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噂の勇者様と聖女様

 顔馴染みである行商のおじさんに街まで乗せてもらえるよう頼み、カリーナはアールトス村からほど近い街へ来ていた。


 村から行商車に揺られること約三時間。間にある二つの村と山を一つ越えたところにある街は、幼い頃から何回か訪れていた。アールトス村の住民がちょっとした遠出をする、というときは、大抵がこの街になる。


 のどかすぎるド田舎のアールトス村とは違い、小さいながらも活気のある街は、今日も市場が開かれていて相変わらず賑やかだ。


「号外、号外だよー! 勇者様たちが、魔王の側近である五賢峰の一人を討伐したよー!」

「一つください」

「あいよ! 五シックルね、まいど!」


 こうして頻繁にビラが配られるのも、大量に瓦版が刷られるのも、ここ最近では珍しくない。らしい。

 辺鄙なド田舎であるアールトス村ではそんなものはないので、行商のおじさんから買うか、役割を果たしているのか微妙な郵便局で貰うかしかないのだ。


 まぁ、何が言いたいかって、とどのつまり、それだけ勇者の動向は人々に注目されているということだ。なにせ、勇者の誕生は世界にとって慶事。


 そんな幼馴染みの活躍を人々と共に追うのも、もう日課になりつつある。


 勇者として既に頭角を表しているアドルファスは、もうはや魔王の側近の一角を崩したらしい。爆速で勇者街道を走っているようだ。

 世界に勇者として申し分ない能力であることを示した彼の人気は、留まることを知らない。


 そこに書いてあるのは美しい二人を噂する記事。どの瓦版でも、似たようなものがいくつも販売されている。そして、その記事を見て誰も彼もが感嘆のため息を零すのだ。


 正に絵になる二人。記事の写真ですら身に染み入るような綺麗さなのだ。実物はさぞかし美しいことだろう。人によっては目が潰れるかもしれない。


 どこを見ても、何を読んでも。

 お似合いと書かれている幼馴染みと聖女様。誰もが口を揃えて言う。お似合いな二人だと。


 お似合い。


(へぇ、ふぅん。……ほぉ)


 誰がどう見ても、二人はいい感じに見えるらしい。


 そうか、とカリーナは静かに思った。

 不思議と感情は動かなかった。三日ほど引き篭ってリフレッシュしておいたからだろうか。ショックを受けているのには間違いはないけれど、それはどこか遠い出来事のようにぼんやりとしていた。


 それはきっと。


 ショックを受けるよりも納得の方が先に来たから。


(そりゃそうか、だって、私が見てもそう思うもんね)


 自分が勇者で、同じパーティ内には綺麗な聖女様がいて。しかも王女様なんて、そんなの運命を感じずにはいられないだろう。

 こんな運命的なことなんて、早々ないのだから。まるで、そう。おとぎ話のような運命だ。


 それに、あんな女の子の夢を全部詰め込んだような男なんて、滅多に現れないだろう。


 高い身長に、筋肉がつきつつもスラリとした体躯。どんな服を着ていても分かる長い手足に、頭の良さ、運動神経は言わずもがな。

 そんじょそこらの魔物なんか簡単に片付けてしまえるくらいに強くて、顔立ちに至っては、正しく神が特別手をかけてお作りたもうたとしか思えないくらい整っている。


 そして、それらを鼻にかけるでもなく、極々自然に併せ持っているのだから、もう凄いとしか言いようがない。生まれ持ってこのスペック。チートというのはこういうことを言うのだ、きっと。


 挙句の果てに、発展途上の危うさのようなものすらも兼ね備えている。どこか大人になる一歩手前を思わせる儚さと、アンバランスな高さの精神年齢。それだけでも魅力にするには十分すぎる要素だ。


 漫画であれば絶対に主人公だろう。間違いない。寧ろこのレベルの人間が主役でなくて、一体誰が主役だと言うのか。


 そんなアドルファスを聖女様が好きにならないはずはないのだから、お互いが恋に落ちたとしても何ら不思議ではない。


(やっぱり、こうなったら帰って来なさそうだなぁ)


 叶わないなら、もう諦めるしか道は無い。


 ずっと傍にいたいし、ずっと一緒に生きていきたかった。結婚するのだって、アドルファスとでなければ嫌だ。


 でも。

 それは我儘というものだろう。アドルファスが聖女様のことを好きなのであれば、諦めよう。諦めてみせるとも。


 もしかしたら、感情そのものはなくせないかもしれないけれど、彼との結婚という未来を諦める事はしてみせるとも。


 アドルファスが幸せになれるのなら、この恋を封じて身を引こう。


 きっと自分は、独り身のままで生きるだろうけど。だって、こんなに人を好きになることは、多分この先ないだろうから。


 アドルファスと結婚できないなら、一生独身でいいと思ってしまうカリーナも大概重い。腫れた惚れたは厄介なもので、人のことは到底言えないだろう。

 一方通行であることは分かっているが、すぐにアドルファスへの感情をなくすことはできなさそうだった。


 話は少し変わるが。

 前世では、カリーナは看護師をしていた。能があるとは言えない人間だったので、学生時代はずっと勉強していた記憶がある。国家資格を取らねば意味が無いので、それこそ死に物狂いで勉強をしていた。


 一に勉強、二に勉強。三に試験、そして勉強。

 そんな感じの生活を送っていた。無事に国家資格を取得し、成人して、看護師として働き始めても生活は大して変わらず。


 友人との遊ぶ時間は取りつつも、仕事に奔走する日々。医療従事者の仕事体形は非常にブラックである。

 ついでに言えば、看護師という職は何年も前から給料がほとんど変わっていないという薄給の仕事でもある。クソだった。


 そんな生活──人生だったので、恋人なんてできたことがなかった。作る余裕もなければ、作るメリットもない。

 ハードスケジュールで自分のことで精一杯な中、恋人なんて言う億劫なものが入り込む隙間は無し。

 だから、一切において恋愛関係は他人事であった。


 他の同僚が付き合おうが結婚しようが、前世のカリーナには関係がなかった。真面目さも祟ったのか、そんな余裕は本当になかったのだ。


 そう、恋愛事は微塵も身近になかったので。

 今世になって、こんなにも好きな人ができるとは全くの予想外だった。


 だから、恋心のコントロールは上手くなくて。

 上手くアドルファスを諦めることが出来ないのも、自然といえば自然な流れではあるのだろう。


 と、そこまで考えたところで。

 しばらく引きずるだろうことが簡単に想像できてしまい、カリーナはため息を吐くのだった。


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