、多少の失態も必要だった。


「大丈夫ですか?」


優しい声が耳に届いた。

ハンカチを差し出されて、思わず手が止まった。


こんな失態を見せたのに、優しくされるなんて思っていなかった。


受け取るべきか、拒否するべきか。


迷った末に、ナプキンで口元を拭くことを選んだ。


そして、何も言わずにワインの瓶を手に取りグラスに次ぐ。


手元に視線を落としながら、無言でワインを注いだ。さっきよりも多めに。


グラスの中で赤い液体が揺れるのを見ていると、まるで自分の感情が映っているような気がした。


酔ってしまえば、すべてがどうでもよくなるかもしれない。そう思って、わざと多めに注いだ。


「あまり飲みすぎると酔ってしまいますよ」


こんな態度を取っているのに、優しくされるとどうしても心が揺れてしまう。


でも、優しさに甘えてはいけない。


酔って迷惑をかけるくらいの方が、むしろ目的に近づける。


そう思って、強がるように口を開いた。


「これぐらい大丈夫よ」


嘘だった。


さっきの一杯で、すでに頭が少しぼんやりしている。


けれど、酔ってないふりをして、強気に振る舞う。


料理が運ばれてきた。


テーブルの上に並べられた皿の数々。


見た目も香りも、どれも洗練されていて、思わず目を奪われた。


こんなに丁寧に盛り付けられた料理を見るのは久しぶりだった。


「待っている間に頼んでおいたんです」


こんな風に先回りしてくれる人なんて、今まであまりいなかった。


だから、戸惑った。


嬉しいと思ってしまった自分が、少しだけ嫌だった。


「それはどうも」


言葉を返しながらも、心の中では複雑な思いが渦巻いていた。


私は、この人を騙している。

なのに、こんなに丁寧に接してくれる。


感謝の気持ちと、警戒心と、罪悪感。

全部が混ざって、胸の奥が重たくなる。


「いただきます」


フォークを手に取り、静かに口元へ運ぶ。


食べ方が汚かったら嫌われるかもしれない。


いや、あまりに汚いと怪しまれる。

ここは普通に食べるのが無難か。


サーモンの香りが鼻をくすぐり、口の中に広がる旨味に思わず目を細めた。


柔らかくて、香り高くて、繊細な味が広がっていく。


こんなに美味しい料理は、もう十数年も口にしていなかった。


「美味しそうに食べるんですね。…可愛いなぁ」


その言葉が耳に届いた瞬間、フォークを持つ手がぴたりと止まった。


可愛い?私が?


今までの人生で、そんな風に言われた記憶なんてほとんどない。


「え?」


思わず声が漏れた。

驚きと戸惑いが混ざった、素の声だった。


しまった、と思ったけれど、もう遅い。

表情にも出てしまっていたかもしれない。


こんな風に動揺するなんて、計画外だった。

自分の感情が、思い通りに動いてくれない。


「失礼、心の声がつい」


まるで、思っていたことが漏れてしまったみたいな言い方。


どうせ誰にでも同じこと言ってるんでしょ。


そう思うことにした。

自分を守るために、相手を突き放すように。


「言ってませんよ」


彼の目はあまりにもまっすぐだった。


「…なんで、」


私は何も言ってないのに。


「誰にでも言ってるんだろって顔してたから」


その言葉に、何も答えられなかった。

図星だった。


見透かされていた。

私の疑いも、警戒も、全部顔に出ていたらしい。


私は、ただワインを飲むことしか出来なかった。


アルコールの香りが鼻をくすぐり、喉を通るときに少しだけ熱を感じた。


酔いたかった。すべてを忘れたかった。


妹のフリをしていることも、騙している罪悪感も、心が揺れてしまう自分も。


全部、ワインの中に沈めてしまいたかった。

だから、何も言わずに飲んだ。


本当は、もっと早く席を立つつもりだった。


料理が運ばれてくる前に、適当な理由をつけて帰るつもりだった。


でも、目の前に並べられた料理があまりにも美味しそうで、つい一口食べてしまった。


その一口が、思った以上に美味しくて、気づけば次の一口、さらに次の一口と、箸が止まらなくなっていた。


ワインのせいもある。アルコールが回ってきて、頭が少しぼんやりしてきて。


緊張も、罪悪感も、少しずつ薄れていく。


そして何より、この空気が心地よかった。


社長の話し方も、間の取り方も、穏やかで、居心地が良い。


こんな空間に身を置いたのは、久しぶりだった。


だから、立ち去るタイミングを完全に逃してしまった。


そして、デザートまで食べていた。食事のコーヒーは苦くて一口飲んでやめた。


「お口に合いましたか?」


本当は「すごく美味しかった」と言いたかった。でも、そんなことは言えなくて。


「まあまあね」


ただ、そう言うことしかできなかった。

嘘なのに。


「良かったです。…まだ帰したくないなぁ」


その言葉が、まるで囁きのように耳に届いた。


「何言って…」


言葉の続きを飲み込んだ。


わざとなのか、それとも本当に心の声が漏れているのか。


そうなのだとしたら…。


「…どうして私とお見合いを?」


聞かずにはいられなかった。


こんな風に優しくされて、こんな言葉をかけられて、理由を知りたくなってしまった。


「正直なところ父に言われて」


その答えに、少しだけ安心した。

やっぱりそうだったんだ。


私と同じ。家族の都合で、見合いに引っ張り出された。


そう思うと、少しだけ親近感が湧いた。


この見合いは、どちらも望んでいないもの。

だったら、なかったことにすればいい。


そうすれば、失礼なく終われる。

もうこれ以上、騙す必要もなくなる。


このお見合いはなかったことにしましょう。

そう言えば、何もかも…。


そう思った瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。


やっと、出口が見えた気がした。


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