チュートリアルは慎重に
旅出の準備を初めてから一週間と少し。
行商のおじさんが村へ来るのを待っていた分、想定していたよりも出発が遅れそうだが、必需品と呼べそうなものはほとんど集まった。
さて、準備も整ってきたので具体的な旅の計画をしよう。なんとなくの目的はこの間決めたのだし、目的さえ決めてしまえばあとは何とかなるものである。
行商のおじさんから貰った最新の世界地図を机の上に広げる。とはいえ、国々の正確な地形は、守秘だとか政略的なものだとかで曖昧になっているものなのだけれども。
最重要機密に触れない程度の地図と、最新の瓦版を見比べながら思案する。
瓦版は変わりなく勇者の道行きを書いているので、それを見ればどこを通り過ぎて、どこに向かっていて、どこに今いるのかが全部分かるのだ。
注目度の高さがよく分かる点だが、勇者パーティーの行動を詳細に調べ上げている記者の努力も凄まじい。
勇者一行の旅路を辿るなんて、まるでストーキングでもしているみたいだが、カリーナがしたいのは追いかける事ではない。むしろ遠ざかる為である。
とりあえず勇者パーティーの進行方向とは反対方向に向かうのは決定事項だ。
万が一鉢合わせしても気まずいだけなので、それはもう全力で避けさせていただこう。
この際だ、世界中の本を読むという野望を叶えようじゃないか。各国の本屋を全部巡る旅。想像だけで楽しいな。旅をする上でのワクワク感って大事ではなかろうか。
あと、各地にある聖木を元気にできそうだったらしておこう。なんかしら役に立つだろ、知らんけど。
ここがゲームなら、今の段階はチュートリアル部分だ。凡人は凡人らしく、慎重にやろう。チュートリアルに手をかければ後はやりやすいって、前世でも誰かが言っていたし。多分。確か。
「ん、ここかな」
地図の上の国名に丸をつける。
勇者一行が向かう先とは全くの逆側の国をひとまずの目的地として決めた。ひとまず、という風にしたのは、勇者一行が行き先を変えることも十分にあり得るからだ。
これまでも、何回か瓦版の予想とは異なった方へ進んだことがある。
どうやら魔王も一つの場所に留まるのではなく、色々と移動をしているらしく、勇者パーティーはそれを追って旅をしているのだ。
居場所を簡単に悟られないように気配だけを至る所に移動させているのか、本当に魔王自身が移動しているのかは定かではないけれど。
「地図よし、ランタンよし、お金よし、簡易組み立てテントよし、ロープ、ナイフ、身分証明カードも持ったし、携帯用の食器と料理器具もある。あ、危ない忘れるとこだった。裁縫道具も入れないと」
指差し確認をしながら、旅に持っていく荷物を纏める。
行商のおじさんがサービスしてくれた簡易組み立てテントは、マジックアイテムである。折り畳んでいる時は手のひらより少し大きいくらいの非常にコンパクトなこのテント。
実は広げると、中にベッドや布団類、暖房冷房などが出現する凄いマジックアイテムなのだ。例えるなら、簡易テントの中にコテージの設備をまるまる突っ込んだような感じだ。
お小遣いで買うには高すぎて手が出せない物なのだが、旅に出るのだからと格安で売ってくれたのである。
顔馴染みであるというのは、こういうときに思いがけない幸運をくれる。
肩掛けのバッグは、これまたマジックアイテム。父からのお下がりであるこのバッグは、中が少し拡張されていて見た目の倍は物を入れられる。四次元ポケットとまではいかないが、便利なアイテムである。
初めて旅に出る初心者にしてはなかなか豪華な装備なのではないだろうか。
必需品を全て突っ込んだバッグへと、最後に暇潰し用の本を三冊ほど入れれば、準備は完了だ。
「さて、と。お父さーん、お母さーん」
靴の踵を鳴らし、玄関先で父と母を呼べば、キッチンで朝の支度をしていたのだろうエプロン姿の母ナタリアと、その後ろからゆったりと歩いてきた寝癖のついた父ユールが出てきた。
ユールが寝起き姿なのは恐らく昨日、夜遅くにまたぎっくり腰になったアレックスさんの家に行っていたからだろう。
「あら、カーラちゃん、もう行くの?」
「うん!」
「忘れ物はないかい?」
「バッチリ! もしあってもどこかで買うよ」
「そうだな、それがいいと思う。本を買うのは程々に、って言っても聞かないか」
「うーん、それは無理かな。本は別だもん」
カリーナが本の虫なのは幼い頃からだ。筋金入りの本好きの回答を分かっていたのだろうカリーナの返答に、ユールが苦笑する。ナタリアはゆったりと微笑んでいる。
「朝ご飯持っていきなさいな」
「ありがとう、お母さん」
「いいのよ〜」
母の料理もしばらくは食べないのだ。そう思うと持たされたご飯が一等特別なものに思えてくる。大切に食べよう。
出来たての朝ご飯もバッグに入れて、肩掛けの紐を握る。
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。気をつけるのよ〜」
「行ってらっしゃい。いつでも帰っておいで」
玄関ドアをくぐって歩き出せば、朝日がカリーナを照らす。家が遠目に見える頃に振り返って大きく手を振れば、ぼんやりと見える横並びの人影が二つ、手を振り返していた。
村の人々もちらほらと見えて、それぞれが手を振って見送りに来てくれていた。全員に手を振り返し、気をつけてとかけられる声に言葉を返して、カリーナは生まれ育った村を出た。
* * * * * *
ひとまずの目的地とした国までは、街を三つほど経由する。
アールトス村はかなり辺鄙な場所にある為、近場に乗合馬車の経路がない。第一の街へは歩いて行くしかないので、カリーナは朝早くに出たにも関わらず、街に着いたのは昼を少し回る頃だった。
「や、っと着いたぁ」
足腰が強くて体力がそれなりにある村人と言えども、長距離を歩き倒しになるのはなかなか疲れる。
第一の街の入口。その門の下でカリーナは深く息をついた。
とはいえ、ここまで来たら後はもう楽である。なにせ、この街からは乗合馬車に乗れるからだ。
街に入ったカリーナは、通りがかりの人に聞き、乗合馬車の出発時間を調べに乗り場まで来ていた。
「次の時間は、おっ! 三十分後にある!」
幸先良く、次の便は三十分後。間隔的には三時間に一本のようなので、これはかなり運が良い。お店を見て回っていれば三十分などすぐに過ぎる。
発着時間は多少前後することがあるので、余裕を持ってここに戻ってこなければ。そうとなればさっさと行動に移すに限る。
視線をやったのは近くの露天商。実は乗り場に来るまでに通り過ぎて来たその露天商には、本と植物が大量に並べられていたのだ。
カリーナ・ウィロー。成人一歩手前の十五歳。好きな物は本と植物である。
「本と植物があったらひとまず買うよね〜」
鼻歌混じりに露天商を覗き込んで物色するカリーナは、ユールから言われていた「本は程々に」という言葉をもう既に忘れていた。
そも、本好きに本を買うのを我慢しろなんてのは、土台無理な話である。
そして、旅の序盤も序盤。まだ曲であればイントロ部分であろう初めに、本と植物を大量買いしたカリーナは、軽やかハッピーな気分とは反対にギッチギチになった容量オーバーぎみのバッグを背負い直し。
定刻よりも十二分遅れてきた乗合馬車に飛び乗って、意気揚々と次の街へ出発したのだった。




