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庶民には荷が重い

 ここラツェド帝国でも、瓦版は大量に売られているし、その大見出しには相変わらず幼馴染みがいる。


(うーん、画素の荒い写真でもわかるこの顔面国宝。今日も我が幼馴染みはとんでもなく綺麗ですありがとうございます)


 勇者でなくとも、多分顔だけで食べていけるだろうアドルファスは、徐々に魔王に近づいていっているようだ。


 写真には聖女様と切り取られていることが多いが、まぁ、それももういつものことだ。お似合いの二人を世間は求めているから。

 まだアドルファスが好きなカリーナは、毎回少しダメージを受けているのだけれども。それを見なかったことにするのも、いつものことだった。


 記事の内容を読み込み、その旅路が順調そうであることを確認し、カリーナは瓦版を閉じた。


 朝早くに宿から出れば、もう既にアストラが待ち構えていた。もう少し忍んで欲しいところだが、ここまで来ると何を言っても無駄なのは分かりきっていたので、カリーナはため息を吐くだけに留めた。

 朝から疲れたくないので。




* * * * * *




 見上げた城は、真下から見るとてっぺんがほぼ見えない。遠くから見ても大きかったが、目の前にくると迫力が段違いである。


 カリーナはラツェド帝国の中心部、帝都のど真ん中に聳えている城へと連れられてきていた。


「本当に、皇帝様だったんですねぇ...」


 この広い帝国の中で、入国してすぐに皇帝と出会うだなんて、一体どんな確率なのやら。

 まあ、皇族は基本、下町の大衆酒場にはいないだろうが。


「さて、改めて自己紹介をしようじゃないか。アストラ・ジェスト・ラツェドだ。このラツェド帝国の皇帝をしている」

 

 握手の形で差し出された手を前に、カリーナは首を横に振る。この場では、二人は対等な立場にはなり得ない。

 ふ、と小さく笑って、カリーナは口を開く。


「本当に今更ですね。改めまして、カリーナ・ウィローと申します。これまでのご無礼をお許し下さい。ラツェド皇帝陛下」


 お互いの名前を、今ここで初めてお互いがきちんと知った。

 ここまで相当色々なことがあったが、この二人はまともに名乗りもしていなかったのである。


 それは、お互いの身分差故に。


 アストラが正式に名乗ってしまえば、皇族と平民としての立場関係が強くなり、ここまで親しくはなれない。カリーナの方も、いくらフランクに来られたとしても対応を変えねばならなかっただろう。


 そして、カリーナが名乗らなかったのは、皇族という、これ以上なく上の立場の人間にに名前を知られるということへの懸念と、純粋にアストラへの配慮。


 アストラは友人という関係性を築きたいようだった。それを汲んで、カリーナはアストラを「恐らくは皇帝」という曖昧な立場に置いた。

 そうすることで、お互いの身分はよく知らない純粋な友人同士としての関係を構築したのだ。


 お互いがお互いのために、正式に名乗らなかったのである。


 しかし、それも城に戻れば終わり。


 貴族社会が強く存在する場所に来れば、身分相応の動きをしなければならない。


「何立ち止まっている?」

「はい?」


 解散しようとしたカリーナは、アストラに言われたことを一瞬理解できなかった。

 なぜ今呼び止められているのだ自分は。ここでお別れなのではないのか?


 にやりと悪い顔をして笑ったアストラに、出会って何度目かの嫌な予感を覚える。


「お前はなかなか面白いからな。リディにも会わせようかと思ってな」

「は?!?!」


(私は見世物ではないのだが?!?!)


 嫌な予感的中である。勘弁して欲しい。


「ほら、とっとと行くぞ」

「いや、いやいやいや!!!」

「往生際が悪いな。なにがそんなに気になるんだ?」

「全てだよ!!!!」


 カリーナは平民で、もっと言えば辺境の村人で、あらゆる観点から見ても到底お城に入れるような人間ではない。


 それを、城に入れて、婚約者に会わすだって? 礼儀作法すらまともに習っていない人間に無茶を言うな。貴族式の作法なんて覚えていない。


 カリーナは敬語をかなぐり捨てて抵抗した。


 城の門番である衛兵が驚いていようが知ったことか。目の前の皇帝様がとんでもないことを始めようとしていることの方が余程緊急である。


「つべこべ言わずに行くぞ。リディも待っている」


 この男、恐らくだが愛しの婚約者と久々に会えるのが嬉しくて、他のことが眼中にないと見た。早く会いたいのは分かるが、それとこれとは別である。

 腕を掴んでくるな。手を離せ。


(会いたがるのは当然だから全然全く問題ないし、仲が睦まじくてよろしいですねとしか思えないが、だからといって私を戦利品のように城に持ち込もうとするな!!!!!)


「良かったですね存分に会ってこいよ! 一人で!!!」


 まぁ、この場で流石に身体強化はできなかった。そうなると膂力が違うので普通に引き摺られ、カリーナは強制的に城内へと入った。


 当初驚いていたらしい衛兵たちは、その時既に素知らぬ顔をしていた。止めろよ、と思ったが、流石に城の主人たる皇帝に意見を物申せる立場ではないのだろう。


 だからといって、こちらの視線での訴えを無視したのは忘れてやらないが。


 衛兵たちは皆、必死に見ないように目を逸らしていた。カリーナの目があまりにもガチだったので、それと目を合わせてはならぬと思ったし、自分たちにもどうにもできないので、何も見ていないフリをすることに集中していた。


 うちの皇帝陛下がすみません。でも、悪いようにはならないはずなので頑張って下さい。


 そんな声ならぬ声をカリーナへと送り、衛兵たちは職務に意識を戻した。現実逃避とも言う。


 抵抗虚しく城へと足を踏み入れたカリーナの目は死んでいた。

 どこを見ても豪華絢爛の極み。場違いすぎてアナフィラキシーショックを起こしそうだ。


(私の心労が盛り上がってまいりました)


 婚約者欠乏症な傍若無人俺様何様皇帝様は、一直線に、迷いなく婚約者様のところへ向かった。別にそれはいいのだが、問題はカリーナを引き摺っていることだ。


 それはもう、片腕に引き摺ったカリーナを引き連れ、視線の嵐に晒しながら、真っ直ぐ躊躇もなく向かってくれやがったのである。


「帰ったぞ」

「あら、お帰りなさいませ? 随分と好きにしてきたようですわねぇ、アス?」

「まぁ、怒るな。そんな顔をしていても美しいな。怒っても綺麗なだけだぞ、リディ」


 なんというか、そういうところだと思われる。

 カリーナは胡乱な目でアストラを見ていた。この言葉が通じない感じ、さぞかし婚約者様も腹が立つ瞬間があるだろう。


「それで、そちらの方が、噂の?」

「そうだ。面白いから連れてきた」

「あらまぁ」


(子どもじゃないんだから、そんな理由だけで連れてくるな)


「アスがごめんなさいね。あたくしは、リディア・ルージェナスタですわ。よろしくしてくださいまし」

「これはありがとうございます。カリーナ・ウィローと申します」


 嫋やかに、優雅に、威厳のあるカーテシーに、慌ててカリーナも頭を下げる。


 この場合、カーテシーで返すべきなのだろうが、如何せんそんなことをした経験がないので、不格好になるだろう。お目汚しなカーテシーをするより、頭を下げる方が余程マシである。


 それにしても、初対面なのに、散々アストラから惚気話を聞いていたせいか、初めて会った気がしない。


「あら、あらまぁまぁ」

「えっと?」

「ふふ、可愛らしい方ね、アス?」

「だろう? リディも気に入ると思ってな」


 何やら二人で楽しそうに通じあっているが、全くもって何がなんだか分からない。


 なんとなく嫌な予感がするのだが、ここ三日ほどはずっとそうなので、もう気にしないことにした。どうせ当たるし、どうせ回避しようとするだけ無駄なのだ。


「あたくしたち、とても助かりましたのよ、カリーナさん。だから、お礼がしたいんですの」

「????? お礼。いや、そんな何かした覚えはないですし、いりませんが....??」

「そんなことを仰らないでくださいな、ね、アス?」

「そうだな、リディ。という訳だ。別に損はしないだろう? させるつもりもないから、受け取るといい」


 いけしゃあしゃあとそんなことを抜かしやがるので、カリーナはほとほと呆れ果てた。

 そもそも、何に対するお礼なんだ。


「ひとまずそうだな、ここに泊まるといい」

「........はい?」


 ここにとまる?


「そうですわね。いい案ですわ、アス! 是非泊まっていってらして。歓迎いたしますわ」

「いや、いやいやいや」


 カリーナは青ざめて首を振った。何か不味いことになってきている。


「なんだ、ちゃんともてなすぞ?」

「ええ、是非とも。お礼の一環ですわ。あたくしたちにカリーナさんをもてなさせて下さいな」


 それに対してのこの発言。もうカリーナにも分かった。この二人、出会うべくして出会い、共にいるべくして共にいる。


 常識を一切考慮していなさそうなところがそっくりである。


 なんだか、総力をあげてもてなすとか、恐ろしい言葉が聞こえる気がするが、気の所為だろうか。気絶したい。


 平民の自分が、何故かお城に泊まって、しかも、何故か皇族とその婚約者様に身に覚えのないお礼をされるらしい。

 .....なんの冗談?


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