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この見合いなんとしてでも阻止します  作者: hayama_25


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第10話

料理が運ばれてきた。


白い皿の上に美しく盛り付けられた前菜は、まるで絵画のようだった。


香ばしいソースの香りがふわりと鼻をくすぐり、空腹を思い出させる。


でも、食欲よりも先に、緊張が喉を塞いでいた。


周囲のテーブルでは、控えめな会話とグラスの音が響いている。


誰もが穏やかに食事を楽しんでいるのに、私だけがこの空間に馴染めていない気がした。


彼の前で食事をするという行為が、こんなにも意識してしまうなんて。


「いただきます」


その言葉を口にするだけなのに、妙に緊張した。


彼の視線が私に向けられているのが分かる。

視線を感じるだけで、背筋が伸びる。


彼は何も言わず、ただ微笑んでいた。


「どう?」


彼の問いかけに、私は一瞬言葉を探した。


口の中に広がる味は、丁寧で繊細で、間違いなく美味しかった。


でも、それを素直に伝えることができなかった。


でも、不味いなんて嘘をつくのは、流石にお店の方にも失礼か。


「まあまあね」


美味しいと言えたら良かったのに。


彼が私のために選んでくれた店。

悩んで、考えて、私の好みに合わせてくれた。


それが分かるから、正直に言えなかった。


喜ばせてはいけないから。


彼の気持ちに応えてしまったら、私はきっと、もう戻れなくなる。


「良かった。こうして美味しく食べてくれるだけで、悩んだかいがあったよ」


あなたって人は、一体どこまでいい人なんですか。


私がどれだけ拒絶しても、

どれだけ突き放しても、


あなたは、優しく笑ってくれる。


「璦さんは、何か好きな食べ物ある?」


まるで、私のことをもっと知りたいと願っているような、そんな響きだった。


店内の照明が彼の横顔を柔らかく照らしていて、その光景が妙に胸に残った。


好きな食べ物。それは、誰かに心を開く最初の一歩。


そんな些細なことが、私には重たかった。


好きなものを話すことは、私の“素”を見せること。


それが怖くて、私は言葉を選んだ。


彼の問いに答えることで、距離が縮まってしまう。


それが、今の私には危険だった。


「私は別に…」


その返事は、無難で、曖昧で、そして嘘だった。


本当は好きなものくらいある。


でも、それを言ってしまったら、彼がそれを覚えてしまうかもしれない。


次に会った時、私の好きなものを用意してくれるかもしれない。


そうやって、少しずつ彼の優しさに甘えてしまう未来が見えてしまった。


だから、私は“何でもない”ふりをした。


この関係に、期待してはいけない。

彼の優しさに、慣れてはいけない。


そう思いながらも、心の奥では…


「じゃあ嫌いなものは?」


彼は、諦めることなく、私の輪郭を探ろうとしてくる。


その姿勢が、あまりにも誠実で、私はまた、心を揺らされてしまった。


それを聞いてくる彼は、私の“好き嫌い”だけでなく、私という人間そのものを知ろうとしている。


そのまっすぐさが、怖かった。


誰かに見つめられることに、慣れていない。


見られることはあっても、見つめられることはなかった。


彼の視線は、私の奥にある何かを見ようとしていた。


「特にないわ」


またしても、無難な返事。


でも、彼はそれを責めることなく、ただ静かに頷いた。


「そっか、」


彼はそれ以上、深く聞いてこなかった。

その優しさが、また胸に響いた。


「ところで、どうしてさん付け?」


その言葉は、思わず口をついて出た。

どう呼ばれようと関係ないはずなのに。


私の中の“壁”が少しずつ揺らいでいる証拠だった。


店内の照明が少し落ちて、キャンドルの炎が揺れている。


その揺れが、まるで私の心の揺れのようだった。


「んー何となく?」


彼は肩をすくめて、少しだけ照れたように笑った。


「別に…そんなに畏まらなくても、名前呼びでいいわよ」


その言葉を口にした瞬間、自分でも驚いた。


距離を詰めるような言葉を、私が自分から言うなんて。


「それなら璦も俺の事、名前で呼んでくれる?」


彼の声は、少しだけ弾んでいた。

まるで、私の言葉が嬉しかったかのように。


その響きが、私の胸を静かに打った。

彼の目が、期待に満ちていた。


「っ、」


言葉にならない息が漏れた。

彼の言葉に、心が反応してしまった。


イケメンの急な名前呼びは、どこかくるものがある。


それが、彼だからこそ、余計に響いてしまう。


店内の空気は変わらず静かで、その静けさが、私の心のざわめきを際立たせていた。


彼の視線が、私の返事を待っている。


「そもそも、俺の名前一度も呼んでくれたことないよね」


彼の言葉は、少しだけ寂しげだった。

それが、胸に刺さった。


確かに、私は彼の名前を呼んだことがなかった。


意識的に避けていた。


名前を呼ぶことで、関係が深まってしまうのが怖かった。


でも、彼はそれを気にしていた。


それが分かった瞬間、彼の気持ちを無視してきたことに気づいた。


その事実が、静かに胸を締めつけた。


「それは…」


言い訳にもならない言葉が、喉の奥で詰まった。


「お願い、名前で呼んで?」


その言葉は、あまりにもまっすぐだった。

そんな顔されたら…


「璦?」


彼の声は、私の“理性”を揺らす。


まるで、私の迷いを見透かしているかのように。


いや、だめだ、断らないと。


名前で呼びあうまで仲良くなってしまったら、

私は社長のことを────


「い、嫌よ」


ようやく絞り出した言葉は、震えていた。

拒絶のつもりだった。


でも、彼にはどう聞こえただろう。


本気で拒絶したいなら、もっと冷たく言えたはず。


でも、私はそれができなかった。

彼の表情が曇るのが怖かった。


彼の優しさを遠ざけることが、私自身を傷つけることになる気がした。


だから、拒絶の言葉に迷いが滲んだ。


「1回だけ!……だめ?」


彼の声は、少しだけ甘えていた。

その響きが、私の心をくすぐった。


彼の表情は、まるで子供のように素直で、その無邪気さが、私の防御を崩していく。


たった一度なら、許してもいいかもしれない。


でも、その“一度”が、私の心を開くきっかけになることを、私は知っていた。


頑張れ私の理性…!






「…颯太、」

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