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ノブレス・オブリージュは斜め上

 ド緊張高まる最中のパーティーは、ほぼ面識のない人々にやたらと感謝され、死ぬほど居心地が悪かった。身に覚えのない物事でお礼をされることほど、恐怖を感じることはない。


 庶民にはとんでもない仕打ちだったが、流石は皇族主催のパーティー。出てくるものは全て非常に品質が高く、状況が状況でなければ、それなりに楽しめただろう。


 残念なことに、失礼のないようにマナーを気にしたり、きんぴかな品々に傷をつけないことに神経を尖らせていたので、そんな余裕はなかったが。


 そんな、生気を搾り取られたパーティーから数日後。


 カリーナは今日も今日とて二人と会話していた。聞けば、公務はこの時間を確保するために、二人とも早倒しで終わらせたらしい。


 世間話の最中、カリーナが聖木を強化したことがバレていたことが発覚したり(怒られなかった)、今や世界の人気者である勇者アドルファスが幼馴染みであることがバレたりした。


 後者においては、調べようと思えばいくらでも調べられるだろうから、特に問題もない気がする。


 そして、そこから話は二転三転。

 何故かカリーナはアドルファスとの関係を肴にされていた。


「ほぉ? 村に帰るのが気まずいと?」

「まぁ……、ざっくり言えばそんなとこです」

「肝の太いお前がなぁ。なんだ、失恋でもしたか?」

「デリカシーって知ってます?」


 ニタニタとした笑みでそう投げかけてくるアストラに、カリーナは盛大にため息をつく。


 この皇帝様、遠慮を知らないらしい。

 まぁ、遠慮をする王など、ほとんど見た事がないが。それにしたってズケズケと聞きすぎである。


 ふむ、と視線を斜め上の方に投げ、アストラは思案する。


「なら、この国に住まないか? 城で雇ってやる。喜べ、直属にするぞ」

「大変申し訳ございませんがお断りいたします」


 カリーナは光の速さで断った。もはや条件反射の勢いである。心の距離が一気に開く音がした。


 皇帝直々のスカウトという行為ですら心に負担がかかるのに、あまつさえ直属とか、ただの村人には荷が重すぎる。何を言ってるんだこの強引やろ……皇帝様は。


「ふ。まぁ、そう心の距離をとるな」

「分かっているなら、言わないでいただけませんかね」


 お互いの身分差を分かっていてもなお、慇懃無礼に返すカリーナ。あえて対応を変えないその態度がアストラにとっては新鮮で、楽しくて仕方がない。


 皇帝という最上位の身分であるがゆえに、アストラの顔色を窺うものが多い中で、カリーナという人物はそれをしない。

 平民、もっと言えば他国の村人であるというのにだ。

 それがどれだけ貴重なことか。


 ケラケラ笑うアストラに対し、カリーナはブルーグレーの目を胡乱げに細め、じっとりと睨みつけた。


(この愉快犯め)


「しかし、惜しいな。お前ほどの人材はなかなかいない」


 数分の後、ようやく笑いを収めたアストラの言葉に、カリーナはパチクリとする。どうやら割と本気だったらしい。

 カリーナは何をどう足掻いても庶民だし、能力もろもろ全て平凡でしかないのだが、一体どこに価値を見いだしたというのだろう。


「それは買い被りすぎというものでは?」

「あら、そうでもないと思うわよ。だって、あなたみたいな人初めて見たもの」


 と、これはリディア。


 嗚呼なるほど、とカリーナは頷いた。

 死にかけの聖木を蘇らせた挙句にうっかり強化する人間は、たしかにそうそう見ないに違いない。その自覚はカリーナにもあった。


「リディの言う通り、お前は面白いことをするからな。逃がすのは惜しい」

「あれ、もしかして珍獣扱いされてる?」


 とことん失礼だなこの皇帝様。リディアさんにもう一度城を追い出されるといい。


 心の中でそう呪いつつ、カリーナは肩を竦めた。


「お気持ちはありがた……くもないですね。その感じは。でもまぁ、嬉しいよ。ありがとうございます」

「それとも嫁になるか?」

「はい?????? いえ、なりませんって」


 何言ってるんだこの皇帝様take2である。


 そんなカリーナの反応をさして気にもしていないアストラは、リディアと仲良く会話を続ける。


「別にお世継ぎのことは気にしなくていいぞ。リディが産むからな。なぁ?」

「えぇ」


 さも普通のことと言わんばかりに会話しているが、違う。そういう問題ではない。


「友人を助けたいと思うのは普通だろ?」

「そうですわ。あたくし、カリーナなら一緒に暮らしてもよろしくてよ。お友達だもの、助けるのは当然のことよ」


 急に貴族らしさの溢れる優雅で綺麗な微笑みを浮かべた二人の言葉に、カリーナは宙を仰いだ。


 そうだった、ラツェド帝国は一夫多妻制なんだった。確かにその辺は問題ないのだろうが、しかし、親切の方向が斜め上を走っている。


「ちょっと助け方が特殊すぎる…………」

「ぶは、あっはっはっは。お気に召さなかったようだぞ、リディ?」

「そのようですわね。悲しいですわ、アス」


(こーの似た者婚約者共め)


 夫婦は似てくると言うが、この二人は婚約者である今の時点でもう既にそっくりだ。あれだけ盛大な痴話喧嘩を繰り広げられる辺りでもう既に明らかだったが、お似合いである。


 息ぴったりなその言いように、カリーナはため息を吐いた。


 皇族どころか国のトップに君臨する皇帝様だとか、その婚約者様であるだとか、そんなことは知ったことではない。


 なにせ、素性はどうであれ、形式上はただの一般人として出会ったのだ。


 皇帝であるアストラとは、酒場にたまたま集まり、たまたま知り合ったお友達。しかも酒の痴態が広がる惨状の中で、だ。


 そうかと思えば、そのまま彼とその婚約者であるリディアとの痴話喧嘩に巻き込まれ、仲裁役すら担った。

 もう訳が分からないだろう。一体何がどうしたらそうなるのか、不思議どころの話ではない関係性だ。


 そうとも。それが三人の関係なのだ。故に、今更身分なんてものを気にする者はこの場にはいない。


 仲良くなりすぎてしまったからなのか、しれっと皇族の一員にしようとしてくる二人に、カリーナは呆れていた。


 カリーナはどうやら気に入られているらしいことは理解したが、一体何が琴線に触れたのか分からなかった。


 それにはれっきとした訳がある。

 本人は無自覚だが、実は幾度となく彼らを救っている。しかし、それに気づきもせず、媚びもしないため、カリーナはいたく気にいられたのだ。


 なお、カリーナからすれば、何もかも当然の行動の結果であって、特筆するものではなかったりする。


 それだけの事をやったという自覚がないのはカリーナのみ。故に感謝されることを不思議そうにする。軽く受け流してしまうのだ。

 それがまた、人からの尊敬と感謝を集めるとは露知らず。


 そういった点を分かっているからこその好意とも言えた。


 なにせ、周囲にはいないタイプの人なので。


 権力の象徴のような二人の周りで、ここまで媚びない人間は稀だ。


 権力に屈する様子もなく、おもねる気配も見せず、一方で、場合によっては礼儀正しく目上の存在として接してくる。臨機応変に立ち回り、アストラやリディアが損をするような状況にならないように、受け答えを変える。


 そういった場面に遭遇するたび、器用なことだと二人は感心していた。なかなかやろうとしてもできる芸当ではない。


 それでいて、平然と手を貸すのだ。皇帝だろうが何だろうが、ただの人なのだからと。

 どうにかできるだろうと傍観するのではなく、力になれることがあればと手を差し出し、何か助けになればと行動をしてくれる。


 特別扱いすることなく、しかし、蔑ろにするわけでもなく。その絶妙な距離感が心地よかった。


 滅多に見ない温かな善性。まごうことなき稀有な人間だった。


 そんな、まるで普通の人間になったような感覚をくれるカリーナのことを、アストラとリディアは、もうとっくのとうに好きになっていた。


 しかし、そんなことは全く気づいていなければ、褒められるほどのことではないと感じているカリーナは、訳が分からないという顔で首を傾げるのみ。


 知らぬは本人ばかりである。


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