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負けヒロインキタコレ

(お、落ち着いて考えよう。負けヒロインってどんなのだったっけ?)


 脳内が騒がしいのは前世がオタクだったのだから仕方がないことである。

 今世では全くと言っていいほど使いどころのない色々なネットスラングが一挙に押し寄せ、砂嵐さながらに過ぎ去っていく。必死にかけ続けている脳内検索は、どういうわけか『負けヒロイン』に関するもの以外も検索結果に入れてくる。混乱による機能の故障だ。


 カリーナの思考はぐるぐる無意味に回る。


(ゲームは、漫画か、物語のストーリーなんだったら、あああ、もう何がなんだかわけが分からん!)


 まるで落ち着いてはいなかったが、とりあえず思考を回すだけの空きを無理やり作ることにした。


 深呼吸を数回。瞬きをゆっくりに。指先を擦り合わせ、畳んで、開いて、その動きに意識を集中させる。ぐーっと力んで、力を抜いて。


 落ち着け、落ち着け、とカリーナは自分自身に永遠とその言葉を唱えていた。声に出していれば、不審者になること間違いなしというくらいに、ずっと。


(……よし。それで、ええと)


 ともかくとして、とっちらかった脳内にスペースを作ったカリーナの頭の中は高速回転していた。

 前世の記憶フル稼働だ。


 気づいてしまった一つの可能性。これまでの出来事を思い返せば思い返すほど、負けヒロインとしての条件は合致していく。


 例えば、アドルファスとカリーナの能力値の差。

 例えば、聖女たる王女様との容姿の差。

 例えば、勇者として旅に出る男と、村に残る女という関係。

 例えば、小さい頃にかわした結婚の約束。

 例えば────……。


 ピンポーン!


 ついに豆電球がビカビカと点灯した。もちろん想像の中で、だが。


(おめでとうございます! 役満です!!)


 カリーナの心の中は拍手喝采だった。やけくそとも言う。


 『負けヒロイン』確定である。


(もうここまで条件揃ったら、絶対にそうでしょ)


 どう足掻いても凡人の域を出ないカリーナと、神に選ばれし勇者であるアドルファス。あまりにも人種が違う。


 幼馴染みが出発するというタイミング。盛大なお見送りが始まろうとしているその傍らで、カリーナは自分にあてられたらしい役回りに愕然としていた。


(うっそぉ……。そんなことってある???)


 思えば、昨日からずっと、そんなことがあるのかと信じられない気分になることの連続だ。

 もはや驚くのにも疲れるくらいに、色々なことがこの短期間で起こりすぎていた。


「リィナ!」

「はい?! ……ど、どうしたの、アデル?」


 意識が若干逸れていたところで肩を掴まれて、カリーナは数回目を瞬いた。

 いつになく真剣なアドルファスが口を開く。


「リィナ、ごめん。置いていく。危ない目に遭わせたくない」

「あ、うん。分かってるよ」


 ケロッとした声音で返してしまった。お陰で二人の温度差がすごいことになったがそこは気にしないことにする。


 そりゃあ、連れて行ってもらえるだなんて微塵も思っていなかったし、着いて行く気もなかったので、全くその辺は大丈夫なのだけれど。

 着いて行ったところで、足でまといになるだけだ。それはもう全力で足を引っ張ることになってしまうだろう。想像にかたくない。


 そしてこの状況で、アドルファスはカリーナのことをいの一番に案じるらしい。

 一番危険な所へ突っ込んでいくのは自分のくせに、アドルファスはその辺りはどうでもいいようだった。

 この状況で最も心配されるべきは、旅に出るアドルファスの方だろうに。しかも、その目的は魔王討伐だ。普通の旅とはわけが違う。普通の冒険者の任務よりもよほど危険である。


「……待っててくれる?」

「えっ?」

「俺が帰ってくるまで、待ってて欲しい。……あの約束、覚えてる?」


 約束。

 言われて思い浮かぶのは、幼い頃に交わした結婚の約束だ。


「うん。……覚えてるよ」


 覚えているとも。忘れているはずがない。

 だって、カリーナはずっとアドルファスと結婚すると思っていたのだ。ことあるごとに思い出していたのだから、記憶から消えるわけがなかった。


 しかし、アドルファスの台詞は、物語の負けヒロイン役がヒーロー役に言われる定番のものにしか感じられなかった。


 待ってて欲しい、だなんてそんなの。

 待っている間に、聖女様と仲良くなって結局振られる展開の前振りではないか。


 カリーナの思考回路ではもう既に、自分は負けヒロインである、という前提が組み上がってしまっている。


 それだから、アドルファスの言葉に喜ぶことができない。


 ちょっとやそっとでは崩せないほど強固に作られたその意識は、ある意味では思考の飛躍とも言えた。が、悲しいかな、カリーナにとって、その前提を壊せるほどの力は自分たちが交わした口約束には存在し得なかったのである。


 今世の基盤となった前世の記憶は、あまりにもカリーナの人格に馴染んでいて、彼女の思い込みを助長してしまう。


「待ってて、くれるよね……?」


 アドルファスの問いかけに答えられずにいると、焦れてきたのかもう一度同じ問いを繰り返される。

 カリーナはパチクリとした。


 いつになく急かしてくる。


 アドルファスは基本的に相手のテンポに合わせる……というより、カリーナのテンポに合わせてくれるタイプだ。

 アドルファスはカリーナに甘いので。

 故に、普段急かされることはほとんどなかったため、カリーナは少し驚いたのである。


 余裕を持った態度を崩すことが少ないアドルファスが、カリーナに対して答えを急かすのはそれだけ珍しいことだった。

 常にないその性急さに、どうやら何か焦っているようだと察したカリーナは、とりあえず肯定の返事をすることにした。


「ええと、うん。分かった。……待ってるね」


 そうカリーナが答えれば、アドルファスはホッとした顔をした。それもなんだか珍しく感じて、カリーナはまじまじと己の幼馴染みを見つめた。


 この美しくて文句なしにかっこいい顔も、しばらく見なくなるのだ。


(ああ、寂しくなるな)


 ともすれば、一生、もう二度と見ない可能性もある。

 カリーナは焼き付けるようにアドルファスを見た。

 形の整った額も、そこからの通った鼻筋も、幼さの削れてきた頬から顎のラインも、隆起が目立つようになった喉仏も、広くなった肩幅も、骨ばった剣だこすらも綺麗な手も。

 全部、大好きだった。


 これで、最後かもしれない。


 半ば現実逃避のように、静かに整理の付けられない感情から乖離していくカリーナに、アドルファスはある意味残酷な言葉を吐くのだ。


「待ってて。必ず、帰ってくるから」


 約束、忘れないでね。なんて。

 忘れるのはきっと、アドルファスの方だろうに。けれど、それはもう少し未来の話で、今はアドルファスも、他の誰もそんなの分かりっこないから。


(……うそつき。でも、いいよ)


 ありきたりで、よくあるような世界の展開は、だって覆しようがないし、人が人を好きになるのは、もう仕方がないことだ。


「うん。大丈夫だから、行ってらっしゃい」

「うん、行ってきます」


 そうして、ハグを交わして。

 多分もう帰ってくることはないのだろうな、と思いながら、カリーナは幼馴染みの背中を見送った。


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