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急募:酔い覚まし

 ラツェド帝国に着いたカリーナが入国してまずしたのは、乗合馬車の発着予定時刻の確認である。


 今朝出てきた街で食堂の奥様に聞いた話を思い返す。


 話によれば、ラツェド帝国は玄関口と称される街──ヴェルフェアからは乗合馬車が走っていて、それに乗れば真っ直ぐ帝都に行けるとのことだった。


 国境近くにある街は旅行者が多く訪れるため、住んでいなくとも隣国のことに詳しい。なので、そこで聞くとスムーズに隣国に入るための手続きをしに行けるし、その後のこともそれなりに分かる。

 これも両親から教えてもらった旅の知恵だ。


 確認したところ、次に来る帝都行きの乗合馬車はあと約二時間後。


 長距離かつところどころで止まる、前世での各駅停車のような運行をするらしい帝都行き乗合馬車は、一日に三本しか走っていないようだ。夜に走るのは安全面から見てよろしくないからと、運行自体は昼過ぎまで。


 カリーナが乗ろうとしている二時間後の便は、今日最後の便である。


 このヴェルフェアは国の入口であるだけあり、ラツェド帝国を構成する街の中でも有数の大きな街で、有名な観光地の一つである。


 観光都市であるこの街で一泊するのも全く問題ないのだが、帝都に行けるなら行ってしまいたい。


 人生でこれきりという訳でもないのだから、今回は流し見だけにすることに決めた。カリーナはまだ十五歳。まだまだ時間は大量にあるし、死ななければ何度だって来ればいいのだ。


 さて残り二時間。できる限りで見て回ろうじゃないか。差し当たっては、まずお昼を食べることからである。




* * * * * *




 そこかしこに転がる酒瓶。グラスからどころかテーブルからすらも零れている酒たち。どこからどう見ても酔いつぶれている男ども。


 酒臭いことこの上ない空間だが、さもありなん。ここは酒場なので。


 カリーナは今、ラツェド帝国の帝都にある大衆酒場にいた。


 ヴェルフェアから帝都ツェリベルンまで一直線に来たカリーナは、着いて早々、手頃な値段よりも少し上の宿を取った。


 なぜ手頃な値段よりも上かと言うと、そのほうが安全性が高いからである。「いのちだいじに」がこの旅の第一モットーである。女の身で一人旅をするのならば、安全面向上にかかるお金に糸目をかけてはならない。


 まぁ、魔物との遭遇という名の不慮の事故は、「いのちだいじに」を掲げていようがどうにもならないが。

 ほんとになんであんな短時間で二回も遭遇したのだか。


 思い出すだけでゲッソリしたカリーナは周囲を見回した。死屍累々である。


 まだ起きている人間もちらほらいるものの、大半が突っ伏していたり、床に転がっていたりする。

 椅子に腹ばいになって寝ている人間なんかは、明日かなり吐くに違いない。体勢がよろしくなさすぎる。酒をしこたま飲んだ後に腹部を圧迫するのはおすすめできない。八割ほどの確率で起きた時に吐くので。


 うつ伏せで床に這い蹲っていた一人がのそりと顔を上げた。露になった赤ら顔はアルコールが回った酔っ払いのそれである。


「うえへへへへ、まだまだ飲めるぞぉ〜〜〜」


 それ以上はやめた方が良いのでは。


 明らかに許容範囲を超えているのにも関わらず、まだ飲む気らしい男性は、それまで仲良くしていた床とお別れし、おぼつかない動きで椅子に座り直した。座る位置が端すぎて、今にも落ちそうだ。

 

「おかわ」

「え、死んだ?」


 元気にもう一杯! を告げようとした男がいきなり机に突っ伏した。がんっ、と大きな音を立てて額を打ち付けた彼は、それなのに全く起き上がる気配がない。


 すわ死んだかと思って横から覗き見る。死んでいなくとも急性アルコール中毒になっていたら不味い。処置をせずに放置すれば行き着く先は死である。


(まず、は、うん。生きてるな? 呼吸も問題なし、泡も吹いてないし、......いや呑気な顔してんなぁ)


 不味いのではと、容態をじろじろ見ながら確認していたカリーナは呆れた。


 一歩間違えたら危険なほど飲んでいるというのに、赤ら顔は非常に呑気な面をして眠っている。

 平和なようでなによりだが、ここで背後から狙われたら終わりだろう。まぁ、そんなことをする人間はこの場にはいないだろうが、全く可能性がない訳ではない。


 不用心な男の涎がもうはやテーブルに水溜まりを作っている。これでは明日は寝起きの状態が最悪だろう。


 名前も知らない人間の寝起きの状態が最悪になろうがなんだろうが、カリーナには関係ないので、そのまま放置することにした。


 そも、今日酒場に来たのは酔っ払い共を見るためではない。


 今日一日、振り返ってもカリーナは踏んだり蹴ったりたった。魔物に遭遇するわ、魔物に囲まれるわ、不可抗力で聖木を強化してしまうわ。


 色々ありすぎである。一日にそんなに出来事を詰め込まないで欲しい。


 ついこの間まで、忙しさなど微塵もない長閑なアールトス村で本を読み耽る生活を送っていたカリーナにとって、まさしく目が回るような一日だった。こんなに目まぐるしい一日など、幼馴染みが勇者に選ばれた時くらいである。


 そんな自分を労わりたかったからお酒を飲みに来たのだが、酒場はもう既に出来上がった人間ばかり。静かに飲むには呻き声といびき、時折混ざるへべれけの笑い声が多すぎる。


(こりゃ一杯飲んだらすぐ宿に帰らないとかな)


 肩を竦めたカリーナはカウンター席に座って店主にカクテルを頼む。


 店内の惨状を目にしながらも席に着いて注文をした年若い女に、苦笑を一つ返した店主はシェイカーを手に取った。


 数刻後。


(やばい、変な人しかいない)


 甘いフルーツの乗ったカクテルを口に含みながら、カリーナは半笑いになっていた。


 大衆酒場は変わり者の巣窟と化していた。巣窟に入り込んだのはカリーナのほうだったが、そんな細かいこたどうでもいい。


 初めの頃に机と密着した男性は未だに夢の中である。どうやら夢の中でも飲んだくれているらしい寝言が聞こえる。

 それをBGMにして、別のテーブルでは年若い男性二人が、床で転がっているこれまた若めの男性の上でトランプタワーを組み立て中だ。


 その更に向こうのテーブルでは、天板の上で逆立ちをしている中年の男性がいる。酒の回り方がとんでもなさそうな体勢だ。いや何故逆立ち。


 その傍では女性がポテトと格闘している。例に漏れず酔っ払っているらしい彼女のフォークは、皿に乗ったポテトの上空を掬っている。虚ろな目でしきりに首を傾げているが、握りしめたフォークは空気中をスイングするだけでポテトに掠ってすらいない。


 多分、酔いが覚めるまで食べられないが、その酔いが覚めるのはいつだろうか。

 朝方になったら、ポテトはガチガチになり、恐らく油の味と塩っ気のみになるだろう。


 カリーナが座っているのはカウンター席の端である。店全体がよく見渡せるこの席は、そこかしこの酒の痴態が全て見えた。


 カウンター席の向こう端にいる中年の男性は、片手に持った瓶をもう片方で持ったグラスに傾けている。そしてそのグラスを傾け飲んでいる。それをずっと繰り返しては、酒がうまい! となかなかの大音量で叫んでいる。

 が、そのグラスは見ている限りではずっと空である。恐らく瓶の方も中身がない。彼はずっと霞を飲んでいた。


 歓声が聞こえた。声の方向に視線をやれば、どうやらトランプタワーが完成したらしい。トランプタワーの土台となった男性は死体のように沈黙したまま微動だにしない。


 その後ろでは、女性二人が一つのグラスを覗き込んでいる──床で。やけに楽しそうにワインの入った底を見つめて、動いた! などとキャッキャしているが、一体何が動いているのか。何がいるんだ、底に。

 異様に目が爛々としているこの二人組も酔っ払いである。


 やべ〜〜〜〜と思いながらカクテルを飲んでいると、声がかかった。


「ここ、良いか?」

「はい? ああ、どうぞ」


 ここに来て素面の人間登場である。

 どうやら今酒場に来たらしい人物は、カリーナのいる席から一つ空けて隣に座った。


 黒い格好をした若い男だった。金髪がキラキラしていて、そこら辺の平民ではなさそうである。きちんと手入れのされている艶のある、綺麗な金髪だ。恐らくではあるが、貴族だろう。


「中々の惨状だな。そうは思わないか?」

「まぁ、ここまで来ると凄いですよね。お兄さんはお酒を飲みにここへ?」

「そりゃな。後はこの惨状が見たくてな。面白いだろう?」

「面白いのは同意しますけど」


 こんなしょうもない場面をわざわざ見に来る辺り、この人も中々変わっている。

 やけに高貴そうな彼は、店主から受け取ったウィスキーを一気に煽る。聞き間違いでなければロックだ。相当お強い。


「ん、飲み終わった....。それじゃ、私はもう帰るので」

「なんだ、もうか? ここからが面白いというのに。夜中になればなるほど呻き声が増えるぞ」

「いや、そこまで求めてません」


 ケタケタ笑った高貴そうな彼は、ただ会話しているだけでも偉そうだ。多分天性のものだろう雰囲気は、それなりに高い地位にいそうな感じである。


 何かに巻き込まれる前に退散したい。


「くく、まぁ、なんだ。気をつけて帰るといい」

「はぁ....」


 酒を煽りながらひらりと手を振った彼に会釈だけして、酒場を出る。

 最初からカオスだった店内は、夜も深くなり更に混沌化が進んでいた。あの男性も不穏なことを言っていたが、このあと少しは一体どうなるのだろうか。


 気になりもするが、知らない方がいいに違いない。さぁ、あとはもう帰って寝るだけだ。


 異様な熱気と酒気から抜け出し、涼やかな風に当たる。カリーナは目を閉じた。明日はもっと穏やかに過ごせるといいな、と願いながら。


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