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この見合いなんとしてでも阻止します  作者: hayama_25


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第11話

その名前を口にした瞬間、空気が変わった気がした。


彼の目がぱっと輝いて、その笑顔があまりにも嬉しそうで、


私はもう、目を合わせることができなかった。


名前を呼ぶだけで、こんなにも心がざわつくなんて。


「ふふ、ありがとう」


その言葉に、心臓が跳ねた。


彼の笑顔は、まるで春の陽だまりのように柔らかくて、私の冷えた心をじんわりと温めてくる。


それぐらいのことでお礼を言うなんて。

まるで私に価値があるみたいに…。


そんなふうに扱われることに、私は慣れていなかった。


誰かに優しくされるたびに、その裏を探してしまう癖がついていた。


でも彼は、何の見返りも求めず、ただまっすぐに私を見てくれる。


私は、平静を装いながらも、内心ではその言葉に、どうしようもなく揺れていた。


「名前で呼んだだけなのに、そんなに嬉しいわけ?」


名前を呼ぶだけで、こんなにも彼が喜ぶなんて。


私にとっては、ただの呼び方の違い。


でも彼にとっては、きっとそれ以上の意味があった。


距離が縮まった証。

心が近づいた証。


「当たり前じゃん。好きな人にそう言って貰えるだけで幸せだよ」


その言葉に、息が止まりそうになった。


“好きな人”


彼は、迷いなくそう言った。

惜しみなく、まっすぐに、私に向かって。


私は、何も返せなかった。

言葉が出なかった。


彼の好きが、あまりにも純粋で、それに応える資格なんてなかった。


彼の言葉が、静かに私の中に染み込んでいく。


それが、怖くて、でも嬉しかった。

嬉しいと思ってしまった。


私の中で静かに芽を出してしまったことに、私は気づかないふりをするしかなかった。


「そうね。あなたは幸せ者ね」


そう言うのが精一杯だった。


皮肉にも聞こえるその言葉の裏には、私自身の“羨望”が隠れていた。


彼のように、まっすぐに好きになれること。

誰かに素直に愛を伝えられること。


それが、私にはできない。


店内の静けさが、私の言葉の余韻を際立たせる。


彼は、少しだけ微笑んでいた。

その笑顔が、私の壁を静かに揺らしていた。


どうしてこんな奴を愛していたんだろうと、いつ正気に戻るか分からない。


彼の優しさが本物であるほど、それが壊れる瞬間が怖くなる。


彼は完璧すぎるから。


顔も整っていて、お金も、権力も、何もかも持っている。


そんな人が、どうして私なんかに。


その疑問が、私の信じたい気持ちを邪魔してくる。


ただ単に、簡単には靡かない私に興味を持っているだけなのかもしれない。


その興味が冷めた時、彼はきっと離れていく。

その時、私は耐えられるだろうか。


今ならまだ、距離を置ける。


でも、この先、ずっと一緒にいれば、きっと、私は彼なしでは生きられなくなる。


だから、私は必死でこの関係を切らなければならない。


食事が終わる頃には、店内の照明が少しだけ落ちていた。


キャンドルの炎が揺れ、グラスの水面に映る光が静かに踊っている。


周囲のテーブルも少しずつ空き始め、店内はより静けさを増していた。


まるで、私たちの時間だけがゆっくりと流れているような錯覚。


皿の上には食べ終えた余韻だけが残り、テーブルには、彼との会話の痕跡が静かに漂っていた。


私はナプキンを丁寧に畳みながら、この時間が終わってしまうことに、少しだけ安堵していた。


でも同時に、終わってほしくないと思っている自分もいた。


彼の隣にいる時間が、こんなにも心地よくて、こんなにも怖いなんて、思ってもみなかった。


「ごちそうさまでした」


その言葉を口にするのに、少しだけ勇気が必要だった。


彼のために選ばれた料理、彼のために用意された空間。


そのすべてが、私のためだったことを思うと、素直に感謝を伝えることが、どこか照れくさかった。


彼は静かに微笑んで、「気に入ってもらえてよかった」と言った。


その笑顔が、あまりにも優しくて、私はまた心を揺らされてしまった。


席を立つとき、彼がさりげなく椅子を引いてくれた。


その仕草が自然すぎて、私は思わず「ありがとう」と口にしてしまった。


その一言が、まるで自分の素を見せてしまったようで、少しだけ恥ずかしかった。

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