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格差社会レベル100

 今回、長めです。

 さて、あれよあれよという間に、抵抗する気力すら取られたカリーナは数日、ラツェド帝国のお城で過ごしていた。

 連泊である。誰も止めやしないのだから、始末に負えない。

 頼むから誰か物申してくれよ。


 カリーナは最初、通された部屋に腰を抜かしかけた。


 豪華絢爛、全てが美しく、置かれている調度品は須らく最高級品質。


 身の置き場が非常に少なかった。少ないというより、もはやなかった。部屋の真ん中で直立不動になるくらいである。


 入ってから数分固まったカリーナに、何を勘違いしたのか、アストラとリディア両名が部屋を変えるかと言ってきたので、カリーナは慌ててここがいいです!!!! とクソデカボイスで言うことになった。


 腹から出た声であった。田舎で畑作業をしているときに、遠く向こう端にいる人に声をかける時と同じくらいの声量だった。腹式呼吸。


 部屋を変える、というのがどうやら一日かけてリフォームするか、という提案だったことを、そのまた数分後に知ったカリーナは今度こそ本気で気絶するかと思った。


 気に入らないらしいから、じゃあリフォームしよう!なんて普通ならないはずだ。というか規模がデカすぎる。やることが派手すぎて、ついていけない。


 急募:常識。

 いや、王侯貴族はこれが常識なのだろうか?


 まともに王侯貴族と関わったことは二人が初めてなカリーナには、実際のところがどうなのか、いまいち判断がつかなかった。


 勢いでここでいいと言ったものの、やはり庶民の出であるカリーナには、与えられた部屋はあまりにも豪華すぎた。そわそわして落ち着かない。


 例えば、カウチソファ。

 一体何人掛けなんですか? と問いかけたくなるほど大きいカウチソファは、有り得ないほどに柔らかく身体を受け止められる。


 そんな柔らかい椅子に座ったことなど、前世でも数える程しかないカリーナは遠い目をした。現実を受け止められない。


 座るのすら怖々なカリーナ。当たり前だが、夜、寝る時にべッドに乗っかることすらできなかった。


 いよいよ夜も更けて体力の限界に直面し、寝っ転がったはいいものの、ふかふかすぎて逆に寝心地が悪かった。身体が経験したことの無い柔らかさに順応できていなかった。


 涎を垂らしたら終わり。寝相が悪くてシーツにシワをつけても死ねる。緊張で強ばった身体は、睡眠中もそのままの状態だったらしく、翌日、カリーナの身体はバッキバキだった。


 体に負担が少ないはずの、超快適に作られている最高級ベッド。その上で寝たのに身体を痛めているあたりが、とても平民だった。


 そして、ご飯も三食きっちりと、呼び出されるカリーナ。


 どこに呼び出されているかって、アストラとリディアが待つ食堂である。庶民御用達の大衆食堂ではなく、がちがちの、王族仕様のお城の食堂だ。


 長いテーブル。アストラが言うにはお互いの距離が近い方がいいとのことで、ほぼ一部しか使われていないテーブルだが、そのテーブル一つ取っても、平民には縁のない高級さ。


 執事に恭しく椅子を引かれ、死ぬほど萎縮しながらも席についたカリーナは、テーブルクロスの真っ白さに恐れ戦いた。汚れるのを防ぐ為のテーブルクロスでは絶対にない。ここで食事をするのか、自分は。


 そして、それが三食分、毎日繰り返されるのである。


 出される食事はお洒落で素晴らしく美味しいが、緊張と食べ慣れない豪華さで胃もたれしそうだった。


 前世で覚えたテーブルマナーを必死で思い出しながら食事をしている。前世でのものが、この世界でのテーブルマナーと変わりがないことだけが救いだった。


 そんな感じで、カリーナは初めのころ、終始、小市民的な心を震え散らかしていたが、なんと四日にもなると、普通に寝れてしまっていた。

 朝起きて、体の軽やかさに驚いたほどである。快眠だった。質のいい寝具は、やはり違うらしい。


 とはいえ、あまりにも変化が劇的すぎて、体が少しおかしいが。


 慣れって、怖い。


 慣れというのは人間の長所だが、同時に短所でもある。これに慣れてしまったら、少々不味い気がする、とカリーナは冷や汗をかいた。


 一度贅沢が通常のこととして身についてしまうと、元の感覚に戻すのは苦労すると聞く。


 まぁ、人間は慣れる生き物だ。

 目が焼き潰されそうな豪華絢爛な景色も、なんとなく見慣れてきていた。いや、触れようとは一切思わないし、これが日常になって欲しいとも微塵も思わないが。


 マシになったと言えど、まだまだ気後れすることに変わりはない。


 前言撤回だ。慣れだなんてとんでもない。


 色とりどりの布を前に、カリーナは乾いた笑いを漏らした。


 溺れるくらいある布、布、布。辺り一面、全部布。視界に入るのは、布の暴力と呼ぶべきドレスの大群と、にこにこしているリディア。


 どうしてこんなことに。


 そこからのカリーナは着せ替え人形である。しかも、オーダーメイドとかいう単語が飛び出してきて、カリーナは感情が飛んだ。キャパシティの超過、素晴らしいくらいのキャパオーバー。


 どうぞ気兼ねなく着てくださいな、なーんて言葉が降ってきて、カリーナは白目を剥きかけた。


 ちょっと走っただけでも折れそうなピンヒール。いや、カリーナの足腰であれば走れるが、先にピンヒールの方に限界が来そうなほどの華奢で華美な作り。


 そして、どこかに引っかければ一発アウトな、吐き気がするほどのレース。ひらひらと靡くスカートは可愛らしいが、どう考えても身分不相応。足に絡まりそうである。


 そして、至る所にビジューという名の宝石類が付いているのを発見したカリーナは青ざめた。これこそ、神経を尖らせないと何かに引っかかり、取れてしまいそうである。


 しかもこれはイミテーションではなく、ガチもんの輝き。そもそも、リディアは皇帝であるアストラの婚約者。非常にノーブルな二人が差し出してくるドレスだ。それに付いている宝石が、偽物なわけがない。


 こんなにも平民の心臓に優しくない衣服があるだろうか。


 気軽に着れると思うな。


 更には公務をサボって様子を見に来たらしいアストラが、二人でお茶会でもしたらどうだ、と婚約者の行動を全肯定するデ口甘なせいで、高級ドレス着用と高級お茶会が決定した。笑うしかない。


 貴族社会に特別詳しくないカリーナでも分かる。これはおかしい。


 本で読んだだけの知識でも、理解ができる。このドレスたちも、既製品ですら手の届かない代物であることが。


「気に入らなければ、他の者に下賜しますから、好きな物だけ着てくださいな」

「はぁ、あはは.....」


 もう本当に笑うしかない。


 こんな自分の人生よりも高そうな布で出かけられるか! と頭を掻き毟りたい衝動に駆られながらも、カリーナはドレスに袖を通した。お茶を零したら腹切案件。


 なお、頼み込んだので、日常使いは免れた。非常に残念そうにされたが、こちとらド平民村人。無理だ、色々と。


 そんな訳で、この布の塊を着用するのは、お茶会の時のみである。


「この程度では、足りんな」

「そうですわねぇ」


 何やら二人して悩んでいるようだが、何が足りないのだ。


 感謝の表明とかいうことなら足りている。これ以上なく。過分すぎるので、もう必要ないくらいである。そもそも、なんで感謝されることになっているのかすら、カリーナには分かっていない。


「足りていますが」

「ふむ、ドレスもあるのだし、どうだ? こいつ主役のパーティーを開くのは」

「話聞けよ」

「あら、パーティーですの?」


 一体この人は何を言い始めたんだろうか。


 カリーナが敬語すらも抜いた言葉を投げても、誰も何も言わないのもどうなのだろうか。


 もうずっとこんな感じなのだが、そばに控えている人々も、時折廊下ですれ違う貴族の方々も、何も言わないのである。

 フランクすぎる話し方をしている場面に出会っても、である。


 自国の皇帝陛下に不敬な態度を取っている平民に、何も言わず好きにさせたままって、どういうことなんだ。

 

「こいつの成したことは、褒めてしかるべきことだからな。盛大な感謝会を開くべきだろうと思ってな」

「はい?」

「とてもいい案ですわ!」

「そうだろう?」


 得意気に胸を逸らしているアストラに対し、カリーナは頭を殴りたい衝動に駆られていた。不敬レベルがストップ高。同時に、カリーナのストレスゲージもストップ高である。


「実は初めから考えていてな。もうおおよその準備はできている」

「なんて?」

「あら! それでしたら、もうすぐにできますわね。やはり、他の者達からも希望がございましたのね?」

「ああ。それだけ、こいつには俺たちは世話になったからな」


 何の話が始まっているのか、理解ができない。してはいけない気がする、と本能が訴えかけてきている。が、どう考えてもカリーナの胃にダメージがくる部類の話である。無視したら、多分終わる。


「そういうわけだ、二日後にパーティーを開くぞ」

「それがよろしいですわね。良かったですわ! これできちんとお礼ができますのね」


 何一つ、よくはなかった。


 勘弁してくれ。

 カリーナは宙を仰いだが、視線をやった先の天井絵が、これまたとんでもなく大きな一枚絵であることに気がついてしまい、その価値の高さを思って目を閉じた。

 精神的に休まる場所がない。


「さぁ、カリーナさん。一緒にパーティーを楽しみましょうね」

「いや、あの。礼儀作法とか、分からないので.....」


 カリーナの発言はささやかな抵抗というか、至極真っ当な意見だったが、この二人がそれを聞いてやめる訳がない。そんな人間だったなら、今頃こんな話にはなっていないのである。


 目を瞬かせ、お互いの顔を見たアストラとリディアは、すぐににっこりと笑い合った。

 それを見ていたカリーナは、口の端が引き攣るのが分かった。嫌な予感がする。


「お気になさらないで。礼儀作法なんてことは後付けでよろしくてよ。貴女をもてなすためのパーティーですもの、楽しんでいただけなくては意味がないのよ」

「リディアの言う通りだな。お前への感謝を込めてのものだからな。文句を言うやつは追い出すし、そもそもそんなやつは入れない」


 だから安心して楽しむといい、と二人に言われて悟った。これは抵抗しても無駄なやつ、と。


(あ、もう決定事項なんですね。てか、感謝ってマジで何? なにもしてないのにこれなの怖すぎぃ......!!)


 どの部分に安心すればいいのか全く分からない。

 が、もはや何を言っても、パーティーが開催されるのも、それの主役なのも変わらないのである。


 もうこれはダメだ。

 カリーナはふ、と微笑んだ。


 諦めの笑みだった。


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