ギラギラハートの殺人的強靭ハート
ダイアナ・コペンヘルグの死は、ダンジョンに現れたモンスターの報告と共に王宮に知らされた。
各所からの聞き取り調査後、近衛兵による実地調査が行われ、マリンゼたちの報告は嘘偽りないものとして認められた。
ダイアナの実家には、王宮直々に事後報告がなされた。彼女の亡骸を届ける際には王都騎士団長のダスティーも同行し、謝罪を図ったかが、両親は真実を受け入れられず泣き崩れたという。
しかし監視魔法による証拠は残されている。
今日、マリンゼとバモルヒークは討伐ギルド集会所に来ていた。
ギルドの受付嬢にギョっとした顔をされるも、今日はギルドの、とある部屋に用があった。
「お待ちしておりました、マリンゼ・ドヌングさん、バモルヒークさん。」
ギルド長であるカーノルド・ランドスティンに案内され、2階まで連れて行かれるも、すぐに格子型のエレベーターに促された。
ギルド長が銀の鍵を取り出し、エレベーター内にある鍵穴に差す。
「ヴーシュ」
ギルド長が呪文を発せば、格子のエレベーターが地下へと動き始める。
「なるほど。転移魔道具の一つか。」
バモルヒークがそうつぶやけば、ギルド長が振り返り、「ご尤も。」と口だけで笑った。
魔力はあっても転移魔法が使えない者は、魔道士より授かった魔道具を使うことにより転移が可能となる。
引き金となる簡易呪文を唱えることにより転移が可能となるのだが、恐らくダイアナはこの転移魔道具を使用し、モンスターを転移させたことが予想されていた。
特に土魔法を駆使するダイアナであれば、ダンジョン地下の階層まで魔道具を運ぶことが可能だ。
地下にあるこの部屋は、ギルド長とバルトクライしか利用できない部屋だ。王宮の監視や密偵から逃れるために使われる身内だけの会議室。
ちなみにギルド長であるカーノルド・ランドスティンは、弓使いキリルの父親である。
「やあ、こんなところまで呼び出してすまかったね、マリンゼ、バモルヒーク。」
重厚な扉の先に待っていたのは、バルトクライのメンバーだった。とても会議室とは呼べない、石が積み重ねられた壁は秘密基地ともいえそうだ。昔はワインセラーとして使われていた場所らしい。
木製の楕円の机には、バルトクライのメンバーが一堂に会していた。いや、大剣使いのベネディクトだけいない。
「……ベネディクト様は?」
「ベネディクトは野暮用で遅れてくることになっている。」
「そうですか。」
マリンゼが覇気のない声で聞けば、すぐにオーウェンに返された。オーウェンはダイアナのことがあったばかりだというに相変わらず柔和な笑顔を保っている。
「おいボンクラ共がマリンゼ様に何の用だ。用があるならそっちから騎士団の宿舎まで出向くべきだろう?」
バモルヒークがオーウェンに鋭い瞳を突きつける。口角だけはやはり妖艶そうに上がっている。
「騎士団の宿舎なんかで話せば、どこの魔王軍に筒抜けだかわからないからね。ここは監視も盗聴もできない防御魔法がかけられているんだよ。」
「おやおや随分と甘く見られたものだな。魔族の俺がこの子供だましの秘密基地に踏み入る権利が行使されるとは。」
「それでも今はマリンゼ一筋なのだろう? 私たちは君ではなく、マリンゼを信用してここに呼んだのだよ。」
バルトクライのメンバーが一斉にマリンゼに目を向ける。
昔、挨拶をしても返さなかったメンバーが、私に期待の眼差しを向けているのはなぜだろうか。
今でも私には何の取り柄もないというのに。はっきり言って士師としての力が発揮できているとは言い切れない。ただバモルヒークの眼鏡を外して着けられるというだけだ。
剣術にはそれなりに自信があった。体術も、身体は小さいものの、逆手にとって相手の攻撃が交わしやすいため、相手の隙を作ることが上手いと自負していた。
でも南の魔王軍が生み出したとされるモンスターの前では全て無力だった。それどころか大事な友達の変化にも気付くことができず、騎士として不甲斐ない思いに駆られるばかりだ。
「私には、信用してもらう理由がわかりません。ダイアナが私を殺そうとしていた理由だって、きっと何かの間違いだと思います。」
ダイアナが言っていた、魔王軍にとって自分が『脅威』だという言葉。どう考えてもお門違いだろう。
「……私なんて、キッチンにある果物ナイフでだって殺せるような弱い人間なのに。」
マリンゼはここ数日床に伏せていた。騎士団の訓練も休み、ご飯もろくに食べず、スライムのバモルヒークに身体中まさぐられても無の状態だった。
生気を失ったマリンゼのつぶやきが、オーウェンに深いため息を吐かせる。
そして間をおいた数秒後には、1本の果物ナイフがマリンゼに向けられ飛んできた。
この状況でどんな神経かと問いたいが、オーウェンがサイドテーブルに置かれていた果物ナイフを咄嗟に投げたのだ。
しかし避ける気力のないマリンゼは、今にも自分の胸に刺さりそうな果物ナイフを受け入れようとした。
「糞!!」
すぐに剣を抜いたフォルトナだったが、マリンゼに到達する数メートル前でバモルヒークが果物ナイフを手で止めた。
「っ、バモルヒーク!!」
「マリンゼ様を傷つけようなどと思わない方がいい。この俺が貴様もろとも全員殺してやる。」
バモルヒークの手からは、赤い血が滴り落ちていく。果物ナイフは、バモルヒークが魔力を解放していない状態でも十分受け止められるほどのスピードであった。
無論、マリンゼだって十分に躱せたのだ。でもマリンゼがそれを躱そうとしなかったがために、バモルヒークが犠牲となった。
なぜオーウェンは突然果物ナイフを投げてきたのか。ただ「ふふ。人間を庇うとか変な魔族だ」と笑うだけのオーウェンに、ヒビアンが付け加えた。
「これでわかったマリンゼ? あんたを殺そうとする奴がいれば、自分の身を犠牲にするほど馬鹿な奴がいるってことなの。」
「……ッ……」
「あんたが魔王軍にとって『脅威』かどうかを確かめる以前に、あんたのせいで死ぬ奴がいるってことを肝に命じた方がいいわ。あんたが戦う意思を見せなければまた犠牲者が出るってことよ。」
みなまで言わないオーウェンだが、恐らく今回の事件を一番重く受け止めているのはオーウェンだ。ヒビアンはそれをわかっているから代弁した。
オーウェンがダイアナの奴隷契約に気がついたのはいつだったか。
初めは、ギルド集会所のレストランで、久々に見た彼女の変わりように、惹かれるように声をかけた。
『やあ。君は、第二騎士団のダイアナでよかったかな?』
『お、オーウェン様っ! 私のこと覚えててくださったのですね!』
一際目立っていた彼女に、周りもソワソワ様子を伺っている様子だった。が、オーウェンはダイアナと話した瞬間、前とは違う、異様な空気を感じ取った。
据わった瞳は酒に酔ったものとは違う。それでいて、どこか引き寄せられるような瞳の奥と、赤い唇からは目が離せない。まるで吸い込まれるような感覚。
オーウェンだから気付けたのかも知れない。これは、“魅了魔法”だ。ダイアナが自分を虜にしようと必死になっている。
なぜすぐに気付けたかといえば、オーウェンも魅了魔法の使い手だからだ。いや、彼の場合“無意識に”といった方が正しいだろう。彼には幼い頃から女性を惹きつける、魅了魔法が備わっていた。
幼い頃、母親を失ったオーウェンは寂しさのあまり、周りの女性を虜にしてきた。
父親のバスティ・フェルトフーゼンに指摘され、魅了魔法を初めて意識したのが10才の時。しかし彼の魅了魔法を抑える方法はなかった。オーウェンの魔力が強大なせいかもしれない。
そのためオーウェンは、どうにか魅了魔法を薄れさせようと、多くの魔法を習得してきた。特に秀でていたのが転移魔法だ。
さっき、ギルド長が鍵を使ってエレベーターを動かしていたのもオーウェンの転移魔法が付与されたものだ。
それでも魅了魔法が消えることはなかった。なかには魅了魔法が効かない、世にも珍しい女性もいたのだが。ダイアナはオーウェンの魅了に惑わされている女性の一人だった。
つまり、ダイアナとオーウェンは互いに魅了魔法をかけ合っている状態だった。
『君、そろそろ宿舎に戻らないとまずいんじゃない? 良ければ私が送っていこう。』
『嬉しい♡ ありがとうございます、オーウェン様っ♡』
オーウェンはダイアナの魅了にかかっているフリをしつつも、帰り道、あまりの魅了に抗えきれず、彼女にキスをした。オーウェンの欲望も30%くらいは加味されていたかもしれない。しかし彼女の口腔内からは、微量のよからぬ魔力を感じた。
『は、はあ♡』
『ダイアナ、もっと口を開けてごらん? 舌を絡ませて、』
『ん♡』
蕩けきった瞳でオーウェンの言いなりになるダイアナだが、舌の裏にはしっかり奴隷契約の紋章が記されていた。
どの魔族のものかはわからないが、以前バモルヒークの喉元にあった逆十字の紋章ではない。どこか別の魔王軍の紋章なのだろう。
オーウェンは新たな魔王軍の示唆について、彼が仕えるある御方に報告をした。
『もしダイアナ・コペンヘルグが、ホースハイドに現れた魔王軍の奴隷だとすれば、民にはホースハイドが我がオステッドに諜報活動を行っているとも受け取られかねません。』
『魔王軍が、オステッドとホースハイドの国交を断絶させ両国の不和を目論んでいると?』
『わかりません。ですが一刻も早く、ダイアナの狙いがなんなのかを見極めるべきです。』
その御方に浄化魔法が施されたトリートメントを渡され、それをダイアナにプレゼントしろと拝命を受けた。
オーウェンはダイアナと逢い引きしつつ、監視魔法で監視していたのだが、つい最近、彼女の目的が明るみになってきたのだ。
それがマリンゼの暗殺だった。
基本王都騎士団の第一部隊と第二部隊が関わることはあまりない。だが女性限定の演習後、シャワーを浴びていた時にダイアナがマリンゼの背後をじっと狙っていることに気付いたのだ。
ダンジョンの合同訓練時で、きっとダイアナは機会を窺うだろう。もしそうなっても、すぐにバモルヒークが対処するだろうが、なぜかバモルヒークの眼鏡が外される気配は一向にない。
ホースハイド帝国の視察中、気が気ではなかったオーウェンだが、なんだかんだ魔力を解放していないバモルヒークが邪魔をしてくれたのは有り難かった。
自分に執着させてしまったダイアナを守ることは出来なかった。元は魅了魔法で惹きつけてしまった自分の責任にある。
だからこそマリンゼ・ドヌングはなんとしてでも守らなければならない。
沼花の粒子事件で、腐海の森に張っているシールドが突破されたことを、近衛騎士団長のイングドゥル王子や大臣にとやかくいわれ、父親の失態だと一度は拘束されかけたが、あの御方が全て反故として下さった。
『どうか彼女だけはなんとしてでも守って下さい、オーウェン・フェルトフーゼン。』
あの御方ほど巧妙なやり方でマリンゼを守ろうとしている人間は恐らくいないだろう。
自分もそのコマに過ぎないとわかっていても、あの御方に魅了魔法は通用しないし、父のことで恩義を感じている。
それにオーウェンの魅了魔法にかからないのはマリンゼも同じだ。彼女はなぜだか自分に言い寄るどころか、冷たい目で睨みつけてきさえする。
そして何より沼花の粒子事件で無実の罪を着せられた時も、真っ先に無実を証明すると言ってくれたようだし。
「マリンゼ。泣きたいのなら私の胸でお泣き。」
オーウェンが両腕を広げてマリンゼに迫りくる。剣を抜いたフォルトナが、オーウェンの身体を真っ二つにしようと斬りかかった。
見事、何の躊躇いもなくオーウェンの影が真っ二つに切られるも、実体であるオーウェンはすでにマリンゼを抱きしめていた。
全然重く受け止めてない。
「君はいつも涙を見せてはくれまい。そんな強がりな君もまた一興なのだけど。」
「暑苦しいんで離れてくれませんか? それとオーウェン様の香水が臭すぎて食事がまずくなりそうなんで常に2メートルは距離を取ってもらえるとありがたいです。」
マリンゼが至極嫌そうな顔でオーウェンを突き放した。
その言葉で心に傷を追ったオーウェンがマリンゼの足元で四つん這いになった。女性にはチヤホヤされているだけあってここまで拒絶されることには慣れていない。
「マリンゼたまーーー!!! 涙と言わず俺にマリンゼたまのありとあらゆる汁を直飲みさせてくださぁぁぁあああいいぃぃぃ!!!!」
死ぬ気で抱きつこうとしてきたバモルヒークを、マリンゼが思い切り右フックで殴り飛ばし石の壁に打ち付けた。
「あふゆぅいッッ♡♡ ありがたごぜえますッッはあはあ♡ ドクンドクン俺の♡はいつだって強靭♡っすからどんとこいでごわすッっッ!!!!」
めり込ませた壁から、強靭ハートで出てきたバモルヒーク。さすが、どれだけマリンゼに突き放されようとも超元気だった。




