仁愛と大石の物語
若さとは武器である。
女の価値を高める方法にはいくつかある。整形やダイエットは当然として、身の回りをブランド品でまとめ、SNSにハイスペック彼氏とのきらびやかな日常を投稿する。激しく競争した先に勝利を得られるか否かが現代社会における自らの立ち位置を決定し、その承認欲求が快楽を生み出していることは誰もが知っていることだろう。
これらは基本、努力をしなければ手にすることができない。しかし唯一、全ての人が平等に持っている絶対的な武器がある。それが若さだ。誰もが二度見する美貌を手に入れようと、高価なブランド品でモデル体型を着飾ろうと、若さがなければ羨望の的ではなくなってしまう。競争対象を同世代だけに絞るなら通用するかもしれないが、それは敗北を認めるようなもの。年下の女に痛々しいと思われるならまだマシで、もはや誰からも興味を持たれなくなった時、これまでの投資は全て水泡に帰する。
人の価値はそんなもので決まらない。負け犬はよくそう言って傷を舐め合う。恥ずかしいと思わないのだろうか。若い頃にあれだけ投資をしておいて年齢にはへつらうなど、哀れすぎて同情さえ感じてしまう。私はこれまで若さを失い落ちぶれた女を冷笑してきた。だからこそ、絶対に諦めはしない。
本格的に動き始めたのは二十代も後半に差し掛かった頃だった。それまでは多少努力を怠ったとしても若さが補ってくれていたが、段々とその効きが鈍くなっていることには気付いていた。だから私は、アンチエイジングに効果があると話題になったものは全て実践した。高価な化粧品に腸活やファスティング、ヒット運動、プラセンタ注射にまで手を出した。
こうした努力は押しなべてお金がかかる。小さな会社の事務員をしているだけでは金銭的な余裕がなくなり、マッチングアプリで支援者を探した。そうして見つけたのが大石という三十代半ばの男だった。彼は大学生の時に事業を立ち上げて今は渋谷で取締役をしているといい、デートのときはいつも高級外車で迎えに来て、必ず五万円以上するコース料理を食べさせてくれた。それでいて女性にギラついているということもなく、律儀にも三回目のデートまで手に触れてくることさえなかった。
こんな男を捕まえられたのは、これまでの努力のおかげだろう。ただ、時が流れる限り、いつ終わりが来てもおかしくない。そこで私は、初めてホテルに誘われた夜に悩みを打ち明けることにした。若さを失うことに対する恐怖。これは女性特有だと思っていたが、大石はまるで自分事のように受け止めてくれた。そして、経済的な支援を約束してくれた。
正式に交際が始まって一か月が経った頃だった。いつものように東京の夜景が一望できるレストランで食事を共にしていた時、大石がジョー・ジャック法という新しいアンチエイジングの手法について私に教えてくれた。欧米の若者の間で流行になっているものだといい、具体的な方法はというと、近代的な生活を捨てて自然回帰的な生活を忠実に送ることで、老化を大幅に抑制させるというものだった。
ジョーとジャックはアメリカの統計学者で、アマゾンの部族とニューヨーカーを比べた際、同じ年齢でも前者の方が若い細胞を有することを発見した人物らしい。日本でもこれを実践している場所が一か所だけあり、興味があるなら参加を取り付けられると大石は提案してきた。
正直、私にはそれがどんなものか分からなかった。ただ、無農薬野菜を選んだり食品添加物を極力摂取しないようにするクリーン・イーティングの話は周囲から聞いていたし、脱プラスチックやSDGsと絡めたオーガニックライフにも興味があった。効果を実感するには最低一か月は継続しなければならないらしく、休職は避けられないが、仁愛が望むなら支援させてほしいと大石は言ってくれた。これは選ばれた者しか参加できない。そう判断した私は即座に首を縦に振った。
二週間後、準備を整えた私は大石に別れを告げ、指示された通りに西日本のとある港町に赴いた。最寄り駅に到着すると伴という老父が案内人として現れ、そこからはワゴン車で移動する。美しい海岸線と並行する道を走ること十五分。到着したのは人気のない断崖絶壁だった。高さは少なくとも20メートル以上あるだろう。海を見下ろすと勝手に足が震えた。
ここからは徒歩で海岸を目指す。そう言われて、岩を削って作られた急こう配な階段に足を踏み出した時、どこからともなく現れた老婆に声を掛けられた。
「やめなされ。やめなされ」
「あの、あなたは」
「気にしないでください。近所に住むお婆さんで認知症なんです」
先を進んでいた伴が引き返してきて、私を先に行かせる。老婆と一瞬視線が重なる。その目は真っ白で死んでいた。私はこうなってしまうことを恐れてここに来た。伴に言われた通り、老婆を無視して階段を下りた。
下った先には小さな砂浜があった。そこで持ち物検査が始まる。スマホや化粧品を持って行けないことは大石から聞かされていた。それだけでなく、合成繊維の衣服やコンタクトレンズさえ持ち込みが許されず、伴に預かってもらうことになる。
荷物の整理が終わって出発の許可が下りると、私たちは砂浜を岩壁沿いに歩く。その途中、木陰に佇むお地蔵様を見つけた。まだ枯れていない花が添えられていて、果物と一緒になぜか手鏡も置いてある。私は一瞥だけして成功を祈願した。
数分後、岩壁の影に係留されているモーターボートを見つけた。岩に足を引っかけてなんとか乗り込むと、伴の操縦で出発する。それから一時間は船酔いとの戦いだった。しばらくして伴に声を掛けられる。顔を上げると霧でかすむ島があった。
「あんた、泳げるか」
島まであと百メートルほどまで近づくと船のエンジンが止まる。泳ぎに自信がないことを伝えると、ロープに繋がれた浮き輪が準備された。
「船のまま島には行けない。ここからは泳いでもらう」
さすがに驚いたが、ここまで来て引き返すなどできない。夏場ということもあり、綿のシャツと短パンで海に飛び込んだ。荷物をできるだけ濡らさないよう浮き輪の上に乗せ、自分は浮き輪に掴まってバタ足をする。どうしてこんなことをしなければならないのか。そんな疑問がなかったわけではないが、大石の顔を思い出して頑張った。足が地面につくようになると、浮き輪を放す。すると、伴がロープを引っ張って回収した。
砂浜に上陸すると、すぐに数人の女性が近づいてきた。全員が見慣れない茶色の服を着ていて、化粧もしていない。しかし、これまで私が競争してきた女性とは明確な違いを感じた。
「ご新規さんですね。歓迎します」
出迎えてくれたのはこの島でリーダーをしているという女だった。周囲からは王女と呼ばれていて、どこか胡散臭い。身長は私よりかなり低く、お世辞にも美人とは言えなかった。しかし、その肌はこれまでに見たことがないほど滑らかで、髪質も私の何倍も良い。それは取り巻きの女も同じだった。
この島では百人ほどが集団生活している。最初は女性だけかと思ったがそうではなく、わずかながら男性も住んでいるとのことだった。また、基本的に二人一組の共同生活を行う。新参者の私はここでの生活が長い冬子という女性とバディを組んだ。
話に聞いていた通り、この島での生活はまさに自給自足だった。食べ物も着る物も全て自分たちで作る。ただ、一人で身の回りの物を全て揃えることは困難なため、それぞれに役割が与えられていた。私は野菜作りのグループに組み込まれ、一から冬子に教えてもらった。
一番の苦労は島の生活様式に慣れることだった。島に家電はない。掃除は手製の箒で行い、洗濯は紙芝居でしか見たことのない洗濯板での作業になる。テレビはおろかラジオもなく、日没になると全員がすぐに就寝する。その代わりに日の出から作業が始まり、釜で玄米を炊く。SNSが使えないことが何よりのストレスだった。その禁断症状とも呼べる状態は一週間が経った頃にピークに達した。
冬子いわく、一週間で脱落する者が多いという。何も得られないばかりか、時間をいたずらに浪費するだけ。冬子はそうした人たちを強く非難していた。
私は冬子に言われたからではなく、大石のためにもう少し頑張ることにした。大石に若々しい私を見せたい。そうした動機で毎日を過ごした。
しかし、それも一か月が限界だった。無性に東京に戻りたい欲に駆られ、仕事が手につかなくなって冬子に叱られる日が続いた。一か月というのは大石が口にしていた期間でもある。また、ずっとSNSを触っていないため、世間から忘れられていないか不安になった。もちろん大石にも会いたい。努力には対価が不可欠なのだ。
この頃になると一人作業が増え、冬子以外の人と話すことも多くなった。その中に島を出たいと考える女性が二人いた。二人ともここでの生活は半年にもなるというが、そろそろ家族と会いたくなってきたというのが動機だった。
一方、私を含めた三人とも、島で生活することの効果は実感しているところだった。化粧はおろかスキンケアとも無縁の生活を送っているが、肌の調子は毎日のように良い。作業で少し怪我をしてもすぐに治る。心とは裏腹に体の調子は人生で最も良いと全員が断言できるほどだった。
これで成果も得たということになるだろう。島も出ていく者を引き留めない方針を取っており、申し出れば船を出してくれる。私たちはこれに乗って帰ることにした。
冬子にこのことを伝えると、酷く悲しまれた。しかし、最後には理解を示してくれて二人で抱き合った。その時、戻りたくなったら向こう岸に上がる前にもう一度船に戻るようにと伝えられた。
三人で船に乗り込むと、一人の男性が木のオールを漕いで船を走らせる。これでやっとスマホに触ることができ、れっきとした現代人に戻れる。二人も嬉しいよねと尋ねるときょとんとされた。二人はそんなことより、戦争に行った夫が戻っているかを気にしていた。結婚相手は自衛官なのだろうか。ニュースを見る習慣がなかったため、戦争と言われても何のことか分からない。
早朝に出発したはずが、陸地が見えたのは日が水平線に触れ始めた頃だった。行きと同様、船は岸から少し離れた場所で止まり、ここからは泳いで渡るように伝えられる。この時にはもう、飛び込むことに躊躇はなかった。これも自然の中で暮らした効果だろう。
三人で頑張って泳ぎ、なんとか足がつく場所まで来る。あと少しで砂浜というところで、一人が怖いと言い始めた。私は一刻も早くスマホを触りたかったが、ここまで一緒に来たのだからと手を繋ぎ合って上陸を果たした。
その瞬間、私以外の二人はその場に崩れ落ちて骨だけになった。
何が起こったのか分からなかった。握っていたはずの手が白骨になっていて、慌てて振りほどくと細かく砕け散る。その時は悲鳴を我慢できた。しかし、白い粉にまみれた私の腕が皺だらけになっていることに気付いた時は絶叫してしまった。顔に触れるとここにも皺のようなたるみがたくさんあった。
呼吸が速くなっていく。少し歩くと行くときに見たお地蔵様を見つけ、私はそこに走る。そして、お供え物を振り払うと一緒に置いてあった手鏡を手に取った。
鏡には年を取った醜い女が映っていた。これはきっと悪い夢だ。昨日の収穫で疲れ、まだ寝ているだけ。そう思っていると背後の夕焼けが終わる。いつもこの時間に寝ているため、途端に睡魔が襲ってきた。夢の中で眠たくなるなどおかしいと思って絶望する。
とにかく伴に会わないといけない。手鏡を捨てて、砂浜を歩き、岩壁の階段を目指す。見つけた階段は雑草に覆われ、荒れ果てていた。それでも関係ないと一歩を踏み出す。あれだけ体の調子が良かったのに、数段上っただけで息切れしてしまう。長い時間をかけてなんとか登りきる。記憶では車道があったはずだ。しかし、目の前には草原が広がっていた。虫の鳴く声が妙に心地良い。場所を間違えたかと思ったが、雑草を踏み倒すとアスファルトが見え、大量のツタが絡まる朽ちたガードレールが記憶の正しさを証明していた。
しばらく立ち尽くしていると、目の前から一つの小さな光が近づいてくる。目もずいぶんと悪くなってしまった。眼前に来るまでライトを持った老婆だと分からなかった。
「あなた島から戻って来たの」
「はい」
「良かったなあ。生きて帰ってこれて」
「えっと」
「私は坂本。私の母があなたと同じで島にいたの。もうだいぶ前のことだけどね。向こうにいたのは二週間だったのにこっちでは八年が経ってたって。あなたはどれだけ島にいたの?」
「一か月」
「ということは十六年か」
何の話をしているのだろう。老婆は私を哀れんでいるが、同時に優しい目つきをしている。そんなことより若さである。私の若さはどこにいったというのか。
「これはジョー・ジャック法っていう」
「あなたも騙されたのね。いえ、確かに若さは与えられた。島の中だけの若さが」
「私、伴さんに会わないと。それに大石さんとも」
「もう無理よ。あなたは騙され、全てを奪われた。同じ境遇の人を何十人と見てきたから間違いない」
大石を悪く言うなんて何と失礼な人だろう。そんな反抗的な思考とは裏腹に体はこの状況に理解を示しつつあった。一番の証拠は骨になった二人と、私のヨレヨレの皮膚。騙されたかどうかはこの際どうでもいい。いずれにしてもこの姿で大石の前に出ていくことはできない。
「坂本さんはここで何を?」
「あなたみたいな人が定期的に帰ってくるから声掛けしてる。母がしていたことだけど、死後、私が引き継いだの。そうしないとほら」
坂本はそう言って真っ暗闇を目線で示す。晴れていたら断崖絶壁とその先の青い海が見えていたことだろう。若さの代償が時間というのはあまりにも皮肉が過ぎる。
「私、帰ります」
「駄目駄目。十六年でこっちは大分変わった。統一端末も市民コードも持ってないでしょ。どこにも行けないよ」
「放っておいて!」
私は叫ぶ。それだけで酸欠になって眩暈がした。フラフラと真っ暗な草原を歩く。坂本はついてこない。私は波の音を頼りに少し歩いてすぐに腰を下ろした。
混乱している。それにもかかわらず、考える時間はそんなに必要なかった。人のせいにしようと思えばいくらでもできる。しかし、結局は私のせいなのだと時間が教えてくれた。私の時間の使い方は私しか決められないのだから。
長い間、無気力に座っていると空が白み始める。周囲の景色もよく見えるようになって、あの日と変わらない美しい海が目の前に現れた。時間に抗うなど愚かな行為だった。その勉強代だと思えば案外釣り合っているのかもしれない。
私は朽ち果てたガードレールに手をつく。もう一度あの島に戻れたら、きっとこれまで以上に丹精込めて野菜を作り、炊飯の火加減に気を掛けるだろう。先に二人を海岸に導いていたら、とも考えてしまう。救いようのない卑しい女だ。そう思いながら私は宙を舞った。




