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勇者爆誕

 勇者となった幼馴染みが村を出てから数週間。世間でも大々的にアドルファスの名が広まった。


 世界規模の慶事として、教皇が世界に勇者が誕生したことを知らしめたのである。


 もちろんそこには、教皇だとか国王の権威を示すためだとか、勇者の旅をできるだけ円滑にするためだとか、そういう政治的な思惑が絡んではいるのだろう。

 社会というのはそういうものだ。


 また、これは慶事である一方で、魔王への宣戦布告でもある。


 勇者誕生の声明は、勇者と魔王の戦いが始まったことを意味する。このときを持って、人類と魔物との、世界を賭けた戦いの狼煙が上がったのだ。


 話は少々変わるが、情報を発信した聖道教会とは、世界各地に根付いている世界最大規模を誇る宗教団体である。


 この世界の主神であるメルメートス神を崇め奉る一神教である一方で、神話の他の神々をも信仰する多神教のような面も併せ持つため、普遍的に広まっている。一神教にはカテゴライズされつつも、その寛容さから人々に受け入れられているのだろう。


 前世の日本と似通った宗教体制を築いているからか、カリーナにも上手く馴染んだ。


 多くの宗教が入り交じる国の生まれ───日本人だったカリーナからすれば、この聖道教会の在り方はかなり親和性が高く、違和感の生じにくいものだった。

 違和感というものはそのまま生きづらさに繋がるので、この世界で生きるにあたってどれだけ違和感が少ないかは重要だ。

 ありがたい限りである。


 閑話休題。


 まぁ、つまり。

 カリーナしか知らなかった一等星は、ついに世界中の人々が知る恒星となったのだ。


 カリーナの中に、寂しさとともに、アドルファスの能力をやっと存分に発揮できるだろうことを嬉しく思う気持ちが湧き上がる。


 こんな片田舎の村よりも、よほど相応しい舞台だ。カリーナは自分たちの住むアールトス村が大好きだが、それとこれとはまた別で、常々アドルファスには狭すぎると思っていた。


 自慢の幼馴染みの活躍を、ついに世界が目撃するのだ。これが嬉しくないわけがない。


 世界中にドヤ顔してやるのだ。どうだ、私の幼馴染みはすごいだろう、と。刮目して見ればいい。そして、驚けばいい。

 アドルファスという人間の、その凄さを。

 きっと賞賛されるに違いないのだから。


 要領のいい幼馴染みは上手くやるだろう。過度な心配は必要ない。むしろ、どうにかすべきは自分のことだ。


(私は、これからどうしようかな〜〜……)


 カリーナは今後の身の振り方を考えていた。


 頭の中で色々と取り留めのないことを考え、理論やら知識やらを捏ね回すのが癖になっているカリーナ。

 そんな彼女の最近の考え事は、もっぱらこの内容だった。


 勇者となったアドルファス。片や、カリーナはモブだ。脇役だ。立ち位置は多分背景の一歩手前くらい。かろうじてついた役名といえば、『負けヒロイン』である。


 いや、モブそのものだったカリーナが、壁紙背景どころか負けヒロインというなかなかの役どころに進化したのだ。 昇進したと言えるのかもしれない。が、微妙に喜べない。


 アドルファスとカリーナの関係は、婚約者とも言えない、ただの幼馴染み。

 結婚の約束をしているとは言うが、それは紙面での契約ではない。色気のない言い方だが、指輪みたいな物的証拠もない。口約束なんかに確固たる効力なんて微塵もないのだ。


 つまり。

 アドルファスを繋ぎ止めておくことはカリーナにはできない。


 そもそも、アドルファスがカリーナのことを好きになってくれたのは、村に同世代の異性がカリーナしかいなかったからだろう。


 なにせ、アールトス村は小さい村だ。死ぬほど狭いし、年齢層がかなり上。子どもらしい子どもと言えば、現時点ではカリーナとアドルファスのみ。過疎っている。


 そんな環境では他を見るも何も、そもそも他がいないのでよそ見しようもなければ、比較できる対象がいない。なので、順当に、自然と、相手はお互いのみにしかならない。


 そんな環境でなければ、きっとアドルファスと結婚の約束も、彼から好意を向けられることも、そもそも関わることすらなかったかもしれない。


 例えば、王都や人口の多い街であれば、二人はすれ違う通行人同士に留まっただろうし、なんにせよ、接点なんてほとんどなかったに違いない。

 なぜなら、カリーナという人間は、なんの取り柄もない平凡を体現したような女だ。外から見ても、内から見ても、さして魅力的ではない。


 辛いが、それが事実である。

 だから、今後アドルファスが戻って来なくとも仕方がない。ならば、待っている必要もないのではないかと、そう思うのだ。


(まずは、気持ちを落ち着かせることから、かなぁ)


 恋情としてラベリングをした気持ちの整理は到底付けられそうにないが、落ち着かせるないし、切り離して押し留めておくくらいできるだろう。


 そうと決まれば読書だ。読書しかない。

 カリーナの精神安定剤は、昔も今も前世からも読書である。

 本の世界に没頭すると、本の内容だけが頭の中を流れるため、余計なことを考えずに済むし、そもそも本を読むのは本当に楽しい。


 現実逃避の為、薬ならぬ読書をキメることにしたカリーナは、早速自室に引き篭った。


 引き篭ると言っても、家の書庫に出入りして本を読み漁るだけだし、寝食などの生活行動は普通に家族と送るので、特段病んでいるなどではない。多少外に出るのが減るくらいの、ささやかなレベルの引き篭りである。


 果たして引き篭りと言えるのか微妙だが、引き篭りなのだと言えば引き篭りになるのである。いや、別にその部分はどうでもいいのだけれども。


 そうして、非常にささやかな──ささやかすぎて心配すらされないような──引き篭りをしたカリーナは、通算3日目にて、家中の、否、村中の本を読み終わった。


 読書を終えれば、気持ちはスッキリとしていた。

 ストレス発散は今も昔も読書でしてきたカリーナは、今回も例に漏れず、本でモヤモヤとしている気持ちを強制キレイキレイした。


 やはり本は素晴らしい。


 まだ身の振り方は決まっていないものの、ひとまずはリフレッシュ出来たので良しとしよう。


 さて。

 落ち着いたのなら、まずは床にうず高く積み上がっている本たちを本棚に戻さねば、とカリーナは腕捲りをした。


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