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身の丈に合った異世界転生

 ────という前世をつい、今さっき思い出した。


 痛む頭を押さえながら、一人の女の子が起き上がる。人違いで刺され、死んだ女──今世はカリーナ・ウィローという名の女の子だ。


 現在、齢七歳。柔らかなマロングレーの髪は緩くウェーブし、その瞳は澄んだブルーグレー。鼻は小さく尖り、大きめの目は目尻がつり上がっているので、少しきつい顔立ちに見える。外で遊ぶよりも室内で本を読むことの方が多く、植物全般が大好きな、そんなどこにでもいるような少女。


 たった今、前世を思い出したばかりである。


 朝日が上り始めた薄明るい早朝、涼やかな空気に似つかわしくない顰めっ面。


 彼女の中で起きた変化を考えれば仕方のないことではあるのだが、ベッドの上で億劫そうに呻く姿は少々子供らしさに欠けていなくもない。


 突然生えた前世の記憶。その思い出し方は、ただ寝て起きただけ。いつものように就寝して、そして夢の中で前世の全てを走馬灯のように見て、朝起きた。それだけである。


 何とも言えない、ぬるっとした思い出し方だった。


 異世界転生ものでよくあるような、転んで頭を打った衝撃で思い出すだとか、何か印象的なほどの場面で思い出すだとか、劇的なものではなかった。

 鈍い痛みはあるけれど、それだけだ。


(なんかすっごい微妙な思い出し方したな……)


 起きるにしては少々早すぎる時間帯。普段よりも早く目覚めてしまったカリーナは己の中を探る。


(人格は、うん。ちゃんと私だ。私はカリーナ・ウィロー。アールトス村の、ウィロー家の一人娘)


 テンプレのような人格が分裂しているということもなく、ごくごく自然な状態での目覚め。別れていた人格が統合されたような感覚もない。前世と今世は同一の人格、一人の人間として確立しているようだった。


 前世の記憶を思い出したと言っても、少々他人事のような感覚がする。言うなれば、前の人生の記録を見ただけの気分に近い。

 変化もさほどなく、多少、年齢の割には大人びた思考回路になったかどうか、というくらい。


 小さな手を見つめ、カリーナは思案する。


(思い出すにしても、なんで今? って思ったけど。体と精神がそれなりに育つまで、思い出さないようにしていたのかも)


 幼い子どもの未成熟な身体と精神に大人の記憶を突っ込めば、身体はともかく精神が崩壊する可能性は高い。ましてや、己が死んだときの記憶など毒にしかならない。


 脆い小さな器へ大きな器に入っていた水を入れれば、水は溢れ、丈夫ではない器は壊れる。


 つまり、本能的な自己崩壊しないための防衛として、前世の記憶を全て受け止められるようになるまで、無意識に記憶を忘却した状態にしていたのだ。


 そうして、七歳になり、耐久値を達したカリーナはめでたく記憶がインプットされたわけである。


 今までの記憶を思い出す限り、カリーナは何の変哲もない村娘──つまりモブに転生したようだ。主人公然としたスペックもなければ、ヒロインみのある飛びぬけた美しい容姿もない。


 しかし、カリーナは一切嘆いていなかった。


「全然いいわ。モブ上等! このまま好きなことして楽しく過ごすんだから!」


 鳥の鳴き声が響く中、ベッドの上に仁王立ちしながらカリーナは決意を新たにした。


 まずは、そう、本を沢山読んで知識を付けるところから!


 生きていく上で、知識をつけておいて損はない。むしろ得しかないので、蓄えるだけ蓄えておくべきだろう。


 ベッドから降り、シンプルな支度鏡を覗く。装飾の一切ない鏡だが、よく磨いているだけあって映りはかなりいい。

 物持ちを良くするには、やはりお手入れを丁寧にするに限る。


 朝起きたら、全身が映るこの鏡をすぐに見るのがカリーナのいつものルーティンだった。


 鏡に映る女の子は、茶色い髪に青と灰色のあわいの色の瞳。地味だ。その大人しい柔らかな色合いをカリーナ自身は気に入っているが、お姫様のようなプラチナブロンドや宝石のような碧眼に憧れるのもまた事実だった。


 好奇心に素直に動くことにしているため、外で駆けずり回ることも多いカリーナの肌は、健康的な色に日焼けている。噂で聞くお貴族様のような色白さはない。


 それでも一応、本を読むことが多いこともあって、村の中ではまだ日焼けていない方なのだが。


「カーラちゃ〜ん? 起きてるかしら〜?」


 鏡で自分の容姿を再確認していれば、階下から母の声がした。いつの間にやらみんなが起きてくる時間になったらしい。


「あっ、はーい! 起きてるよー!」


 返事をしながら髪に櫛を通して一つに纏め、急いで着替えて階段を駆け下りる。田舎の朝は早い。


 カリーナの足音に、白いワンピースの裾を揺らしながら食事をテーブルまで運んでいた母が振り返る。母のワンピースとお揃いのワンピースを着たカリーナは首を傾げる。家の中の光景がいつもと少しだけ違ったのだ。


 ちなみに親子でお揃いの服は全て母の手作りで、クローゼット内は基本的に明るい色の服が並んでいる。今日のカリーナのワンピースの色は、カナリアイエローである。


「あれ、お父さんは?」

「ユールはアレックスさんがぎっくり腰になったから、様子を見に行ったわよ~」

「ふぅん」


 席に着きながら口にした問いに、緩い話し方が特徴的なカリーナの母──ナタリア・ウィローはこれまた緩い笑みと共に答えた。父──ユール・ウィローは、どうやら朝早くから近所のおじさまのところへ向かったらしい。


 我が家から見て、二軒と一つの畑を挟んだ隣のアレックスさんは小柄ながらも筋肉質なご老人だ。快活で元気な人なのだが、結構な頻度で無茶をして腰を痛める。

 我が家は薬を作る、この村での薬局のような家なので、様子を見がてら、よく湿布や塗り薬を渡しに行くのである。


 家庭の知恵はなかなか馬鹿にできないもので、カリーナが生まれたウィロー家の作る薬は一部、王都の商会に卸していたりするほどの出来栄えだった。


  残念なことに、カリーナはその才能を一切受け継がなかったが。


「ただいまー」

「あら、ユールおかえりなさ~い」

「おかえりー」


 噂をすれば影。話題にしていたら、父が帰ってきたようだ。


 ひょい、とリビングへ顔を出したユールと、近づいたナタリアがハグを交わす。チークキスをした上に軽くバードキスをするあたり、カリーナの両親は未だにラブラブである。


 ユールとナタリアが出会ってから二十三年。結婚をしてから二十年が経つ。万年新婚のような両親の姿にカリーナは苦笑する。


(仲がいいのはいいことだけど……。前世日本人だった感覚だと、見てて照れちゃうな)


 長閑なこのアールトス村は、お年寄りの方が多い。商人は出入りしているが活気という言葉より閑静という言葉の方がしっくりくる。


 のんびり屋で緩い両親と、いっそつまらないほどに穏やかな村。住んでいる村人たちは、少しキャラが濃いような気もするが。


 平凡なことに変わりなくとも、前世よりは、カリーナの今世は楽しいものになりそうである。


「あら? カーラちゃん、あなたアドルファス君との待ち合わせ、もうそろそろじゃなかったかしら〜?」

「あっ、やばっ! そうだった!」


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