巻き込み事故はご遠慮願います
ラツェド帝国は世界から見ても大きい国だ。その帝都ともなれば、市場もかなり広い。
アストラによれば、今二人が歩いている通りでは毎日市場が開かれているらしい。確かに、カリーナが今まで体験したことのないような活気だ。
「あそこの屋台の串焼きは美味いぞ。小腹が減ったな。食うか」
「いい加減にしろ自由人」
不敬に不敬を重ね塗りしていく会話だが、普通ならとんでもない言葉遣いで話しかけられている当の本人は楽しげだ。
むしろ、進んで突っ込みどころを作っているようにすら見える。
通りから少しずれ、賑やかな活気が遠ざかった。先程までが音に溢れていたせいか、こちらは随分と静かに感じる。
「皇帝アストラっ、ここで会ったが百年目ェ!! お命頂戴する!」
「なんか変なの来た」
突然会話の間に混ざった知らぬ声。それによって、ドッチボールになりつつあった言葉のラリーが打ち切りになる。
呑気に歩きながら話していたら、どっかの悪役の定番台詞みたいなものが飛んできた。
なんだろう、この拭いきれぬギャグ漫画味は。
さておいて、ここまで露骨に命を狙われることがあるとは。活気のある場から離れた静かなところとはいえ、ここは街のど真ん中である。しかも、背後から狙うとかではなくまさかの真正面からのご登場に、カリーナは困惑した。
こういうのって、普通は不意をついてくるものなのではないのか?
いや、唐突だったし、不意はつかれているが。こう、もう少し奇襲っぽく、暗殺っぽく殺しにくるものではないのか。
大きい声でそんなことを言ってしまえば、お縄につくのは秒だろうし、何より言われた側の警戒度が上がるので隙が余計に生まれなくなる。命を狙うには適さない行為だと思うのだが。
「ほぉ?」
何やら面白そうな顔をした皇帝様は微塵も身構える様子がない。現在進行形で命を狙われているというのに、余裕の表情である。張本人がこれ。仮にも命を狙われているのだから、もう少しそれらしい反応をして欲しいものだ。こちらの気まで抜けてしまうではないか。
などと思っていたら普通に斬りかかってきた。
(あ、そこは無言なんだ)
襲撃者(仮)が目の前に飛び出てきた時から身体強化をかけていたカリーナは、攻撃をひょいと避ける。反らした身体の前を通っていく鉄を視線で追いながらそう思った。
ちなみに当然、横にいたアストラも別方向に避けていた。それはもう身軽な動きで。強い、と自称しただけの実力はあるらしい。
お命頂戴、と言っていたのでそりゃ斬りかかって来るのも当然なのだが、こう、思ったより静かだった。
なかなかド派手な、露骨すぎていっそ間抜けな登場の仕方だったので、何か叫びながら襲いかかってくるものだと勝手に思っていた。
ますます下手くそというかトンチキな印象をくれる襲撃者である。
襲撃されたと称していいような状況なのに、非常に緊張感がないのには訳がある。
先程から来る攻撃が単調過ぎて避けやすいのだ。鉄の塊をただぶん回しているような、大雑把な振り。村に出てくる猪型の魔物よりもはるかに動きが鈍い。
避けやすくて、こちら側としては良いのだが、あまりにも軌道が分かりやすすぎて滑稽さに拍車をかけている。
仮にも皇帝の命を奪いに来たというのに、ただの村人の小娘にこうも簡単に攻撃を避けられていていいのか。
敵ながら、憐れになってくるくらい当たらない。戦い慣れているらしいアストラは言わずもがなだ。事態の中心である皇帝様は、もはや傍観の姿勢である。
この国に入る前の魔物に比べればおちゃのこさいさいだ。魔物と睨み合っていたときの方が余程命の危機を感じた。
「っ、クソッ、避けるんじゃない......っ!」
「いや避けるが????」
何を言っているんだこいつは。
振り下ろされた剣をバックステップで躱しながら、平然と放たれたカリーナの言葉に、背後で見守り体制だったアストラの爆笑が聞こえる。どうやらアストラの浅い笑いのツボを刺激した模様。楽しそうでなによりだ。
攻撃されたら避ける。当然のことだ。実力差や状況故に避けられないこともあるが、基本は避けられるなら避けるだろう。誰だって進んで怪我はしたくない。
てんで当たらないから焦っての発言だろうが、それならもう少し当てる努力をして欲しいものである。
身体強化をしているとはいえ、村人の、しかも大して鍛えてもいない女であるカリーナに、攻撃を一つも当てられないとなると、かなり実力的に怪しい。
これでよくアストラを殺そうと思ったものだ。
実を言うと、本人的には軽くかけているつもりのカリーナの身体強化は、実はバリバリに頑強な身体強化なので、そこら辺の人間が行う身体強化とは訳が違う。
違うのだが、カリーナは自分がやっているのは内向者の中で一際しょぼい度合いでしかないと思っている。
両者の間にすれ違いが起こっていた。認識の齟齬が産むアンジャッシュ。誰も止めようがない。
なお、アストラも身体強化をかけるカリーナの、その流れている大量な魔力量に少々面食らっていたのだが、顔に出さなかったのでこれにも誰も気が付かない。
「ぐ、このぉっ!」
「おおっと、」
なかなか....どころか全く当たる気配のない攻撃。ひとえに向こうの実力不足(注:カリーナの主観)なので自業自得なのだが、痺れを切らしたのか襲撃者(仮)は魔法を使い始めた。
火の玉やら水の玉やらが弾丸のように向かってくるので、どうやら外向者だった模様。
「狙いが悪いなぁ....」
が、しかし身体強化をしているカリーナは文字通り全身、全身体機能が向上しているので、動体視力も反射神経も並外れて良いわけである。
どれもこれも当たりもしなければ、掠りもしなかった。
(アデルならもっと上手、というか一瞬で終わってる。村の人も、もっと上手いし)
実は襲撃者の魔法の腕はそんなに悪くなかったのだが、カリーナの基準は知らぬ内にアドルファスになっていた。
世界の意志に選ばれし勇者と比較してしまえば、そりゃあ下手くそにも思える。何故って素養から能力の高さから、何から何までが乖離しているので。実力がもう天と地の差。それを基準にしているならば、大したことないように思ってしまうのも道理である。
もう一つ言ってしまえば、カリーナとアドルファスの育ったアールトス村は、結構戦える強い人が多いのだ。カリーナは知らないが。
そんな強い人しか周囲にいなかったせいで感覚が麻痺しているカリーナは、飛んでくる魔法と剣撃をこともなさげに避け続け、ついでとばかりに剣を握っている手を蹴った。
なんかもう、茶番と言ったら可哀想だが、もう単調な攻撃を避けるのも飽きてきたので終わりにしていいと思ったのだ。
握りが甘いのか、はたまた疲れてきていたのか。いとも簡単に吹っ飛んでいった剣を尻目に、襲撃者(仮)を叩き伏せ、地面と熱烈にキスをさせることに成功した。
それはそれとして、ノーブルな痴話喧嘩に巻き込まれたと思ったらこれである。何やら雲行きがおかしいと思うのだが、どういうことなのだろうか?
それとも、皇帝の身ともなればこれが日常なのか?
「っ、こんなに強い護衛がいるなんて聞いてないぞ....!」
「いや、別に私は護衛じゃないんですけど......」
結果的に守ったことになったが、そもそも巻き込まれただけの一般人である。偶然居合わせたと言うよりかは、強制的にお供にされていたのだが。
兎も角として、カリーナは護衛なんて大層なものではないし、皇帝陛下の部下になった覚えもない。
護衛ですらない一般人に倒されてしまった襲撃者(仮)。滑稽を越えてもはや憐れだった。
お貴族様、しかも王族とその婚約者の痴話喧嘩に巻き込まれたと思ったらこれだ。不運もいいところである。
まさか襲われるとは。いや、全然危険な感じではなかったけれども。
というか、まだ最初に定めた目的地である宝石店にすら着いていないのだが。
幸先不安である。
カリーナはちらりとアストラの方を見るが、現在進行形で命を狙われている彼は平然としている。まるで意に返していなさそうなので、まだこの道行きは続くのだろう。
こうなったら最後まで付き合うしかあるまい。カリーナは再度覚悟を決めた。
ひとまず、目指すは宝石店である。




