謎の二人組現る?
少し長いです。
着いた。どこって宝石店だ。ここに来るまでも一苦労だった。主に、すぐに寄り道をする皇帝様を引き戻すのが。
なお、襲撃者(仮)は、あの後身動きができないようにカリーナが押さえている内にお縄になった。
身柄を引き取りに来た警邏は、連行先を城へ、と指示を飛ばしたアストラにそれはもう驚いていた。普段ならお城にいるはずだろう自国の皇帝様がいたのだから、当たり前である。
閑話休題。
平民で、しかも村人のカリーナには一生縁の無さそうな高級店である。店構えからしてそこら辺の店とは違う。そもそもド田舎出身からしたら、宝石店という存在自体遠い。
しかし皇帝ともなればこれが普通なのだろう。
現に、アストラはなんの迷いもなく真っ直ぐ(というには寄り道が多かったが)ここへ来た。
やはり生活レベルが違う。
今更怖気づいて解散します、なんてことはしないが、遠い目になることくらいは許されるだろう。
まあ、そんなカリーナのことなど知らぬと言わんばかりに、アストラはズカズカと入っていくので、慌てて追いかける。ここで扉に分断されてみろ。もう入りたくなくなる。
ひどく丁寧な言葉遣いと振る舞いで店員に迎えられた後は、ショーケースの前へと陣取る。誰一人として客がいないのは、恐らく個室対応が常の店だからだろう。
ショーケースの中のものを物色しているらしいアストラ。その後ろ姿ですら、なにか物々しく、威圧感が凄い。皇帝感が隠せていない。
(忍ぶつもりないよね、この人)
「ふむ、おい。これなんかどうだ」
「はいはい、なんでございましょ。あー、と、」
指されたのは金細工にアメジストが無数に嵌め込まれた髪飾り。なるほど、センスはそれなりに良いらしい。パリュールを贈って拒否されたのは、単に量が多すぎたからのようだ。
「婚約者様のお写真とかないんですか。髪の色とかが分からないので、いまいち良いかどうかも分かりません」
「一理あるか。ちょっとまて、確かここに....あった。これだな」
胸ポケットから出された小さな写真。この男、婚約者の写真を常に持ち歩いているらしい。本当にベタ惚れのようで何よりである。
この世界でも写真が撮れるのは魔法があるお陰だ。前世の精密機器のように電気やカラクリでは動いていないが、クオリティ的には同じような画像ができあがる。素晴らしいことである。
前世のあのネットワークが縦横無尽に走っていた環境が記憶にある身としては、ありがたい限りだ。
詳しい仕組みは一村人であるカリーナにはあまりよく分からないが、色々と複雑な回路を組むことは前世でのそれらと同じことなのは知っていた。いつだったか本で読んだので。
とはいえ、そういったものを持っていたり使ったりするのはやはり貴族などの上層階級や商人が主で、カリーナのような村人にはほとんど縁が無いに等しいのだが。
そして、アストラに婚約者の写真を見せられたカリーナは、おお、と小さく歓声を上げた。
写真には貴族然とした、顔立ちの整った女性が写っていた。写真からですら分かる高貴さは流石としか言いようがない。
「婚約者の方、お顔がお綺麗でいらっしゃいますね」
「そうだろう? 気の強い女でな、喧嘩になるとよく俺が追い出される」
「尻に敷かれてやがる。皇帝の威厳も形無しですね」
慇懃無礼さのある敬語と明らかに口の悪い喋り方が混ざるカリーナの発言が、どうにもツボにハマったらしい。隣に佇む皇帝様は相も変わらず、かなり楽しそうだった。
気配を消して傍に控えていた店員は、真顔の裏で冷や汗を流していた。青ざめかける己を叱咤し、顔にも態度にも出さなかった。一流であるという意地だ。
表におくびにも出さなかったのは店員の涙ぐましい努力であった。
カリーナとアストラはそんなことには目もくれずに、あーでもないこーでもないと砕け散った敬語混じりで会話をしている。見て取れる身分差にそぐわない言葉の投げ合いに、宝石店の店員は遠い目をしていた。可哀想なことである。
カリーナは写真の中の婚約者殿とアストラをチラチラと見比べた。
それにしても、この綺麗で美しい婚約者様と、どちらかと言うとワイルド系の美形である皇帝様のペアか。この迫力のある美形が二人並んで立っていたら、かなりこう、覇者という感じがしそうである。
どちらも綺麗な顔立ちをしているけれど、どこか凄みのある美形だ。
「お前も顔は可愛い方だと思うが?」
「浮気ですか? ご遠慮願いたいものですねえ」
「違えわ。俺は婚約者一筋だっての」
軽いジョークが飛び交うが、それを投げ合っているのは皇帝と平民である。身分の違いがえげつないのにも関わらず、交わされる会話はどこまでも気安い。見る人が見れば二度見どころか三度見、四度見するほどの光景だった。
人によっては即刻打ち首になるだろう不敬極まるやり取りは、しかし立場の高い側が許しているため、咎められることがない。
「まぁ、真面目に答えるとですね。可愛いなんてのは基本的にどこにでもいるんですよ。もっと神々しいだとか、この世のものとは思えないくらい美しくないと、話にならないんですよね。私の幼馴染みはそういう容姿の整い方してるんですよ」
悟りを開いたかのようなカリーナの発言にほぉ、と興味深げに、そしてどこか面白そうにアストラは小首を傾げる。
「随分と幼馴染みを上げるな?」
「だって事実ですし。それに、一緒に旅してる聖女様なんて、同じくらいお綺麗で超絶お似合いでした。私じゃ隣に立ってもタロト芋です」
「随分と卑屈じゃないか。自己肯定感をどこに捨ててきたんだ?」
「実家の薬草園の肥料にしました」
実際問題。勝ち目なんてものはないのである。これに関しては十人が十人、同じ答えを出すだろう。えげつない顔面偏差値の違いを突きつけられてもなお、追いかけて行けるかと言われると、答えは「否」だ。
人間の然の摂理として、容姿端麗かつ性格にも問題がないとなれば、そりゃそっちの方に傾くのは当たり前の話。
より優秀な遺伝子を残そうと動くのは、人間に刻み込まれた本能だ。他の生物と異なるのは、恐らく理性の有無ではあるものの、遺伝子レベルで組み込まれたそのシステムに抗えることはそうそうないだろう。
「まあ、それはいいじゃないですか。それより、婚約者様の髪色だったら、銀細工の方がいいと思います。どうでしょう?」
「ふむ。確かに、こちらの方がより髪が綺麗に見えるか。よし、これにしよう」
即決なのは何よりだが。カリーナはふと過ぎった考えに眉を顰めた。
「婚約者の方は、ほかの女が選んだものであるとかは気にしないんですか? その辺、大丈夫なんです?」
更なる修羅場の原因になるのは御免である。
例えば、好きな男がほかの知らない女と買い物をし、自分へのプレゼントを一緒に選んで買ってきたとしよう。大抵、結果は修羅場ではないだろうか。
非常に今更ではあるが、揉め事の種になりつつあることに力リーナの目が死んだ。なぜもっと早く気が付かなかったのだろう。
いや、惚気というか、アストラの婚約者に対する愛情が凄いし、お互いにそんな気が全く、これっぽっちもないからこうなったのだが。
しかし、前世でも"こういう"のは揉め事の種だったような。
「ああ、それは心配しなくていいぞ。逆に有難がられるだろうな」
「本当ですか?」
「疑いようもなく。お礼と、謝罪すらされるかもしれんな。俺に振り回されてごめんなさいねってな」
「自覚があるなら自重しろ」
愛しの婚約者様にそんなことを言わせるんじゃない。というか、そう謝罪する可能性があるということは、この傍若無人さはいつもの事ということだ。
改めるつもりは微塵も無さそうである。
「本当ですね? 信用しますよ?」
「なんだ、疑り深いな」
「更なる修羅場は御免こうむるってだけです」
「ほぉ、修羅場か......」
「やめてくださいね?」
ニヤニヤと何を考えているのか知らないが、ろくでもないことだろう。やめていただきたいものである。
「冗談だ。流石に俺も悲しませるようなことはしたくない」
「それが聞けてほっとしてますよ」
世の中にはそれが出来ない人間も山といるので。
そういえば、前世のカリーナが死んだ要因は痴情の縺れである。しかも顔も名前も知らない人間の、全くの赤の他人、第三者もいいところな立場でだ。人違いとかもうほんとゴミだった。
そんなに恨んでいるのなら、人の顔くらいちゃんと見ろという話だ。刺してくれた相手の痴情の縺れに、カリーナは一切なんの関係もなかったというのに。
原因になった顔も知らないどこかのクソ野郎が天誅を受けているといいな、と思いながらカリーナは溜め息を吐いた。
前世での死因を思い返している内に、アストラは銀細工の髪飾りを一括購入していた。ついでにと他にも幾つかアクセサリーを買ったようだ。
一式を贈りすぎてパリュールを嫌がられたというのに、そんなことをしているのだから進展がない。
また怒られるのでは、と思いながら、そうなってもカリーナには関係のない話だ。とりあえずスルーした。
どうせそれまでにはこの珍妙な道行きも終わりである。そうなれば関わりもなくなるのだろうから、と。
人はそれをフラグと呼ぶ。




