協議中?いえ今はブーツを舐める時間でしょう!
褒賞の授与が終わり、評議室にいる一同が席に座る。
金の装飾が施された長いテーブルには、ローレンツェ王子にイングドゥル王子、大臣や近衛副団長らと、ツェティーア姫が並んだ。
マリンゼとバモルヒークは、衛兵や従者たちと共に壁際に立たされた。バモルヒークはすぐに平伏し、マリンゼの爪先を舐めようとする。彼に空気を読む気はなかった。
「バモルヒーク。君の眼鏡が一体どういった魔道具なのか教えてもらおうか。」
ローレンツェ王子の言葉に、バモルヒークが顔を上げる。衛兵たちに鎖を引かれて面倒くさそうに立ち上がった。
「貴方ならすでにお察しでしょう。元々俺の眼鏡は魔力を封印するというよりも、有り余る魔力を抑制するといった方が正しい。」
評議室内がざわつく。やはりバモルヒークは魔王より偉大な力があり、抑制していた、もしくは抑制されていたということなのか。
「それはつまり、魔王が君の力を抑制していたという意味なのか?」
「ええ。あの眼鏡は東の魔王、イース様より授かったもの。どうやら俺の魔力はイース様並に強大らしい。つまり俺は、いざという時の保険です。」
「……東の、魔王?」
「ええ、まさかご存じなかったのですか? この国の勇者が倒したのは東の魔王イース様です。他にも、西の魔王、南の魔王、北の魔王様がおられます。」
大臣たちが貴重な情報だと、羊皮紙に万年筆を走らせていく。他に魔王が存在していたのは知っていたが、東西南北に分かれていることまでは知らなかったのだ。
「なるほど。しかし君はアズベル・ドヌングに魔力を封印される前、その眼鏡をかけた状態でも変装能力が使えたし、爆破の魔法も使えた。」
「そんなこともありましたね。」
「眼鏡をかけていても我々を攻撃し、勇者パーティーと渡り合えるほどの力がある、ということなのか。」
「イース様が与えて下さったこの眼鏡にかかる封印魔法は、本来の魔力が半減、といった“程度”でしょうか。」
「今もその状態で魔力が半減程度なのか?」
ローレンツェ王子が問いただすと、バモルヒークがにっこりとマリンゼに向き直った。
「マリンゼ様、どうかこのバモルヒークに目が覚めるような一撃をお与え下さいますでしょうか?」
マリンゼが食い気味にバモルヒークの頬をグーで殴る。
「オオッふぅ♡♡」
「二発目、いくわよ。」
二発目は股間を蹴り飛ばした。
「うぐ……♡ 恐悦至極♡♡♡」
バモルヒークが身体を折りたたみ、床にうずくまる。評議室にいた男性陣の顔が、この世のものとも思えないほど青ざめた。一撃どころか二撃だ。
「…………どういうことだ。私は今、何を見せられてる?」
ローレンツェ王子が、少しだけ眉をひそめてバモルヒークの哀れな姿を見た。
「つ、つまり……、マリンゼ様と主従を契約した今、俺の主はマリンゼ様一人であり、俺の眼鏡を外した時点で、この眼鏡の封印管理はマリンゼ様に移管されたということ。」
バモルヒークが股間を抑えながらぷるぷると立ち上がる。
マリンゼがバモルヒークの眼鏡を外した時、バモルヒーク本来の力が一気に解放された。アズベルの封印を解き、その時点で眼鏡の管理下がマリンゼになったのだ。
「移管?」
「はい。俺の魔力は今や、イース様に抑制されているのではありません。マリンゼ様によって抑制されているのです。」
「つまり、マリンゼ・ドヌングの封印能力がその眼鏡に宿り、今は攻撃を遮るほどの力もないと、」
「ええ。その通りです。」
一同がバモルヒークの拘束された姿を見て息を呑む。ここまで厳重に拘束しても逃げ出すことは出来なかったということだ。
そしてすぐに理解したローレンツェ王子や近衛副団長らは、マリンゼを一瞥した。
マリンゼは、父親のアズベルでも外せなかった眼鏡を外したのだ。本来のバモルヒークの魔力を最大限まで引き出せるのはマリンゼのみということ。
このタイミングでマリンゼの士師の力が覚醒したことに安堵する意外なかった。
一方のマリンゼは。
まずい……! 私がバモルヒークの主だとバレちゃった!!
心の中で盛大にあわてふためいていた。バモルヒークがこの先どのような扱いになるのかずっと気になっていたからだ。
王から褒賞を与えられたということは、バモルヒークはオステッド王国の民と認められたということだ。
このまま地下牢で過ごすはずもないだろう。だとすると、自分が主であるとバレてしまった以上、バモルヒークはどこに……。嫌な予感しかしないマリンゼだが、次は魔物の件について協議されるらしい。
「さて、バトルフィールド内で魔物寄せの撒き餌、“沼花の粒子” が撒かれた件について。近衛団長であるイングドゥル王子より報告を聞かせてもらう。」
議長席に座るローレンツェ王子が、上座に座るイングドゥル王子に言った。
「“沼花の粒子”は、市場には出回らない、魔物討伐ギルドで扱われる品です。しかも高価で希少なもの。」
イングドゥルが応えれば、後ろにいた従者が巻物の絵を皆に見せる。そこにはビンに入った金の粉末の絵と、“1g=30ゴールド”という数字が書かれていた。
ゴールドはこの国の通貨単位である。10ゴールドは、王都騎士団第一部隊隊員の1ヶ月の給料に等しい。
ここに現物を持ってくることはできない。もし瓶を割れば、ひとたび魔物を呼び寄せてしまうからだ。
「あれだけの魔物を呼び起こし引き寄せたのだ。その量を扱うにもそれなりの技術が必要だと思うが、イングドゥルの見解を述べよ。」
「はっ。」
イングドゥル王子が立ち上がり、従者がガラスケースを手渡した。
「これは、オーウェン・フェルトフーゼンが使用していたレプリカの剣です。」
イングドゥル王子がガラスケースを立てて一同に見せる。透明のケースにはバトルフィールドで使用していたレプリカの剣が入っている。
そして柄の部分には、ところどころ金色の粒子が付着している。
「粒子が付着しているので厳重なガラスケースに保管しておきました。この剣を見てわかる通り、オーウェン・フェルトフーゼンが“沼花の粒子”を撒いたと考えるのが妥当かと思います。」
「そんな、まさか!」
口ひげの生えた内務大臣が、ふくよかな身体を前のめりに問い詰める。
「彼は魔王軍を討伐した勇者一行の一人ですよ?! 名誉ある勲章をいくつも授与されている!」
室内がざわつく。まさか、勇者パーティーの一員が?
「しかし、あれだけの魔物を引き付けるには相当な量の粒子が必要だ。オーウェン・フェルトフーゼンはいかにして隠し持ち、あのタイミングで放ったのか。」
勇者パーティーだからと乱すことなく、冷静に分析をしたローレンツェ王子。
その間にもバモルヒークは床に平伏し、マリンゼのブーツをレロレロと舐めていた。そんな馬鹿な。本気でこの場でやった。やはり緊張感の高低差が激しい。
「オーウェン・フェルトフーゼンは魔道士です。試合中でもこっそり魔法を発動させることができます。大量の粒子も、空間魔法にて事前に保管していたと考えられます。」
「……しかし、」
「ただのレプリカの剣を用意させた私にも非があります。申し訳ありません。事前にレプリカに保護魔法をかけておくべきでした。」
「……ほう。保護魔法を?」
「はい。」
なんともイングドゥル王子らしくない自供だ。
マリンゼはじっとイングドゥル王子を見た。例えバモルヒークにどれだけブーツを舐められようとも。彼の自供はそれだけ違和感を感じたのだ。
そうだ、おかしい! 今イングルドゥ王子は、『こっそり魔法を発動させる』と言っていたはずなのに、なぜレプリカの剣に保護魔法を付与する話になっているのか?
そもそも魔法を禁止にした試合で、魔法を発動させたことが問題なのだ。今レプリカは関係ないはず。
「すみません。発言してもよろしいでしょうか。」
「ああ、マリンゼ・ドヌング。発言を許可する。」
マリンゼがバモルヒークを爪先で蹴り飛ばす。足元の事情がバレないよう、毅然とした態度で口を開いた。
「イングルドゥ王子、なぜレプリカの剣に保護魔法を付与しようと思われたのですか?」
「……なぜって。れ、レプリカに保護魔法をかけておけば、ま、魔法を止められたかもしれないだろう?!」
「保護魔法を付与した武器で、魔法を受け止めるってことですか?」
「い、いやいや、僕はただ可能性として話しただけだよ! それに君だって肩を怪我しただろ? もしレプリカに保護魔法をかけておけば、外部からの魔法を遮断できたかもしれない!」
イングルドゥ王子があわてて弁解を図る。
しかしどう考えても“魔法が発動された”のではなく、“レプリカに魔法がかけられていた”と裏づける発言だったように思う。
そっか! もしかして、私の剣に魔法が付与されていた―――?
「それと、私のレプリカの剣は他の者より軽く作られていました。それは私が女性であるためハンデであると、イングドゥル王子殿下より賜り使わせていただきました。」
「そうなのか、イングドゥル。」
「はい。」
イングドゥルに睨み顔を利かせられるも、マリンゼは続ける。
「王子殿下は“ハンデ”だと言って、私に慈悲の心で与えて下さいました。しかし軽い剣は実際、ハンデではなく、不利な状況になることが想定されます。」
「そうだな。真剣と同じ重量のレプリカに比べれば、威力は落ち、それと交えれば折れる可能性もある。」
実際マリンゼが使用したハンデの剣は折れた。
近衛団長を務めるイングドゥル王子であれば、軽い剣がハンデではなく不利だとわかるはず。なのだが、
「ああ。確かに! そうかそれは気付かなかった! 申し訳なかったね、マリンゼ嬢。」
わざとらしくイングドゥル王子が詫びを入れてくる。白々しい演技に吐き気がするが、マリンゼにとってあの“軽い剣”はあながち悪いものでもなかった。
ヒビアンの言葉を思い出す。
『どんな状況でも最後まで戦いなさいマリンゼ。あなたは第一部隊まで上り詰めた騎士でしょう?』
あれは、『不利な武器でも戦え』という自分を鼓舞させるための言葉だった。騎士として認められていることに自信が持てたのだ。
試合直前に、オーウェンにされた手の甲のキスも、あれは確かに自分への敬意を表するものだった。
『マリンゼ、悪いけど本気でいかせてもらうよ。』
“軽い剣”という不利な武器相手でも受け入れようと、先に謝りの言葉を述べたのだ。
わざわざ軽い剣を用意させたのは、自分用の剣を事前に把握しておくためだ。
他のレプリカに紛れても、すぐわかるように。
わざわざ魔道士であるオーウェン様と戦わせて、粒子が散布されるよう私の軽い剣に魔法が仕組まれていたに違いない。
「ところでイングドゥル王子、私が使用したレプリカはどちらに?」
「あれは折れてしまっただろう? 早々に処分したよ。」
イングドゥル王子が不敵に口角を上げる。証拠を隠滅したのだろう。
どう考えても怪しいが、証拠がないことにはどうしようもない。
そこからは大臣や近衛騎士副団長らの話し合いが続いた。
「しかしオーウェン・フェルトフーゼンが魔物を呼び寄せた原因が分からないのでは?!」
「マリンゼ・ドヌングに罪を期せようとしていたのではないでしょうか。彼は昔から彼女を冷たくあしらっていましたから。練習試合自体に参加することを快く思っていなかったのやもしれません。」
「だが辺境伯爵として、ドヌング家とフェルトフーゼン家は協力関係にあります。それに王族まで危険に晒すとはとても考えられません。」
「昔はドヌング家とフェルトフーゼン家の派閥争いがありましたよ。」
「もう大昔の話だろう!」
「マリンゼ・ドヌングに士師の力がない以上、協力関係は断固拒否するという意思表示なのかもしれません。」
「では試合前にマリンゼの手の甲にキスしていたのは、」
「会場を盛り上げるための茶番でしょう。」
オーウェン様を罪人扱い? 魔王軍討伐に貢献した名のある魔道士なのに?
イングドゥル王子は何を考えているのだろう。それなら最初から私だけを罪人に仕立てあげればいいのに。
「よもや人間というのはなんと面倒な生き物なのでしょう。憎いならさっさと真っ向から殺してしまえばいいのに。」
マリンゼのブーツを舐めていたバモルヒークが、ゆっくりと立ち上がる。薄気味悪い笑みを携えて。
皆が白い目で見た。
「……おい、貴様に発言を許可した覚えは、」
「よい。私はちょうど、バモルヒークの意見を聞きたかったところだ。」
イングドゥル王子の言葉を、ローレンツェ王子がさえぎる。
バモルヒークがローレンツェ王子に紳士らしいお辞儀をして、言葉を続けた。
「そもそもマリンゼ様は立派な被害者なのですよ。マリンゼ様の肩の傷が今だ完治していないことを皆様はお気づきでしょうか?」
「……確かに、そうだったなマリンゼ・ドヌング。君の身体を労るのが先決だった。どうか許してほしい。」
マリンゼの顔が青白くなり、気まずそうに頭を下げる。
こんなのまるで私がバモルヒークに言わせてるみたいじゃん!
マリンゼがバモルヒークの尻を叩く。
「フゥウフぅッ!!♡♡♡ 沼花の粒子を入手する方法などいくらでもあります。誰が手に入れたっておかしくない。」
「……(なんだ、今の気味の悪い昂り方)……」
ローレンツェ王子が無表情でバモルヒークの声を聞き入る。
「そしてあの量、どう考えても国を滅ぼす一歩手前でしたよ? その罪があばかれた時、犯人が処刑されるのは目に見えています。」
「そうだな。」
「そこまでの大罪を犯すのに、わざわざマリンゼ様との戦いのタイミングを待って散布するなど、わずらわしいったらありゃしません。」
「ほう?」
「もしあの量の粒子を放つのであれば、処刑覚悟で放つと俺は申し上げたい。」
「つまり、やるならもっと派手にやるはずだと、そう言いたいのか?」
「ええその通りです。恐らく誰かが、マリンゼ様と魔道士オーウェンに罪を被せようとしていると、そう申し上げたいのです。」
あまりにまともなことを言うので、マリンゼが驚いた表情でバモルヒークを見る。
この中で魔族の象徴ともいえる尖った耳を持つのはバモルヒークだけ。国を滅ぼそうとする魔族の視点とはいえ、一番的を得た発言をしている。
「魔族風情が、なんと生意気な!」
「バモルヒークが犯人なんじゃないのか?!」
「そうだ、そう考えるのが自然だろう!」
自分たちが気付かなかった視点を指摘され、腹が立ったのか。大臣や副団長らがバモルヒークに鋭く当たる。
どうしよう……。バモルヒークが犯人扱いされてちゃう。むしろ国を救った張本人なのに、誰もバモルヒークに感謝の言葉もない……。(ブーツを舐めて全部台無しにしただけ)
マリンゼがうつむく。こぶしを握りしめ、身体を震わせる。
魔族が自作自演なんかしてなんの得があるっていうの? 魔族こそなんの小細工もしないで国を滅ぼすってのがセオリーでしょ? そんなこともわからないの?!
バモルヒークがくしゃみをしたタイミングで、つい声を上げてしまった。
「あの!! 私が犯人を探します!」
「……なに?」
「オーウェン様やバモルヒークが犯人扱いされて、このまま黙っていられません!!」
イングドゥル王子が強くこちらを睨んでくる。今さら彼に疎まれてもマリンゼの意思は変わらない。
「お願いします! 探させて下さい! 必ず私が捕まえてみせます!!」
深く頭を下げるマリンゼ。評議室にいる一同が、熱が冷めたかのように静かになった。
バモルヒークが鼻をすすって評議室を見渡す。
じっと、眼鏡を通して一人ずつ脈の動きを観察していく。
バモルヒークには人間の生死のタイミングを見定めるための透視能力があった。
眼鏡で魔力を封印している状態でも、バモルヒークには抑えきれない力が存在する。それがテレパシーや透視能力だ。どちらも害はない。
裸を通り越し、全身の毛細血管や臓器まで見ることができ、特に心臓の動きで人の感情まで測ることができた。
今の今まで存在を忘れていたが、ツェティーア姫が縮こまるように座っている。彼女の心拍が以上に早いことを察知した。
「(し、しかしながら、マリンゼ様の動脈や静脈、心臓やその他臓器が俺の目に触れるなどもってのほか! そ、そそそそんな破廉恥な目で主を見るなど許されるはずはっっ!)」
あさっての方角を見て顔を赤くするバモルヒーク。不審に思ったマリンゼが、バモルヒークの顔を下からのぞき込んだ。
「どうしたのバモルヒーク? なんか顔が赤いわよ?」
小さな顔面の断面図を見て、バモルヒークは盛大に鼻血を噴き出し倒れた。




