そうだ、旅に出よう
ついこの間村を出たばかりのアドルファスの活躍は、もう既にどこにいたって話が聞こえてくるほどで。
この間の大きな街で買った瓦版は、もうはや古いものになりつつある。それだけ頻繁に新しいものが出てきているのだろう。
活躍の目覚しい幼馴染みは、本当に勇者として生きているのだと、ぼんやりそう思う。
どこに行っても勇者アドルファス・クインの話が聞こえてくると、いつもの商人のおじさんが教えてくれた。
また新しいものが出たんだよ、見てごらん、と渡された瓦版には、それはもう大きい記事でアドルファスのことが記されていた。
瓦版の大きい部分を相変わらず独占し続けている幼馴染みは、やはり顔が素晴らしく整っている。
すぐに有名になるのなんて当たり前だ。なんたって、アドルファスなんだから。
例え勇者という名称の大きさがあろうとも、ここまで情報誌に華々しく載り、人々から賞賛されるのは、ひとえにアドルファス自身の能力が桁違いに高いゆえだ。
アドルファス・クインは端的に言って才能マンだ。元々持っているその能力値の高さが、全てを可能にするのである。
しかし、幼馴染みであるカリーナは知っている。
彼は努力の人だということを。
英雄豪傑。眉目秀麗。才色兼備。
これだけの言葉を並べ立てても、その言葉たちに負けすらしないのがアドルファスだ。
そして、今ではそこに勇者という付加価値が追加されたのだ。
その鮮やかさと言ったら。到底手の届かないものだと思わせられざるを得なかった。
カリーナが諦めるには、十分な理由になりえるものだったのだ。
とはいえ、こうも持て囃されているのは、その文句のつけようがないほどに整った、正に瑕疵のない容姿も要因の一つなのだろうけれど。
高貴な生まれと言われても疑いもしないような、そんな完璧さと輝かんばかりの容姿。
これほど話題性のある人間も、そうそういるものではない。
(本当に、遠い人になっちゃったな……)
やっぱり、アドルファスは一等星だったのだろう。強く輝く星に手を伸ばすには、カリーナは凡人すぎる。
「やめた」
これ以上考えたところで堂々巡りだ。
元々くよくよしているのは性に合わない。メソメソしていたところで特に何にもならないからである。生産性がないのだ。
一応、待ってるね、とは言ったものの、こうなってくるとアドルファスがカリーナの元に帰ってくる可能性は限りなく低いわけで。それならば村にいる必要性もないだろう。
これを機に、私も旅に出てみればいいのでは。カリーナはふと思い立った。
なんてったって、噂でなんか幼馴染みと王女様は何やらいい感じらしいので。
好きだったし、いや今も好きだけど、どう考えても勝ち目ないでしょ無理すぎ。だってすげぇ美人やぞ、王女様。
こちとら前世よりかは整ってるけれど、ここの世界基準じゃ全然平凡の顔立ちだ。
カリーナは今世も変わらずドのつく平凡顔。勝てる要素なんぞ一ミクロンもないだろう。
(どーせ好きな人と結婚出来ないなら、旅しちゃおっかな。メソメソしながらただ待ってるのとか性にあわんし。そうだ、そうしよう)
アドルファスが勇者として旅立ってから約一ヶ月。
カリーナは旅に出ることに決めた。
さて、そうと決まれば後は早い。兎も角、準備をせねば。思い立ったが吉日である。
どうせ旅をするのなら、何か目的を決めてみようか。何かしらやりたいことだとかを決めておいた方が、旅をするのも楽しくなるだろう。
この機会だ。各地の本屋を巡ってみるのはいいのではなかろうか。世界中を巡るなんて、そうそうできたものではないのだし。後は、その土地の名産物を見て、いいものがあったら両親に送ったりだとか……うん、いいかもしれない。
そこまで考えたところで、両親に話をしなければならないことに遅まきながら気がついた。
カリーナはまだ成人一歩手前の年齢なので、流石に話さなければならないだろう。
(どんな反応するかなぁ)
恐らく普通にいいんじゃない? と送り出されると思うが。カリーナの両親は非常に穏やかというか緩い人種なので、反対はされないと思われる。
「お父さん、お母さん。今ちょっといいかな?」
「あら、カーラちゃん。いいわよ〜、どうしたのかしら〜?」
「改まってどうしたんだ?」
ぽやっとした雰囲気で同じようなことを言ったユールとナタリア。首の傾げ方すら似ている様は、仲良しというか、万年新婚夫婦のような空気感なだけあるというか……。
いやいや、今重要なのはそこではない。否定はされないだろうと予想はつきつつも、やはり多少緊張はする。しかしここで尻込みしていたら、また自分はぐだぐだウジウジし始めるだけなのだ。
それが嫌なら、行動あるのみである。まずはその第一歩を踏み出さねば。
「あのね、私、旅に出たいの。だめかな?」
「あらぁ、旅? いいじゃな〜い」
「えっ、ほんと?!」
「反対されると思ってたの?」
「ううん。あんまりそれは思ってなかったけど」
そうよね〜、と緩い声色で母であるナタリアが笑う。
「反対なんてするわけないわ。ねぇ、あなた?」
「そうだね。旅、いいと思うよ。父さんと母さんも、よく旅をしていたからね」
「そうよ〜、ユールとはそこで出会ったのよ」
その会話にカリーナも笑う。知っている。今生の両親である二人は、それぞれが旅をしている中で出会ったのだ。馴れ初めはもう耳タコである。
娘にも、いや、娘だからこそなのか容赦の無い惚気話の中で、よくよく聞いたことだった。
「準備が出来次第、出ようと思うんだよね」
「分かったわ〜」
「今は魔物の動きも活発だから、気をつけるんだよ」
成人手前の一人娘が旅に出るというのに快諾すぎるが、これでこそ我が両親である。
旅に必要なものは、いつもの行商のおじさんから買えばいいし、なんなら、一部の物は両親が旅をしていた頃のものをお下がりで貰える。
村を出るのは案外簡単だ。心さえ決まっていれば、なんでも出来るのだと思う。
両親に許可は取ったし、次は必需品を用意せねば。行商のおじさんが来るのはいつだったか。
準備の段取りについて考えを巡らせながら、カリーナは居間を後にした。
「そういえば、あの子、アドルファス君はいいのかしら〜?」
足取り軽く準備に取り掛かるカリーナの後ろ姿を見ながら、ナタリアはふと思い出し、首を傾げて言った。ふむ、と思い返すように顎に手を当て、ユールは隣で同じく首を傾げる。
「……確かに。待ってると約束していたような気がするんだが………」
はて、子どもたちは一体どうするつもりなのだろうか?
一瞬考えた二人だったが、これまた息ぴったりに頷いた。
「まぁ、なるようになるわよ〜」
「あの子達のことだしな。なるようになるだろう」
こうして、勘違いから始まる幼馴染み二人のすれ違いは、修正の機会を失うのだった。




