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おぞましさの反動だけでのし上がった


魔族の逆十字の紋章が突如として消え失神したのは、魔王討伐に奇襲をかけた勇者が魔王を倒したからだった。


運がいいのかなんなのか。私はこの変態魔族から上手く逃れられたというわけだったのだ。


 

「魔王軍バモルヒークよ。王ウラジミール・オスタッドの命により魔力を封印、捕縛の術を施す!」


 

父上が封印の呪文を唱える。

 

私のテレパシーを受け取った父が転移魔法にて駆けつけ、変態魔族は捕縛された。


変態魔族はバモルヒークというらしい。しかも魔王軍最高幹部であり、宰相オウベルジュに変装していても気付かれなかったというのが納得ができる。


そして城の一部を爆破させ王家の人間を外にあぶり出し、殲滅(せんめつ)を図ったというのが父上の見解だった。

   


近衛騎士の一人が、慎重にバモルヒークの顔を窺う。


  

「……魔族が、眼鏡?」


 

騎士がバモルヒークの眼鏡に触れようとした時だった。


 

「待て! それに触れるな!」 


「え?」


「魔道具かもしれん。」

  

 

父上が咄嗟に騎士の手を止める。そういえば魔族で眼鏡をかけているなんて聞いたことがない。

  



バルトクライも魔道士の転移魔法により駐屯地へとやって来た。


返り血なのか、自分の血なのか。満身創痍の一行がバモルヒークの肢体を眺める。


私の片方のブーツを抱えるバモルヒークからブーツを引き剥がそうとしている。でも全然引き剥がせない。きもい。 

 


この数ヶ月、バルトクライと討伐部隊、そして士師である父は魔王討伐のため計画を練りに練ってきた。 


それがこうして実り、父上も無事に戻ってきたのだ。―――いや


 

「父上、脚から血が!」 


「大丈夫、転移する時に攻撃を受けたんだ。」


「魔道士様の治癒魔法で早く処置を!」 

 


左の太ももを貫かれたらしい。上位魔族の攻撃は、上級魔道士の治癒魔法でも相当な魔力がいる。

    

ずっと引きずっているが大丈夫なのだろうか?! 早く上級魔道士様を呼びに行きたい。でも騎士たちの怒号があちこちに響き渡り、忙しなく城の方へと走っていく。


王家の無事を確認することが最優先なのだ。誰かに懇願したい気持ちをぐっとこらえる。 

   



「フォルトナ様ぁ!!」


 

避難所に隠れていたはずのツェティーア姫が、勇者フォルトナの腕に絡みつく。


 

「フォルトナ様フォトナ様ぁ! 魔王を倒すなんてさすがですわ!」

  

「ツェティーア姫、なぜこのようなところに。」


「わたくし恐くて恐くて。お城を爆破されて、すぐにこちらの避難所へと逃げて参りましたの。」


「お一人でですか? あれほどお一人での行動は控えて下さいと申し上げて、」


   

蒼黒い髪をしたフォルトナが、抑揚のない声でツェティーア姫を諌める。


勇者フォルトナは表情が固く、冷めた目をしている。感情を出さないから何を考えているのか分からない節はあるものの、媚びへつらわないその姿勢と造形美にツェティーア姫は惚れている。


フォルトナを見る度、このように全力で好意をぶつけに行っているのだ。


 

「あっ!! 私の短剣っ!」


 

ツェティーア姫の足元に短剣が落ちている。


ズザザザザと足を滑らせ決死の形相で取りに行けば、それは獅子に翼の生えた王家の紋章と十字架、そして私の名前が彫られた短剣だった。


 

「よかったぁぁ〜〜」


 

短剣を胸に抱える。


するとツェティーア姫が「ふん」と鼻を鳴らし私を見下ろした。



「偽物風情がフォルトナ様の目に触れるだなんて図々しいわよ。」


「も、申し訳ありません!」


 

慌てて2人の前から捌ける。父上の前で冷たくあしらわれるのは精神的に応える。


父上の方を盗み見れば、近衛騎士たちと話し込んでいた。どうやら宰相オウベルジュがすでに殺されていたと報告を受けているらしい。見られていないことにホッとする。

   

しかしフォルトナ含むバルトクライのメンバー5人に一瞥され、すぐにそっぽ向かれた。


 

「無能だな。」


   

しゅん。小言を言われた。

  

 

勇者パーティーであるバルトクライは何度も魔王軍と渡り合っている。


半年前、最高幹部である巨人の魔族を討伐したことから“勇者”と称えられるようになった。


その巨人を倒したのが、平民のフォルトナ・ユリエフ。


彼は元々伯爵貴族の家柄だったが、貿易商人である父親が借金を抱え逃亡し、伯爵の地位を剥奪された。いわゆる没落貴族というやつだ。


父親のいなくなったフォルトナは、母親と妹の生活を支えるため、オスタッド王国の魔王軍討伐ギルドに加入した。


私のように士師の後継者というだけで王都学園に入学を許可され、騎士団に入団できたのとはわけが違う。


彼は自己流で鍛錬を重ね、毎日決死の思いで魔族討伐に参加してきたのだ。


だから、肩書ばかりの私に冷たいのは仕方がない。


フォルトナ様にはいつも冷めた表情を向けられるし、挨拶をしても返してもらえない。


それから約一週間、魔王討伐を祝して祭りが行われた。


でも私はバモルヒークのおぞましい言葉が頭から離れず、とてもノリ気になれなかった。

 

 


――――それから月日は流れ


7年後。私は19才になった。



身長はちょっとだけ伸び(あまり伸びなかった)、剣術の腕を必死に磨き、筋トレを欠かさず柔術や体術まで身につけた。


結果、騎士団の上位まで登りつめた。


私を馬鹿にする者たちへの対抗心をバネにした―――だけじゃない。


  

「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いッッっ!!!!」



あの、私の靴をレロレロ舐めたバモルヒークへの拒絶という反動で。血の滲むような鍛錬に耐えてきた。


たまに夢に現れる妖艶な姿のバモルヒークが長い舌を出し、私を挑発してくるのだ。


レロレロレロレロレロレロレロレロレロ  


  

「絶対に絶対にあの魔族に舐められてはならないっ!!」


 

色んな意味で舐められてもらっては困るのだ。


ただ封印/解禁の能力はおろか、未だに魔法も使えない。



父上に育てられてきたこともあって、私は男勝りな方だ。ワインレッドの髪を高く結び、誰よりも騎士団の訓練に励んだ。  

     

この国には魔族とは別に、野生の魔物が住み着くダンジョンや森がある。仕事のない日は魔物退治に出かけ、実地の経験値も積んだ。


騎士団は第一部隊から第五部隊まであり、第一部隊が一番上位部隊となる。

  

私は今では第一部隊に所属。魔法が使えないのに力技だけでのし上がった。自分でも信じられない。


その日は第一部隊の騎士団員との練習試合で、騎士団長のダスティー団長と第二王子のイングドゥル王子が傍観していた。


 


「はァッっ!!」  


 

相手が私の懐を狙い、木剣の刃先を横にして振りかざす。


騎士団の中では一番背の低い私は、すぐにしゃがんで避け、相手の股ぐらに転がり相手の尻を蹴り飛ばす。


 

「ぐふッっ」  


 

しまった。相手のケツを蹴り飛ばしてしまった!


ぞぞぞっと7年前のトラウマが蘇り、少し気分が悪くなる。手で口を押さえる。


その隙をついて相手が私の足元を狙った。


 

「そこだッ!!」



しかしすでに見切っていた私は、相手の肩に飛び乗り背中を取ると、木剣の先を後頭部に突きつけた。



「こ、降参だ……」


    

相手が剣を落とし手を挙げて降参のポーズを取る。

  

するとイングドゥル王子が手を叩いた。



「いやあマリンゼ嬢、随分と立派になったもんだねえ。」



騎士である私を“マリンゼ嬢”と呼ぶ王子。私を馬鹿にしている証拠だ。


マリンゼが王子を睨みつければ、ダスティー団長が何も言わず顔を横に振る。怒りを静めろと言いたいらしい。


 

「でも剣を振るうばかりでは面白くもないだろう。そろそろ魔法の一つでも出してみたらどうだい?」


「お言葉ですが剣だけではありません。拳や足で戦うこともできます。」 


「なるほど。実に田舎の貴族らしい生き方だ。だが、それでは魔道士や近衛騎士の足元には及ばないことをよく覚えておくがいい。」


「ありがとうございますイングドゥル王子。私を挑発して私から魔法の一つでも引き出そうとしてくれているのですね。」


「僕の皮肉にも気付かないその頭。さすが、学園でも落ちこぼれだっただけのことはある。」



第二王子であるイングドゥル王子は、王家専属の近衛騎士団と近衛魔道士団を統括する団長を務めている。 


騎士団の女子団員たちがソワソワとこちらの様子を窺っている。


甘いマスクを持つイングドゥル王子が手を振れば、女子団員たちが色めき立っていた。私に対する態度とはまるで違う。



ツェティーア姫といいイングドゥル王子といい、どうも自分という存在が気に喰わないらしい。


マリンゼは5才から10才まで、王の命により王都学園に通っていた。2人と同じ時期に学園に通っており、その時からずっとこうして嫌われている。 


さらにバモルヒークの件で手柄を取られたのが面白くないのだろう。


 

ダスティー団長がイングドゥル王子に尋ねる。

 

 

「ところでイングドゥル王子、今日はなぜこちらに?」


「ああ。今度バルトクライと近衛騎士団で練習試合を行うことになってね。どうだい? 王都騎士団もぜひ参加してみないか?」


「しかし、うちには魔力の高い騎士は少ない。」       

  

「無論、魔法は禁止だ。剣術のみの試合なのだよ。」


「そうですか。それでしたらうちからはまず、マリンゼを出そうかと。」



王家の血を引く者はみな魔法が使える。だからその遠い親戚にあたる貴族も使える者が多い。


魔力が高い魔道士は、大概給料の高い王家お抱えの近衛騎士団に入団する。でもこの王都騎士団には平民出身の者もいるため、魔法が使えない者が多いのだ。


ちなみにドヌング家は辺境地に住む伯爵貴族の位にある。由緒ある士師の家系でもあるため、魔法が使えないなんてあってはならない。  

    

 

団長の言葉に、ふと王子の視線とかち合う。

 


「ははは。バルトクライも近衛騎士団も屈強な男ばかりが参加するんだけど、マリンゼ嬢ではあっという間に捻り潰されるのがオチじゃない?」



はいはい。嫌味をイヤというほど言われ慣れている私は、呆れ顔で視線を反らす。


しかし団長は黙っていられなかったらしい。


 

「お言葉ですが王子、マリンゼは――」

 

「マリンゼは立派な騎士です。『マリンゼ嬢』などと嫌味を紡ぐ暇があったら、あなたも剣術の稽古でもしたらどうですか、イングドゥル王子。」


 

驚いた。


護衛を数人連れた王妃様が現れたのだ。



「これは、フレイア王妃殿下、」


「は、母上……!」



騎士団たちが跪き、フレイア王妃様に頭を垂れる。



「ダンティー団長、どうか頭を上げ楽にして下さい。私はただ散歩ついでに立ち寄ったまでです。」


 

その言葉に団長がゆっくりと立ち上がり、続いてマリンゼたちも立ち上がる。 


真紅の艷やかな髪を結い上げ、柔らかい表情でスミレ色のドレスを纏う美しい姿。オステッド王の正妃であるフレイア王妃だ。


温和な性格で、その美貌に秀でるものはいないと云われている。しかし王を支えながらも、(まつりごと)には積極的に関与する野心家な一面もまた、配下たちに慕われている理由でもあった。 

     

正妃という立場は、時には城内の統率を図るためにも嫌われ役を買ってでなければならない。しかし王妃様は、それすらも好印象に変えてしまうのだからなかなかのやり手だ。



「ところでイングドゥル王子、城の外壁を走り込んでいた近衛騎士たちがあなたのことを探していましたよ?」


「あ、ああ! そうでした! 彼らには走り込みの鍛錬を課していましたから。」  


「そうでしたか。精が出ますね。」


 

一瞬王子が顔をしかめたが、笑顔で誤魔化した。王妃様はイングドゥル王子に嫌味を言ったのだ。


『あなたは騎士たちと一緒に走り込みをしなくていいのか』と。


それを察することができたのだから、王子を褒めてやりたいところ。


 

「マリンゼ、」


「はっ。王妃様。」


「あなたはこの数年で随分と逞しくなりましたね。」  

   

「ありがとうございます。」  


「もちろん内面だけでなく、外見も凛々しく、美しくなりました。」


「そ、そんな! なんとも勿体ないお言葉。」


  

右手を左胸に当て、敬礼をする私に、王妃様が目の前で囁く。


 

「どうかイングドゥルを許してやって下さい。あれはあなたをライバル視しているに過ぎませんから。」         



いえ、許すだなんて、と言葉を続けようとすれば、優しい掌が私の頭を微かに撫でた。


あまりの行為に、胸の奥が熱くなり、王妃様に対する敬意の気持ちが強くなる。    


王妃様になら子供扱いされてもいい。イングドゥル王子にされるのとはわけが違う。


 

「それと、現在地下に幽閉中の魔族についてお話があります。後ほど私を訪ねに来なさい。」


 

優しい声色で言われるも、ゾっとした。 


 


 





 

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