旅は道連れ世は情け
酒の痴態が広がる割としょうもない絵面の中、出会った正体不詳のやけに高貴そうな男。日を変えて、というか変えるも何も翌日だが。
なかなかに印象的な出会い方をしたその男に、カリーナはとっ捕まっていた。
宿屋から出た瞬間、まるで図っていたかのように目が合って数秒。気のせいということにして踵を返したカリーナは、即座にがっしりと肩を掴んできた手にげんなりとした。
「なんの御用で?」
「お前、暇だな? 暇だろう」
「なんなんですか?」
その通り、適当に街中をぶらぶらする予定だったので、とどのつまりカリーナは暇人ではあった。が、こうも断定されると何となく不服感がある。こう、若干イラッとするというか。
そもそも、カリーナはまだラツェド帝国に着いてから一日ほどしか経ってないのである。観光をさせろ。
「まぁ、暇人なら付き合え」
「本当になんなんです……」
変な人だ。昨日からずっと思っていたが、変わっている人である。
謎に気安く肩を組まれたカリーナは胡乱な目で男を見上げた。どうせどこかのお貴族様か何かなのだろうことは察せられるが、何かしらの用事に付き合えと言うからには、最低限の名乗りくらいして欲しいものだ。
「そもそも貴方、どこの誰なんです? まずは自己紹介から始めるべきかと思いますが?」
これで渋られれば、こちらとしても断る理由ができる。そう思っての言葉だったが、残念ながらそう上手くはいかないのである。
「ふむ、一理あるか。俺はアストラだ」
「はぁ……。どうも」
「このラツェド帝国の王をやっている。まぁ、言わば皇帝だな」
「…………はぁ?!」
高貴そうではあるが、変な人だなと思っていた。思ってはいたけれど。
その変な人がまさか、想像をはるかに超えるレベルのやんごとなきお方だなんて、そんなの思うはずがないだろう。
そう。その変人は蓋を開けてみればなんと、まさかのまさか、皇帝様だったのである。
カリーナは仰天した。
(国のトップが、一人でなにしてんの?!?!?!)
なぜ、そんなやんごとなき身分の人間が、下町の酒場で酒盛りなんてものをしていたのだ。しかも一人で。一体、護衛はどうしたというのだ。
視線を周囲に投げてみても護衛らしきものは見つけられない。そも、一般人のカリーナに見えるような位置で護衛はしていないだろうとも思うが。しかし、なんか、いなさそうである。
「いや、あの。護衛とかは?」
「いないぞ」
「何故」
「いても鬱陶しいだけだろう? 自由に動く方が好きなんだよ。それに、俺に勝てるやつはまずいないんでな」
(あ、なるほど。強いから護衛要らずなんだ……? いや、そういう問題かな???)
皇帝なんですよね????
まぁ、本人がいいと言うのならばいいのだろうか。んなわきゃないのだが、突っ込むだけ無駄な気もする。
ところで。
いくら強いといえども、身分だけを見れば確実に護衛は必要かと思われるが、とりあえず護衛が必要か否かはこの際どうでもいいとして。
この人いつまでここにいるんだろうか。
お国のトップのはずだが、こんなところで油を売っていて国は大丈夫なのかと思った。カリーナはラツェド帝国で暮らしているわけでもないため、何か問題が起きたとて、特に関係はないのだが。
周囲の部下が優秀で、きちんと国の運営が回るからここにいるのだろうが、それにしたって皇帝が不在なのは問題ではなかろうか。
「お城にお帰りにならないんですか?」
「いやな。婚約者と喧嘩していて、城を追い出されてんだよ」
「あんたが追い出されんのかい!!!」
思わず飛び出たシャウト。
瞬間、にやぁ、と笑われる。皇帝様のくせに、何ともあくどい笑みであった。
「なんだ、随分と口が荒いんじゃないか」
「あ、」
しまった。
カリーナは口にベチン! と手を当てた。そうしたところでもう手遅れなのだが、そうせずにはいられなかったのだ。
皇帝だというのにあまりにもフランクに話してくるものだから、つい流れのままに、口の悪さをそのまま露呈させてしまった。気が緩んでいたとしか言いようがない。
あんまりにもツッコミどころが多すぎて、言わずにはいられなかったのである。それは衝動に近いものだったため、言い方を取り繕う暇もなく心の声がそのまま飛び出てしまったというわけだ。
余談になるが、カリーナの口の悪さは前世からのものだ。よく遊び相手になってくれていた近所のお兄さんの影響をもろに受けた。
つまり、その記憶を思い出した今世では、もう生来から口が悪いということになる。そのため、取り繕うのはできても直すのはほぼ不可能と言える。
それよりも皇帝だというのにこの気安さ。なんかもう凄いとしか言いようがない。
それまでのニタニタした顔を戻し、何やら遠い目をして小さくため息を吐いたアストラが口を開く。
「このままだと、しばらく愛しの婚約者と会えないんだよ。死活問題だろう?」
「ベタ惚れじゃねーか」
もう取り繕うのもめんどくさくなってきたカリーナは、開き直って心の声をそのまま出すことにした。
だってもうバレたのだから、気にしたところで仕方がない。
「そういうわけだ」
(どういうわけ?)
「つべこべ言わず、機嫌取りに付き合え」
「強引すぎる」
あまりにも強引がすぎるぞこの皇帝様。そこの辺りが婚約者さんを怒らせたのでは???
そう思わなくはなかったが、ここは言わぬが花。心の中に留めた。
仕方ない。ここまで来たらもう一蓮托生だ。旅は道連れ、世は情け。
ここは一つ、一人の女に恋する男に手を貸してやろうではないか。
相手は皇帝様? 身分の違い? 不敬? そんなものは一旦捨て置くことにした。考えている暇はない。
この際だ、いっそ不敬をぶっちぎってやろうじゃないかと、カリーナは若干破滅的なことを考えながら行動を開始する。やけくそだった。
「で、どこに向かうんです」
「とりあえず、宝石店にでも行こうかと思っててな。髪飾りでも見繕う」
「なんか雑じゃありません? それだから追い出されるのでは......」
「パリュールでもいいんだが、いつだったかもう要らないと言われてな」
どれだけ贈ったんだこの皇帝様は。
恐らく宝飾品を贈られることに慣れているだろう婚約者様が拒否するとなると、かなりの数だったのではないだろうか。
あと、多分だけれど、この人は加減を知らなさそう。
「私は道を知らないので、本当に着いていくだけですよ。う〜ん、小さな装飾品だとかが妥当でしょうかね」
「派手な方がいいんじゃないのか? 分かりやすくて」
「正気か?」
分かりやすくていいとか言っている時点で女心が分かっていない。情緒がなさすぎる。派手であればいいという女性なら問題ないが、この感じは多分違うだろう。
何となく追い出された理由が分かる気がした。多分、こういうとこなんだろうなぁ。
「女としての助言ですけど、明らかなご機嫌取りって感じのはやめておいた方がいいですよ」
貴方多分、その辺りド下手くそでしょうし。
カリーナはかなり失礼なことを思っていた。
何故か知らないが許容されているお陰で無事だが、何かが一つでも違っていたなら打首獄門である。というか、今の状況が特別なだけで、普通なら今頃しょっ引かれている。
なにせ、相手は皇帝様であるので。この帝国のいっちばん偉い人なので。なんか謎にフランクだが。
「ふむ。そうか......やはり巻き込んで正解だったな。よし、その調子で付き合え」
本当にこの超絶上から目線で偉そうな態度、お忍びで街に降りてきている人間とは思えない。もう少し忍べよ。尊大すぎる。嫌味な尊大さではないからか、受ける印象は悪くないのが、余計にタチが悪い気がする。
仕方がない。元より乗り掛かった舟だ。盛大に巻き込まれた以上、ここで逃げれば女が廃る。そもそも、逃げられるような段階にはもうないのだし。ならば、乗ってしまった方が負う怪我も少なくて済む。
「ところで、腹が減ったからそこのパン屋で昼買っていいか?」
「仲直りする気あります??????」
先程宝石店に行くと話していたばかりでは。早く婚約者様と会いたいのではなかったのか。
この男、もうはや寄り道をし始めた。ご機嫌取りの為の買い物はどこへ行ったのだ。
この皇帝様、欲に忠実過ぎるのではなかろうか。自由過ぎるわ。
この人についていく部下の人たちは、さぞかし苦労をしていることだろう。
護衛もつけず、なんなら護衛を巻いてでも一人で堂々と城下町を闊歩するアストラ。
パン屋に入っていく素晴らしくマイペースな後ろ姿を追いかけながら、カリーナは会ったこともない彼の側近達の苦労を思った。




